第四話:悲しみのメイドと迎えに来た辺境伯(1)
突然の結婚のことで屋敷はとてもバタバタしていた。
私はといえば、急いでドレスを縫ってみたものの、色の合う糸がなく、見るからにつぎはぎのドレスが出来上がってしまった。
こんなみっともない格好は嫌……。
でもメイド服なんて着て出れば、領主様に恥をかかせてしまう。
それはつまり、屋敷からの追放を意味する。
けれど、もう日が暮れてきた。
もうすぐ辺境伯がやってくる……。
私は諦めてドレスを着直すと、辺境伯を迎えるための大広間へと向かった。
☆ ☆ ☆
「クラ様! その恰好はどうしたんだい!?
いや、聞かなくてもわかる……リビエラ様だね」
案の定マーサは驚いたが、すぐに事情を察した。
私もさすがに取り繕う元気はなくて、素直に認めるしかなかった。
「ごめんなさい、私……これじゃお嫁に行けないかも」
「あんたが謝ることはないよ。あたしがもう少しついてやれば……」
私はすぐに首を横に振った。
マーサのせいじゃない。
リビエラ様の言う通り、浮かれていたところが油断になったかも。
大広間には辺境伯を出迎えるため、領主様と奥様、リビエラ様が扉の前で待っている。
そのそばには、従者たちが控えている。
私はその少し後ろ、つまり大広間の真ん中で待機するよう指示された。
このみっともない格好で、こんな目立つところにいなきゃいけないなんて……。
前にいたリビエラ様がこちらに気づいて、クスクスと笑った。
隣にいる奥様に何か耳打ちをしている。
私は気づかないふりで、必死に気持ちを抑え込んだ。
そして誰もが今か今かと、辺境伯の到着を待っている。その時だった。
「アルバート・フュージェネラル辺境伯のご到着です!」
ついにこの時が来てしまった。
従者が扉を開ける。
向こう側には……。
メイドと兵士がずらりと並ぶ。
そしてその先頭には、2mはあるのかと思うほどの大きな身体、高貴な装束、キリリと整った気品ある顔立ち。
間違いない。あの方がアルバート・フュージェネラル辺境伯。
辺境伯は、大広間を見渡した。
領主様、奥様、リビエラ様……そして少し後ろの私を見た途端。
目を見開いた。
目が合っちゃった?
こんなみすぼらしい格好に、驚いたのかも。
見られたくなかった……。
落ち込む私をよそに、辺境伯の従者が挨拶をしようと前に出た。
その時。
突然、それを制すようにリビエラ様が前に出た。
「ようこそいらっしゃいました、フュージェネラル辺境伯。
さっそくですが縁談についてお話がありますの」
そして、カツカツとヒールの音を鳴らして前に出ていく。
相手に挨拶をさせないなんて、無礼にもほどがある。
門前払いにも近いような形で縁談を断るつもりらしい。
しかし辺境伯は、怒るでもなくリビエラ様をただ見下ろしていた。
その目は冷たく、感情がない。
「な、何です?」
あのリビエラ様が、うろたえている。
すると静かに、辺境伯が口を開いた。
「どいてくれないか」
全員が唖然とした。
まさか、縁談の相手に対して「どいてくれ」って、どういうこと?
そう思っていたら、再び辺境伯と目が合った。
さっきから、こちらを見ている?
すると辺境伯はなんと、領主様や奥様、リビエラ様をかきわけるようにして進んできた!
「ちょ、ちょっと……きゃあ!?」
リビエラ様が辺境伯に押しのけられた。
よろけるリビエラ様を、奥様が支えている。
辺境伯がこっちに近づいて……
あっという間に、目の前で、止まった。
どかなきゃ、でも、怖い。
すると辺境伯は、なんと、私の前にしゃがんだ。
そして私の手を取り。
「約束通り迎えに来た」
低い声で囁いて、私の手の甲にキスをした。
「………………え?」
ええ~~~~~っ!?
と、周りの誰もが驚きの大合唱をしている。
でも、一番驚いてるのは私!
「ちょっと待っていただきたい、フュージェネラル辺境伯。
あなたが欲しかったのは、うちの娘リビエラではないのかね?
なぜメイドを……」
「何の話だ。誰だその娘は」
領主様の言葉に、またも衝撃的な返事。
周りもどういうこと?とざわついている。
そしてみるみるうちに顔が真っ赤になっていくリビエラ様。
苛立たしげに、足を踏み鳴らした。
「だ、だ、だ、誰ですって!? あなたが私に縁談を持ってきたんじゃない!」
「お、落ち着きなさい、リビエラ! はしたないですよ!」
わめきたてるリビエラ様を止める奥様。
しかし辺境伯は目もくれない。
「それよりオーギュスト殿、説明してもらいたいことがある」
領主様に向き直る辺境伯。
その横顔はどこか、ギラギラしている。
辺境伯、もしかして怒ってる?
いったいどうして……?