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第十六話:メイドだった令嬢と悲しみのフィナーレ

〜 〜 〜


そうだ、全部思い出した。

あの時確かに、クラウディア・ハルファストは死んだ。


より的確に言うならば。

クラウディア・ハルファストの人格は死んだ。

母の死によって。

継母の悪意によって。

そして泣いてばかりの自分が許せなくて。


いま、()()()()()()()()()

私はクラウディア。

間違いなくクラウディア・ハルファストだ。


「マーサ……まだお礼を言ってなかった」


「あんた……もしかして?」


「あの時は私の命を助けてくれてありがとう」


「……クラウディア様。おかえり」


「ただいま。15年ぶりね。

……今まで迷惑をかけてごめんなさい」


「いやだね……そんなこと、謝られて嬉しい親はいないよ」


私の3人目の母は、優しく微笑んだ。

私はマーサを抱きしめた。

この人は私が「クラウディア」であっても、母だと言ってくれるのだ。

そして私は……家族の方を振り向いた。


「カチュア様……いいえ、いまさら許してくれるか分からないけど、こう呼ばせて、お母様」


「……」


「私は、私を産んだお母様が大好きだった。

でもそのせいで、私はあなたをひどく傷つけた……本当にごめんなさい」


「クラウ、もしかして……」


アルバート様は、驚きの表情を隠せないようだった。


「ええ、思い出しました。

亡くなったお母様のことも、カチュアお母様が来た日のことも、……あの見張り塔から落ちた時のことも」


私は髪をかき分けた。

頭に、小さな傷跡が残っている。


「……クラウディア」


お母様は私の名前を呼ぶ。

そして立ち上がると私の前に跪いた。


「あなたには私を殺す権利がある」


「お母様……」


「あなたを死んだことにしたのも、今回のリビエラのことも、全ては私の弱さが招いたこと。

私は許されないことをした。オーギュストにも、あなたにも」


「横からすまないが、夫人」


アルバートが焦りを含ませた声で言った。


「今回のことはそれぞれに責任がある。夫人ひとりが悪いのではない。どうかクラウディアにつらい決断を強いることはやめていただきたい」


「お母様、アルバート様の言うとおりです。

リビエラも連れて、皆で隣国へ謝罪に向かいましょう?

それで許してもらえないのなら、私が皆の代わりになります」


「クラウディア!? 俺はそういうことを言っているのでは……」


「そうよ、あなた何を言ってるの!?」


アルバート様とお母様は、ひどく動揺した。

それまで見ていたお父様が、大きなため息をついた。


「クラウディア。話したいことがたくさんある。無事で良かったが、気づいてやれなくてすまなかった。

お前はもう嫁いだ身だ、だから代わりになるなんて言わないでくれ」


「お父様。でも……」


「リビエラを甘やかした私にも責任がある。そして家族の責任は、長である私がとるべきだろう。

……さあ査問官さま。早く私を逮捕してください。これ以上家族を苦しめたくない」


ずっとそばで話を聞いていた査問官さまは、だが動かなかった。

気まずそうに目を伏せ、首を横に振る。

私自身も、互いが互いを庇う状態に、これ以上何も言えなくなってしまった。


重苦しい空気の中、誰かが背伸びをした。


「う、うぅ〜ん!

……あ、ごめん、話が長くて疲れちゃった。

あ、お茶もらっていい?」


「ヴァシリー騎士団長!」


査問官さまが、咎めるように名前を呼んだ。

しかし、ヴァシリーさんはどこ吹く風という態度だ。


「だってもう問題は解決したでしょ?」


「国の信用問題ですぞ! 下手すれば戦争になるところだったのです」


「どうして?」


「どうしてって……その手紙が何よりの証拠ではないのですか?!」


ヴァシリーさんは、目を細めてニヤリと笑った。

そこに、セドリックさんがやってきた。

どこからともなく、紅茶の注がれたティーカップを持って。


「どうぞ」


「ありがとう」


ヴァシリーさんは、ティーカップを受け取ると。


「わあー、手が滑ったあ」


誰でも分かるほどの棒読みで、手紙に向かってティーカップを逆さにした。

紅茶がどんどん、手紙に吸い込まれる。

紙がふやけ、インクが滲み、読めなくなっていく。


「ええっ……!?」


私も、アルバート様も、査問官さまも。

その場の誰もが、驚いた。


「手紙なんてなかった。これでいい?」


「……ふ、なんてやつだ」


思わず口角を上げたアルバート様。

ヴァシリーさんは、にこっと微笑んだ。

査問官さまは、呆気に取られた様子で。

しかしやがて、疲れ切った顔でため息を吐いた。


「オーギュスト殿、帰ります。邪魔をした」


「え、ええ……、その、我々は……!?」


()()()()()()。そうでしょう?」


お父様は、呆気に取られていた。

査問官さまは気にも留めず、ヴァシリーさんに向き直る。


「騎士団長。観光なら喜んで歓迎しますが、ちゃんと関所を通ってからにしてくださいよ」


「はーいっ。それじゃアルバート辺境伯の客人ということで、よろしくね」


査問官さまは、不機嫌に鼻を鳴らした。

その様子を見守るしか無かったお父様とお母様、そしてリビエラは、事態を理解して、とうとう泣き出した。

極刑をまぬがれただけではない。

そもそも手紙なんてなかったことになった。

だから、何も起きてない。

王への虚偽も、リビエラのスパイと接触した容疑も、何もかも。

今、無になった。


「あ、ああ……ありがとうございます!」


「ごめんなさい、本当に……!」


父も母もリビエラも、泣きながら謝った。

ヴァシリーさんには、本当に恩義しかない。

こんなことは普通あり得ないのだから。


これにて私達、ハルファスト家の騒動は、幕を閉じたのだった。

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