第四話:悲しみのメイドと迎えに来た辺境伯(2)
「これはどういうおつもりか」
辺境伯の怒りに満ちた低い声が、領主様に投げられた。
「ど、どういうつもりとは……?」
「ドレスに決まっている。
俺の花嫁になんてはしたない格好をさせているんだ?
俺への嫌がらせか? 宣戦布告か?」
「そんなわけがない! 私だって知らない!
新しいのを準備するから、どうか怒らないでくれ」
「今さら気遣いは結構だ。
……おい、ちょっと来てくれ」
不機嫌に吐き捨てると、辺境伯は連れてきたメイドを呼んだ。
すると3人のメイドがいくつか箱を持って私の周りに集まってきた。
「オーギュスト殿。部屋を借りる」
それだけ言うと領主様の声も待たず、メイドに合図した。
メイドたちが私を連れて行こうとする。
けど、ちょっと待ってほしい。
これだけは絶対に言わないと。
「あ、あの、辺境伯!」
「どうした」
「あの、私リビエラ様の代わりなんです! あなたと約束なんて……」
「何を言ってる?」
「私はこのお屋敷から出たことがないんです。きっと人違いです」
「ふむ」
アルバート様は顎に手を当てて何かを考え始める。
良かった……わかってもらえた。
「まあ、積もる話は馬車の中でしよう」
うそ、わかってもらえてない!
メイドたちが話は終わりだと言わんばかりに、私の手を引き、後ろから押される。
「いい加減にして!!!」
全員の動きが止まった。
リビエラ様の声に、その場の誰もが振り向いた。
そこには、今までにないほど真っ赤な顔をしたリビエラ様。
怒りが頂点に達したあまり、顔のいたるところが引きつっている……。
「あなた、失礼すぎるのではなくて!?
私を押しのけたり、ずかずかと入ってきてその女の手を取ったり……!」
しかし辺境伯は臆することもなく、まっすぐリビエラ様を見た。
「その言葉、そっくりそのまま返そう。
こちらが挨拶しようとしたのを、わざと遮ったな。
客に対して、無礼にも程がある」
「ぐぅッ……!」
正論を突かれ、反論できなくなるリビエラ様。
真っ赤な顔で奥歯をかみしめ、握りこんだ拳が震えている。
「2人ともお黙りなさい!」
次に声を上げたのは……奥様のほうだった。
怯えたような、しかし毅然と辺境伯をにらみつける表情だ。
「辺境伯……いえ、アルバート様! 約束は果たしたでしょう。
リビエラにこれ以上酷いことをしないで。早くその子を連れて帰って!
そしてこれ以上、わたくしたちに関わらないで!」
「……ふむ」
また再び考えるようなしぐさをとる辺境伯。
だけど、すぐにうなずいた。
「そうだな。カチュア夫人の言う通りだ。
俺も約束を叶えてもらった以上、無礼だった」
淡々と話すと、辺境伯は一礼した。
しんと静まり返る皆。
そして私は今度こそ合図とともに、メイドたちに部屋に連れていかれてしまった……。
約束通り。約束は果たした。
何のことなんだろう?
何かが引っ掛かっている間も、私は鏡の前に座らされ、髪も、顔も、服も、みるみるうちにメイドの手が施されていく。
「あ、あの、私ただのメイドなので、程々で良いですから」
そう言っても、メイドたちは微笑むだけ。
「ほら、動かないでくださいませ。髪型が乱れてしまいますわ」
「ええ、そうです。素敵なお顔に紅を塗れなくなってしまいますわ」
「あらあら、ドレスのリボンが乱れてしまいますわ」
3人のメイドは、よく見ると似た顔つきをしていた。
しゃべり方もしぐさもよく似ている。
三つ子なのかな?
髪はきれいにまとめ上げられていき。
青と白の綺麗なドレスがあっという間に私の身を包み。
頬と唇には生き生きとした紅が差し入れられ。
あっという間に、私は貴族令嬢のような格好になった。
「まあ、お似合いです」
「ええ、とても素敵です」
「ああ、とてもふわさしいです」
メイドが口々に感想を述べると、辺境伯を呼んだ。
すぐに部屋へ来た辺境伯は、私を見るなり、鉄のような表情から一遍、ふわりと笑った。
なんだか、懐かしそうに。
「……ご苦労だった、お前たち」
メイドたちは褒め言葉に対してしとやかに一礼すると、ささっと出て行ってしまった。
辺境伯はそんな私の手を再び取る。
優しく温かい体温を指先から感じる。
「この日をどれだけ待ちわびたことか」
「やっぱり、誰かと間違えてるんじゃ……」
「そんなことはない。きれいなブロンドの髪、美しい翡翠のような瞳……母君にそっくりだ」
「母君?」
「迎えに来るのが遅くなってすまない……クラウディア」
く、クラウディア?
ハルファスト家の亡くなったお嬢様の名前だ。
私とお嬢様を間違えていたのか。
「今晩はゆっくりさせてもらうはずだったが、俺はどうやら歓迎されていないらしい。
しかし夫人から婚姻の了承は得た。
これからすぐ君と城に帰ろうと思うのだが」
結果だけ見れば、私が行けばカチュア様の身代わり作戦は成功することになる。
でも、クラウディア様と間違えてるなら、誤解は解いておかなきゃ。
「それは構いませんが、私は……」
「決まりだな」
「えっ、わぁっ」
突然、辺境伯が覆い被さってきた。
かと思えば、ふわりとした浮遊感。
私、お姫様抱っこされてる!
「軽いな。ちゃんと食べてるのか」
「こ、これで行くんですか?」
「歩いてたらまた邪魔をされる」
確かに、リビエラ様にまたドレスを破られるかもしれないし、この格好じゃ走っても遅いけど。
これじゃまるで駆け落ちするお姫様みたいで、ちょっと恥ずかしい。
「さあ行こう、クラウディア」
どう抗議したものか悩んでるうちに、辺境伯はすたすたと歩き出してしまった。
「あ、待って、辺境伯! わあっ!?」
「落ちるなよ」
辺境伯は私を抱えたまま、颯爽と部屋を出た。
廊下から大広間へ。
ああ、辺境伯、歩くのが速い!
周りの景色がどんどん遠ざかっていく!
「クラウ、元気でな!」
「クラウ! 忘れないからな!」
その声は、コック長? それにビリー?
辺境伯の腕に捕まって振り向くと、笑顔のコック長と、泣いているビリーが見えた。
「クラ様! 幸せになりな!」
マーサがハンカチを振ってる!
他の同僚の皆も口々に、別れの挨拶を告げてくれる。
リビエラ様は真っ赤な顔のまま俯いていた。
カチュア様はリビエラさまを心配してる。
領主様は、開いた口が塞がってない。
これだけは、言わなくちゃ。
「領主様お世話になりました! どうかみんなもお……」
バタン。
「元気で……」
ああ、言い切れなかった。
みんなへの別れの挨拶もそこそこに。
辺境伯とともに屋敷を飛び出してしまった。
こんな形で生まれ育った屋敷を離れるなんて。
私はこれから、どうなっちゃうんだろう……。