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第十五話:クラウディアの記憶(後編)

〜 〜 〜


マーサは、夜の庭を散歩していた。

カチュアが今頃うまくいっているか心配だった。

気づけば足は自然と、見張り塔の近くに向かっていた。


その時だった。


ガサガサガサッ

ドサッ


「塔から、何か落ちてきた……?」


野良猫が屋根から落ちたのか。

最初はそう思って近づいた。


「ひっ!?」


落ちてきたのは、傷だらけで、血を流し、気を失っているクラウディアだった。


「クラウディア様! クラウディア様!!」


マーサはパニックになりながらも声をかけた。

声をかけてみるが、反応はない。

か細い呼吸が聞こえる。まだ生きている。


「クラウディア様しっかり! あたしが死なせやしない、絶対に!」


マーサはメイドとして働く前、戦地で看護婦をしていた。

その後は手慣れたもので、すぐに人を呼び、医者に連絡させて、クラウディアの身体を慎重に運ばせると、傷口の応急処置を済ませていく。

出先から帰ったオーギュストも、カチュアとともに血相を変えてやってきた。


「マーサ、クラウディアは!?」


「もうすぐ医者が来るはずです!」


それを追いかけるように医者がすぐにやってきて、容態を見た。


結論から言えば、クラウディアはすり傷や切り傷ら打撲は酷いものの、命に別状はないだろう、とのことだった。

落ちた先は幸いにも高い木が生えていて、葉や枝がクッションとなり、直接地面に衝突せずに済んだようだ。


それを聞いた一同は、ほっとした。

オーギュストはクラウディアの世話をマーサに命じ、部屋を後にした。

部屋には、マーサとカチュアと、クラウディアだけになった。


マーサには、まだやることがあった。


「カチュア様。どうか教えてください。いったい何があったのです」


その言葉にカチュアはぴくりと反応した。

青い顔がいっそう青くなり、しばらくの沈黙の後。


「うう……」


なんと、クラウディアが目を覚ました。


「クラウディア様!?」


「誰……?」


「マーサですよ、ほら」


クラウディアの世話は今まで何度もしている。

顔を見ればすぐ分かるはずだ。

しかし。


「誰なの? ここはどこ? 私は……」


クラウディアは、混乱していた。

マーサは絶句した。

しかし、なんとか笑みを作って。


「大丈夫ですよ、私たちはあなたの味方で、ここは安全です。さあ、もう少しお眠りなさい」


クラウディアは頷くと、ゆっくりと目を閉じた。

そんな様子を見て、カチュアは覚悟を決めたように声をかけた。


「マーサ、お願いがあるの」


「カチュア様……?」


カチュアは、感情のない声で言った。


()()()()()()()()()()()()()


「……は?」


マーサは今度こそ絶句した。

それから自分の耳を疑った。


「それ、は」


「ごめんなさい、もう、限界なの」


カチュアはそれだけ言って、涙を流した。

マーサは、自分の頭が冷静になっていくのを感じた。

記憶を失ったクラウディアと、限界を迎えたカチュア。

この事実を知っているのは、自分しかいない。


このままでは、カチュアは今度こそクラウディアを自ら手にかけてしまうだろう。

今まで尽力してきたものは実らず、それどころか、いま無になった。

記憶がないのは一時的かもしれないが、いずれにしても事態が好転するとは思えない。


これはきっと自分の責任でもあると考えた。

おそらく見張り塔で何かがあったのだとマーサは考えていた。

その見張り塔にカチュアを行かせたのは、マーサに他ならない。


「分かりました」


マーサは覚悟を決めた。

そしてクラウディアを優しく撫でた。


「この子は、私が育てます」


この日、マーサは初めて母親になった。


夜が明けて、クラウディアは容態が急変して亡くなったことを屋敷の者に告げた。

オーギュストは泣き喚いた。妻に先立たれ、その忘れ形見すらも失ったのだ。無理もなかった。


マーサはクラウディアを自分の家へ連れて帰り、世話をした。

1ヶ月ほど過ごしただろうか。

身体の傷はほぼ治っても、クラウディアの記憶は戻らなかった。

屋敷に住めない理由をどうにか考えていたマーサだったが、酷く落胆したと同時に、ほっとしてもいた。

いつも泣いてばかりのクラウディアは、本当にあの時死んでしまったのだ。


記憶を失う前のことは、話さないでおくことにした。

忘れたいから失ったのだろう。そう考えると無理に記憶を戻す気にもなれなかった。

ハルファスト家の門の前に捨てられていた、ということにして誤魔化した。

クラウディアはそれでもどこかぼんやり覚えているようで、マーサのことを母親とは呼ばなかった。

しかし、マーサも悪い気はしなかった。


マーサは、クラウディアの長く綺麗な髪を切り、服を作ってやった。

少しでも庶民に溶け込めるように。

そしてその生活は、悪いことばかりでもなかった。


「今日、外に出たら近所の男の子にからかわれたの。庶民のくせにお姫様みたいだって」


「あっはっは。そいつ、あんたのことが好きなんだろう。

今度何か言われたら、言っておやり。

当たり前だ頭が高い、私はクラ様だぞ! って」


「うふふ、いやよ、自分でクラ様なんて恥ずかしいわ!」


「何言ってんだい、あたしから見れば、あんたはお姫様さ」


「じゃあ、いつか白馬の王子様が私を迎えに来てくれる?」


「もちろんさ」


カチュアはクラウディアが亡くなってから間も無く、オーギュストとの間に子をもうけていた。

リビエラと名付け、カチュアは幸せな母親としての生活を送っていた。


マーサはクラウディアあらためクラウの母親として過ごしながら、メイドの仕事をこなした。

クラウは、普通の家庭の、普通の子として育てられながら、5年の月日が経った。

クラウが10歳の時のことだった。


「クラ様、今日からあんたにも屋敷で働いてもらうよ」


「は、はいっ、師匠」


本当は、この屋敷になんていない方がいいかもしれない。

けれど、クラウディアは本来この屋敷の嫡女だ。


マーサは覚えていた。

まだ母シャーロットが生きていた頃、北の領から辺境伯が会いに来たことがあった。

その子はまだ小さく、クラウディアと同じくらいの歳だった。

その子が言ったのだ。

「大きくなったら結婚しようね」と。


子供の口約束だということは、分かってる。

けれど、マーサは賭けた。


いつかこの屋敷に、辺境伯の息子がクラウディアを迎えに来ると。

それまでは絶対に、この子を守ってみせる。


マーサがカチュアに話すと、カチュアは渋々と、条件付きで承諾した。

化粧をさせないこと。

髪を伸ばさないこと。

メイド服以外を着せないこと。

そして、オーギュストには絶対会わせないことを条件に。


こうして、ハルファスト家の嫡女クラウディアは、何もかもを忘れたまま、自分の屋敷のメイドとなったのだった。

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