第二話:身代わりメイドとわがままお嬢様
「お母さま……それ、本気なの?」
「ええ、本気よ。可愛いリビエラを暴君伯になんてくれてやるものですか」
「おい、カチュア……わかっているのか?
メイドをリビエラの代わりにするなど、バレたら騒ぎどころじゃないだろう」
「勘違いなさらないで。何もメイドのことをリビエラだと偽って差し出すのではないのよ」
カチュアが言う作戦はこうだ。
①リビエラに求婚してくるであろう暴君伯を、リビエラが直接断る。
②がっかりする暴君伯に、代わりにクラウはどうかと提案する。
③出自はリビエラの妹ということにすれば、暴君伯の面目も立つ。
「さすがはお母さま!
それなら私は野蛮な男のもとに嫁ぐ必要はないし、働かないメイドの厄介払いもできて一石二鳥ね」
「リビエラを守るためなら、なんだってするわよ」
周りを差し置いて盛り上がる二人。
オーギュスト本人も、妻と娘のことを止める気力はもはや沸かない。
ただ好きにしてくれとこめかみを揉むだけだった。
☆ ☆ ☆
次の日の朝。
今日は私は非番だ。
何をしようかな……。
「クラ様、いるかい!?」
マーサの声と、部屋のドアをしきりに叩く音。
ちょっと待って、という余裕もなく、慌てた私は下着姿のままドアを開けた。
「何があったの?」
「クラ様、急いで着替えな!」
「い、急ぐって? 今日私は非番のはずじゃ……」
「いいから急ぐんだ!
それにね、落ち着いて聞くんだよ」
マーサはもったいぶるように深呼吸して、つづけた。
「あんたは今夜、辺境伯に嫁ぐんだ」
「え、え、ええ~~~~~~っ!!?」
☆ ☆ ☆
そこからはとにかく時間の流れが速かった。
呼ばれて向かった領主様の部屋。
しかしそこにいたのは奥様とリビエラお嬢様だけだ。
「あなたにはリビエラの身代わりになってもらう」
「身代わり……!?」
「このドレスを着て、今夜わたくしたちといっしょに辺境伯を出迎えなさい」
「待ってください、それは、どういう……」
私の態度にいらついたのか、リビエラ様が舌打ちをした。
「口答えしないで、メイドのクセに。
あなたに、私から来た縁談を譲ってあげるってこと」
「悪いけどあなたに拒否権はないの。このドレスをあなたに渡すわ。
わたくしのお古だけど、メイド服よりはマシでしょう」
質問させてほしいことばっかりだけど、この二人に何かを言われたら「はい」と言うしかない。
縁談を譲る? そんなこと初めて聞いた。
といってもこの屋敷から外に出たことはないけれど……。
相手の方はそれでいいのかしら?
メイドと結婚させられるなんて、怒るんじゃないかしら……?
不安や疑問で胸がいっぱいだったけど、なんとか手渡されたドレスを受け取った。
そしてリビエラ様に半ば追い立てられるように、部屋を出た。
一緒についてきてくれたマーサは心配そうにしているけど、何が何だかわからない。
「マーサ、とりあえずドレスの着方を教えてほしいんだけど……」
「あいよ、喜んで。それじゃそこの部屋で早速着てみようかね」
使っていない適当な部屋に入ると、私はメイド服をさっさと脱いだ。
奥様からもらったドレスは、水色の落ち着いた雰囲気だ。
かといって地味というわけでもなく、ところどころにレースがあしらわれている。
結構かわいいかも。大事にしよう……。
「足はここに入れて。腕はこっちに通して」
「はい。よいしょ……」
マーサに手伝ってもらって、ドレスを着る。
背中の留め具をつけてもらって……ドレスアップ完了。
鏡の前に立つと、そこにはいつものメイド服じゃない、見慣れない私がいた。
「わあ……綺麗。
よくわからないけど、こんな素敵なものを奥様から頂けたなら、良かったかも……?
ね、マーサ」
そう言って振り返ると……
なんと、マーサが泣いている!
「ど、どうしたの?!」
慌てて駆け寄ろうとするが、慣れないドレスで身動きがとりづらい。
しかしマーサは首を振り、涙をぬぐうと、ゆっくりと私に近づいてきて……
ふわりと、抱きしめられた。
「クラウディア様……ずっとこうしたかった……」
クラウディア様。
リビエラ様が産まれる前に亡くなった、ハルファスト家第一子の方の名前だ。
私は、クラウディア様と似ているのだという。
マーサは当初、乳母として雇われていたらしい。
クラウディア様が今も生きていたら、こうやって着替えの手伝いもしたのだろう。
「私はクラウディア様じゃないけど……少しでも代わりになれたのなら嬉しいわ、マーサ」
代わり、なんておこがましいかもしれないけど。
でももうリビエラ様の身代わりなのよね、私は。
マーサは私をぎゅうっと抱きしめると、ゆっくり離れた。
「いいかいクラ様。元気でやるんだよ」
「マーサ……そうよね。
こんな形で、急にお別れになるなんて思わなかったけど……
無事に嫁ぐことになったら、私もうメイドじゃなくなるのね」
私はマーサを抱きしめ返した。暖かい体温と、お母さんのような陽だまりの香り。
私は自分の父も母も、生みの親のことは何も知らない。
知らないというよりも……小さい頃の記憶が抜け落ちている。
この屋敷の前で捨てられていたらしいけれど……よく覚えていない。
そうか、私……お世話になったこの屋敷を出て、初めて外へ行くんだ。
今まではなぜかカチュア様に外出を禁止されていたけど……これが最初で最後の外出になる。
なんだかふわふわとした、不思議な気持ちでいた。
「…………何よ、幸せそうにして」
そう、部屋を覗くリビエラ様にも気づかずに。