第三話:引き裂かれたドレスと暴君伯の噂
私はずっと抱きしめ続けるマーサを何とか引きはがした。
すると泣き止んだマーサは突然気合の入った顔つきになった。
「クラ様。今から特訓しよう」
「と、特訓?」
辺境伯が来るまで、もう数時間しかない。
「あんたに貴族のマナーを叩き込むよ」
マーサは真剣な顔で言った。
間に合うかな……なんて思ったけど、ここは弱気になっちゃいけない。
身代わりの役目を果たさなければ、どうなっちゃうんだろう。
もしも屋敷から放り出されたら……
記憶喪失なうえに身寄りもない私は、生きていく術がない!
「お願いマーサ、私に教えて」
辺境伯がやってくるのは、今晩。
つまりまだ時間はある。
「ああ、大丈夫。
あんたは昔から物覚えがいいからね」
それから私たちは頑張った。
社交ダンス。テーブルマナー。歩き方。言葉遣い。
私たちはひたすら特訓した。
あっという間に日が暮れて。
私はぐったりしながら部屋を出た。
「ふぅ……いいだろう。
これならどこに出しても恥ずかしくないよ、クラ様」
「あ、ありがとう……マーサ……」
「それじゃあ、あたしは出迎えの準備を手伝ってくるよ。またあとでね」
「うん、分かったわ。がんばって」
そうしてマーサと部屋の前で別れた。
夜までまだ少し時間はある。
自分の部屋まで少し歩いてみよう。
それからお茶を自分で淹れて飲んでみて……
「あら、立派なドレスですこと」
リビエラ様の声がして、振り返った。
その手にはなぜか、ハサミを持っている。
「リ、リビエラ様?」
「あのメイド長と何をしてたの?」
「あ、あの、特訓です。リビエラ様の身代わりとして、恥ずかしくないように……」
「ふぅん、そんなことより」
リビエラ様は、興味なさげに話題を変えた。
「ねえ、知ってた? 辺境伯ってすっごく乱暴で、とってもケチだって」
リビエラ様がゆっくりと近づいてくる。
怖い……。
「あなた、大事にしてもらえないかもね」
「え、……そ、そんな」
じり、じり。
「ドレスをもらったくらいで調子に乗ってない?」
「ちょ、調子に乗ってなんて……」
じり、じり、じり。
「あらぁ、口答え? 私の勘違いだと言うのね」
「そ、そんなことは……!」
話が通じない。
何を言おうとしても、攻撃の材料にされてしまう。
その間にもリビエラ様にじりじりと追い詰められ、ついに背中が壁についた。
「その目……ほんとに生意気……っ!」
「きゃっ……!?」
ハサミを振り上げるリビエラ様。
刺されるっ!?
ビリィッ!!!!!!!
「えっ……!?」
ドレスの膝から裾まで、切り裂かれてる……!
リビエラ様は笑って、またハサミを振り上げてきた!
「あははっ! こっちのほうがお似合いよ?」
ジャキンッ! ビリビリッ!!
「お、おやめください! リビエラ様!」
「じっとしてなさい! あなたの身体に傷がついても知らないわよ」
がし、と胸ぐらを掴まれた。
そしてハサミが胸のレースに押し当てられる。
「やめっ……!」
ジャキンッッッ
「あはははははははははっ!」
レースがぱっくりと切り開けられ、胸元は丸見え。
裾は太ももまで引き裂かれ、足が丸見えだ。
歩けばきっと下着まで見えてしまう……。
こんなの、ひどい……!
「あー、スッキリした。
新しいドレスは買ってもらえないと思うけど。
その姿で他の男でも誘惑すればお金は稼げるんじゃないかしら。
感謝して頂戴ねェ?」
言いたいことだけ言うと、リビエラ様はハサミを放り投げ、すたすたと行ってしまった。
こんな姿で、殿方の前になんて出られない。
「っ…………!」
いけない。
視界がぼんやりと揺れてきた。
目から涙が流れる前に、私は慌てて自分の部屋に向かって走った。
部屋に戻って、ドレスを脱ぐ。
一人で脱ぐのは少し大変だったけど、なんとか手を伸ばせば脱げる作りで助かった。
「うぅっ……」
思い出すと、また涙があふれそうになる。
今までどんなに嫌がらせされても、泣くのは我慢できたのに。
辺境伯はとても乱暴で、必要なものも買い与えてくれないほどのケチだとリビエラ様は言ってた。
ということは、もし無事に嫁げても、ずっとこのドレスを着なくちゃいけないということ?
一生、この恥ずかしい格好で過ごさなければならないの?
そんなの、耐えられない……。