悪魔は擬態と称して趣味道を突き進む。
「うわぁ……」
思わずこんな声が出てしまった。
なにか事前にわかっていたのならばこんな声など出さなかったのに、こんな声が出てしまうような場面は当たり前ながら当人、つまりわしにとっては予想外に降りかかった不測の事態じゃということじゃ。
結構栄えた治安の良い街のとある通り、まだ明るい時間帯だから人々の往来は割と盛んで大変に賑わっておる。
そんな通りを一人の少女が上機嫌にルンルンスキップをしておった。
容姿も一般常識に当てはめるなら優れていると言ってもいい、身だしなみにも気を配り淑女を目指して背伸びしているようなおおよそ可愛らしい少女じゃった。
そんな少女が頭にどこかの花畑で作ったらしい花冠をちょこんと乗せて上機嫌で街道を進んでいる。
確かにそれは微笑ましい光景なのかもしれない。しかし少女の中にいる存在がバッチリ見えてしまっているわしにはみんなのような感想は抱けそうになかった。
少女の中に悪魔が巣くっているのを見てもみんなと同じような感想など抱けそうになかったのじゃ。
その悪魔は肉弾戦に優れていそうでなんかめっちゃシックスパックで至る所に血管が浮き出ている強靱なボディを有していて、体のあちこちから伝説の武器と同等くらいのもうなんかすっごく硬そうな角が生えていて、あらゆるものを食めるようなそんな鋭さいる? ってなくらい頑強な牙を有していて、さらには魔法戦もこなせるようなインテリジェンスを感じさせる奇跡みたいなバランスのご尊顔で、おおよそ魔王と言ってもいいくらいには圧倒的な強者であるはずじゃ。
可憐な少女の対極にいるような存在と言ってもいい。
そんな化け物と称しても問題ない、というよりかは率先してそう称すべき存在が可憐な少女の体でルンルンスキップなどしている。
え、これどんな状況?
本来のわしであればこんな場面に出くわしたらそれはもう面白がって命を賭してでもからかいにいってしまうものじゃが、何というかこの場面に今まで感じたことのない感情を抱いてしまっていた。
共感性羞恥が近いやもしれん。いや違うか? 家に帰ったら母ちゃんとか父ちゃんとかが年齢を鑑みないコスプレをノリノリでしているのを見つけてしまったときに抱くなんとも明文化しづらいアレをわしは今抱いてしまっていた。身内だから笑うに笑えないやつじゃった。このヒトと俺、血つながってるんだ……。みたいなやつじゃった。
なぜまったく関係性のない悪魔にそんな感情を抱くのかわからないが、もう見るに耐えないからわしはそっとその場を去ろうとしたというのに。
「あっ」
「あっ」
ばっちりその悪魔と目が合ってしまったのじゃ。
いや待て、わしと目が合っているのはあくまでもガワの少女であって内面に潜んでいる悪魔ではない、気づいていないふりしてここから去れば何事もなく終わる。
見なかった事にしてここから去れば良い。ただ急に振り返って逃げるのはあまりも不自然じゃからこのままゆっくりと歩を進めてすれ違いここを去ろう。
よしそのプランで行こうとあくまでも冷静さを装って少女とすれ違う。
それで終わり。のはずじゃ。
「おいテメェ、見えてんだろ」
バレておった。
すれ違う最中、気がつくともう悪魔に肩を掴まれておった。
非力なじじいであるわしには到底振りほどけそうにない。わしの肩がミチミチと変な音を出しておる。
これもう折れてるんじゃないの?
「なにやり過ごそうとしているんだじじい」
それにしても口悪っる。
確かに聞こえてきているのは可憐な少女の声じゃが、わしには内面に潜む悪魔の声も同時に聞こえてきていて、歪な二重音声を聞かされながら肩を掴まれて退路を潰されてしまったのじゃった。
そしてわしは路地裏につれていかれてしもうた。
怪しいじじいと可憐な少女が怪しい路地裏にて相対する。
なにか犯罪でも起こりそうなビジュアルじゃ。
ここには誰もおらんが、傍観者がいるのならばわしが加害者で今にも可憐な少女に乱暴でもしそうな雰囲気。
少女が一生懸命に恐い顔を演出してにらみつけてくるが、悲しいかな全く恐くない。むしろ可愛らしい。
後ろの本体こと悪魔が万人が発狂しそうな顔でがん飛ばしてくるが、やばいいい歳してじいさんちびりそうじゃ。恐いかわいいでもう情緒がぐっちょぐちょじゃ。
「いやわしなんも見てないですから、口外とかもしませんからぁ、どうか勘弁してくださ……ぶふぉっ!」
もう羞恥心とか恐怖心とか色んなマイナス感情同士がかけ算をしまくってもう噴き出してしもうた。なんかもうこんな四面楚歌な状況に笑うしかないのじゃった。
「いやいやもう無理、恐がらせたいのかツッコまれたいのかハッキリしとくれ、このままじゃ生殺しぢゃ」
後ろの悪魔の表情がどんどんと険しくなっていく。
その睨みにとうとう物理的な威力が伴いだしたようで空気は淀むしなんか粘性を帯び出すし、野良猫は逃げたり泡噴いたりするし、ドブネズミは即死するし、空飛ぶ鳥はポトポト落ちるし、ガラスは勝手にパリンパリン割れだすし、草木は枯れ出すし、わしらのいる裏通りから少し離れたメイン通りではその圧に人々が倒れ、もうちょっとした地獄絵図じゃった。
「これは……違うのだ」
悪魔が弁明をし始める。
ただ第一声が否定から入るって、それもう認めているようなもので或いはツッコミ待ちみたいなもので非常に見苦しいものがある。
現にわしもツッコミを入れたい所ではあったのじゃが如何せん可憐な少女の中身は畏怖の具現である悪魔で、下手に話をぶった切ろうものなら次の瞬間にはわしの体もぶった切られそうなのでなんとかそれは自重することが出来たのじゃった。嗚呼ツッコミてぇ。
悪魔のガワ、可憐な少女はうつむきながら手遊びをして、言いにくいことを告げようと頑張っている。
そして中身の恐ろしい悪魔も同じモーションをするからもうわかんねぇなコレ。
「かつてこの娘はつまらん物盗りに殺められてしまってな。両親は娘を生き返らせるなんて不可能を願いあらゆる手段を試みたのだ。当然そんな望みは何者にも叶えられない、確定した死が覆せないものだというのはてめえも知っての通りだろう?」
故人の復活。長年連れ添ったツガイ、突発的な事故や病気で失った大事なヒト、やむを得ずに別れなくていけなかった誰か。かなりの割合いのヒトがそれを一度くらいは望んだ事があるのではないじゃろうか。
じゃがそれは叶わない。そしてそんな寂寥感はそのうち時間が押し流してヒトはだらだらと前に進む。それが普通のことじゃ。
失う絶望があるからヒトは面白くて、立ち上がる強さがあるからヒトはもっと面白いのじゃった。わしのクッソ歪んだライフワークなのじゃった。
「だがこの娘の両親は決して諦めなかった。その手段がどんどんヒトの倫理観からズレていっても止まらなかった。
むしろ倫理観を犠牲にするくらいで娘が返ってくるのならとあっさりと最後の一線を踏み越えて外法に手を染めたんだ。
それで最後にとった手段が何人もの子供を誘拐して我の召喚の生け贄にしたのだ」
大事な者の死を受け入れられないヒトは少なくない、またどこかでひょっこり再会するのでは? なんて心のどこかであり得ないことを楽観的に祈っている。
じゃがこの娘の両親はしっかりと娘の死を受け止めて前に進んだ、強い人間じゃ。それらの一連をわしも見てみたいくらいにはヒトの心の強さをもった人間じゃ。
じゃけど、この強き心を持った人間たちは諦めなかった。時間も彼らの心の強さを押し流すには至らなかった。やべえ面白そう、わしもその狂っていく過程を見たい。
「確かに悪魔召喚の為には幾人もの血を捧げよとは伝わっているよ。でもそんなことを実践する奴らなんて普通いないではないか!!! なのにこの両親は我々が求める犠牲を軽くぶっちぎって犠牲者は多ければ多ければほどいいなんてオーバーキルしやがった。喚ばれてその場の死体の数を見ていやいやそこまで求めてないって、そもそも犠牲者を設けたのだって悪魔召喚なんて外法をやらかされない為の口実だって。
それで喚ばれてみればその両親は大変いい笑顔で、悪魔よ、あなたの為にこれだけの贄を用意した、どうか娘を生き返らせてください、なんて言うんだもの、ニンゲンってホントイカれてるよなぁ。我どん引いたもん」
心を決めたニンゲンは強い。覚悟をガンギメているニンゲンはおかしい。
わしが今まで見てきた英雄もその心の強さで偉業を為してきた。
ただその強さも第三者から見れば凶行には違いない。偉業と凶行の境目はそれをよしとするニンゲンが多いかどうかくらいの違いじゃろう。
「もうその娘の為にこれだけ犠牲も出ちゃってるし、死者は決して甦らないって今更言うのも憚られるし、仕方無いから我がこの娘に憑依してそれっぽく演技してやろうという結論に至ったんだよ。幸いというかなんというかその親は我の召喚に寿命もほとんど吸われてしまったからもう長くはなさそうだったし、その間くらいならオママゴトに付き合ってやろうかなと思ったんだよ。まぁ一種の気まぐれだな」
あれだけの犠牲を出したのだから召喚者が存命の間くらいはの望みを叶えてやろうと悪魔は言うけれど……悪いが全然いい話ではない、この娘の為に幾人もの誰かが犠牲になっている。
命は平等ではないけれどそれでもこういう使い方で不平等をわからせられるのもなんかなぁと思うのじゃ。
「いや、我も最初は難癖つけてでも断ろうとしたのだ。例えば死体の状態は死後の完全な状態でなくてはならぬ、とかな。
でもこの両親、そんなのは当たり前ですとドヤ顔でまったく劣化していない死体をこちらに提示してきて、状態保存の為に他の子供の生き血を使っているから状態は万全です。なんて言ってきやがった」
悪魔はその場面を思い出してまた苦い表情をした。
確かに悪魔はヒトを堕落させる存在じゃが、そういう存在に倫理観が無いかというとそれは違う。
仕事というか存在証明というか、悪魔そうあれかしというよくわからん役割みたいなものに沿って生きている超常じゃ。むしろ契約には人一倍細かい超常じゃ。
悪魔狂信者の凶行は信仰される対象の悪魔すらたびたびドン引かせる。
「魔界ではあらゆるものを恐れさせた我がこの少し握る力を誤ったら壊してしまいそうな可憐な少女に?
なにをするのにも不便そうなこんな小さな少女に?
強さとは対極にいるような弱々しい少女に?
恋とかにうつつを抜かしたりするような少女に?
他社の命ではなくお花を摘んだり、甘いものを嗜んだりするような少女に?
我が? この我が?」
少女を生き返らせることが無理じゃからとりあえず召喚者の望みをガワだけでも叶える為に少女になりすます。
かつての自分と対極にいるような存在に墜ちる。
悪魔にとってそれは屈辱以外なにものでもないばずじゃ。
「いくら契約を叶えてやる為とは言え、それは我にとっては屈辱以外なにものでもなかった!!!」
なのに、なんで、そんなにお目々をキラキラさせながらそんな屈辱を語る?
まんざらでもねぇなって顔している?
「だからこれは、我の一存ではなくてだな、契約の内容に沿ったものだ。全然我の趣味ではないが嫌々仕方なくやっていることだ。そこは決して勘違いしてほしくはない。いいなじじい。
これは、まったく、我の、趣味では、無いっ!!!」
そして、これはあなたの趣味ではありません。仕方なくやっていることです。リピートアフターミー? とわしにしっかりと言葉として出させてご満悦になった悪魔は何食わぬ顔でこんな暗い路地からまた明るい通りへと出て行ったのじゃ。
「まぁ、皆さんどうなさったのですか? 大丈夫ですか? 今助けを呼びますね!!!」
自分の威圧でこんなになった通りて救助活動の補助をしながら、非力な自分を楽しむのじゃった。
圧倒的な強者に生まれてしまった悪魔は可憐でか弱い少女になってしまった今を楽しんでいる。ロールプレイしている。嫌々というスタンスを出しながらどう見ても楽しんでいる。
「悪魔にも変身願望ってあるんじゃなぁ」
もうしみじみ呟くことしかできないのじゃった。