第十四話:断罪
「ボクはノーザンクロス国王直属の騎士団長、ヴァシリー。査問官さま、とりあえず話を聞いてくれる?」
ヴァシリーさんは、人懐こい笑みを浮かべて言った。
査問官さまは、振り上げた拳を渋々と下ろす。
「隣国の騎士団長様がなぜここに?」
「そりゃ、手紙を受け取ったからさ」
「オーギュスト殿から? やはり……」
「いやいや、オーギュスト伯爵はこんな可愛らしい文字、書かないでしょ」
そう言って査問官さまに手紙を差し出す。
訝しげに受け取る査問官さま。
「では結局、誰が?」
いい加減しびれを切らした査問官さまが、再び苛立ちを見せた。
そこに、ドアのノック音。
「失礼します。アルバート辺境伯の従者、セドリックです」
「まったく次から次へと……入りなさい」
セドリックさんが部屋に入ると、その手には、たくさんの紙束が抱えられていた。
それを見たリビエラ様が、血相を変えた。
「あなた!? それをどこで!?」
「おやご存知ですか、リビエラ伯爵令嬢」
「う、ぐ……」
セドリックさんの言葉に、リビエラ様は喉を詰まらせた。
その様子を見て、セドリックさんは首を振る。
「お認めになってください。これらはあなた様の部屋から見つかったのです。
そうですよね?」
「ああ、間違いないよ」
セドリックが振り返り問いかけると、そこから顔を出したのは……。
「マーサ!?」
「クラ様、久しぶりだねえ」
私はマーサに駆け寄った。
マーサはメイド服を着てなかった。
「何があったの? 他のみんなは?」
「あんたが嫁いですぐ辞めたよ」
いったい急になぜ?
いろいろと聞きたかったけど、私はぐっとこらえた。
セドリックさんが続ける。
「この手紙はマーサさんが見つけ、我々に連絡をくださったのです。
内容はどれも書きかけ、書き損じと思われますが、概ねヴァシリー騎士団長がお持ちの手紙の内容と同じです」
「スパイと取引してた、だっけ?
きっと、うちからここへ密入国してる誰かに手紙を預けたんだろうね。
普通、手紙屋さんに王様宛の手紙なんか渡しても届くわけないからさ」
ついに、証拠を見つけてしまった。
リビエラ様は、目を見開き、わなわなと唇を震わせた。
みるみるうちに、顔が赤みを帯びていく。
「乙女の部屋に入るなんて! あなた達やっぱりどうかしてるわ!!!」
リビエラ様の金切り声にも似た叫び。
しかし、あまりに哀れで、誰も答えられない。
周りの様子を見たリビエラ様は。
「どうしてうまくいかないのよ……どうして思い通りにならないの……?」
その場に崩れるリビエラ様。
その疑問に答えられる者は誰もいない。
しかしリビエラ様は急に立ち上がった。
「あなたよね……」
「え……?」
「全部! 全部全部全部!!!
あなたが悪いんでしょおおおおおおお!」
そう叫ぶと、近くにあった花瓶を掴んだ。
振りかぶりながら走ってくる。
その矛先は、私?
「あなたがいなければぁぁぁ!!!」
「ひっ……」
ガシャン!!!!!
突然のことに、足がすくんで、思わず身を屈めた。
しかし、いつまでも衝撃は来なかった。
ゆっくりと目を開けると、目の前にはアルバート様の背中。
「ッ……気は済んだか?」
リビエラ様の表情が一変し、怯えている。
手に持った花瓶は割れ、その破片をアルバート様が被っている。
リビエラ様の振りかぶった花瓶を、アルバート様が防いでくれたみたいだけど……。
「怪我はないか、クラウ」
「あ、ッ……」
私は言葉を失った。
アルバート様の横顔から一筋。
血が流れてる!
「アルバート様!?」
「大丈夫だ。すぐ止まる」
誰もが顔面蒼白の中、アルバート様だけが涼しい顔で立っていた。
そして、まるで何事もなかったのように、話し始めた。
「さて、リビエラ。素直に認めればまだ酷いイタズラで済む。そろそろ終わらせないか?」
額から流れるものを気にも止めず、アルバート様はリビエラ様に向き直った。
リビエラ様はというと、自分のしたことに怯え、座り込む。
しかしやがて顔を歪ませると、涙をこぼしはじめた。
「だって、あのメイドがッ、クラウが悪いのよ!
辺境伯のことも私から奪ったの! だから私は、復讐してやろうと思ったのよ!」
奪ったなんて、人聞きの悪いことを言う。
私という身代わりまで用意し、自分から断ろうとしておきながら、逆恨みにもほどがあるわ。
私はかける言葉が見つからなかった。
口にこそ出さないものの、周囲も呆れ返っている様子だ。
アルバート様とヴァシリーさんは、仕事を終えたとばかりに一息ついた。
「やれやれ。ようやく認めたね。
あの手紙を書いたのはリビエラ伯爵令嬢。
クラウディア・ハルファストという人は隣国を攻めようなんて考えてないし、そもそもここにはいない」
「ああ。調べによるとハルファスト家のお嬢さんは、随分前に亡くなったと聞いているな……」
査問官さまも頷いた。
「ではありもしないことで隣国の王に迷惑をかけたと? なんとお詫びすればよいか……」
子供のように泣きじゃくり、カチュア様に縋るリビエラ様。
オーギュスト様は、落胆しながらつぶやいた。
カチュア様が、いつものようにリビエラ様を庇うことはなかった。
クラウディア・ハルファスト。
その名前を聞いた時から、明らかに顔色が悪い。
アルバート様もそれを察したのか、雑に額の血を拭うと、カチュア様に向き直った。
「……カチュア伯爵夫人。そろそろ話してくれませんか」
カチュア様はびく、と肩を震わせた。
しかし少しの沈黙の後、カチュア様は深く息を吐いた。
アルバート様は畳み掛けるように言った。
「教えてください、クラウディア・ハルファストについて」
「……、……、分かったわ」
憔悴しきった、全て諦めたような顔で、夫人はゆっくりと近くの椅子に腰掛けた。
すんすんと膝の上で泣くリビエラ様を撫でてやりながら。
「クラウディア・ハルファストを殺したのは、私」
妙に落ち着いた声が、部屋に響いた。