なんやかんやと料理店
バッキー二とザッキーリは、迷う。
ここは、森の中。
明かりは、射さない。
その為、昼間でも夜でも、変わらず鬱蒼と暗い。
昼夜が分からないということは、時間感覚もおかしくなる。
方向感覚どころか時間感覚もおかしくなり、バッキーニとザッキーリは、すっかり迷う。
腹が、空いている。
いや、空いているどころではない。
文字通り、腹と背がくっ付きそうだ。
『腹が減りすぎて、二人の仲がギスギスする』を通り過ぎて、『腹が減りすぎて、二人とも思考停止でフラふら彷徨う』状態になっている。
フラふら
フラふら
ふらフラ
ふらフラ
彷徨い歩いていると、明かりが見つかる。
その明かりに吸い寄せられるように、二人はフラふら、明かりに向かう。
明かりは、その建物から漏れている。
店の屋根に、立て看板といったものは無い。
店先に、[ビストロ長ぐつ亭]とだけ書いた表札みたいな看板が、吊り下がっている。
二人は、躊躇することもなく、扉を開ける。
店内には、誰もいなかった。
調度品も、皿とかコップとか云った備品も、無い。
ただ、奥へと続く扉に、張り紙がしてある。
[ご来店、ありがとう御座います。
申し訳ありませんが、当店は、お客様に、
なんやかんやと協力してもらう店です。
部屋ごとに貼ってある張り紙に沿って、奥へとお進み下さい。]
張り紙のしてある扉を開けて、奥へと進む。
次の部屋にも、奥へと続く扉があり、そこにも張り紙がしてある。
[まず、リラックスしていただく為に、
心体ともに、ほっこりしてもらおうと思います。
この部屋で、衣装をすべて脱いで、素っ裸になって下さい。
次の部屋が、浴室になっています。]
二人は、速攻で服を脱ぐ。
道中でほとほと、汗まみれ埃まみれ泥まみれになっている。
その汚れを落とせるとは、願ってもないこと。
籠に、衣服や装備を置き仕舞う。
勇んで、扉を開ける。
次の部屋は、大浴場とは言い難いが、中浴場くらいの広さの浴室。
シャワーがあり、湯船には湯が湛えられている。
奥に続く扉には、またしても、張り紙がしてある。
湿気で紙は、ベコベコになっている。
[ここで、ゆっくりじっくり汚れ等を落として下さい。
次の部屋には、タオルと服が用意してあります。]
二人は、石けんをたっぷり使い、身体に付いた汚れを浮かす。
その汚れを、じっくりシャワーで洗い流す。
シャワーの後、湯船に浸かる。
湯船に浸かっていると、ほんわかして来てほっこりして来て、身体がリラックスする。
身体が朱に染まり、身体も心も『ほわ~』っとして来たので、湯当たりを起こさない内に、湯船から上がる。
二人は連れ立って、浴室の奥の扉を開ける。
次の部屋は、入って右側が洗面所になっており、大きな鏡と幾つかの蛇口が取り付けてある。
左側には、バスタオルと湯上りに着る衣服らしきものが置かれている。
中央には、扇風機が置かれ、風量強で首を廻している。
二人は、バスタオルで身体に付いた水滴を拭う。
バスタオルで身体を拭き終わると、湯上り服を着る。
服は、ボトムの無い浴衣様のもので、黒帯で腰を締めるようになっている。
柄は、縦縞白黒のストライプ。
なにかの幔幕を、思い出させる。
服を身に付け、奥へと続く扉を見る。
扉に貼られた張り紙を、じっくり読む。
[次の部屋は、真っ暗です。
でも、慌てないで下さい。
奥に光が見えますので、それに向かって、まっすぐ進んで下さい。
絶対逸れずに、まっすぐ進んで下さい。
途中、なんやかんやと、物音が聞こえると思います。
それでも逸れずに、まっすぐ進んで下さい。]
二人は、張り紙の文を読み、顔を見合わせる。
でも、開けるしかないので、扉を開ける。
次の部屋は、張り紙通り、真っ暗。
漆黒の闇とは、このこと。
しかも、闇に、なにか粘着質感がある。
だが、よく見ると、遠くが光っている。
遠く離れたところに、光がある。
光は、夜の海に浮かぶ灯台のように、存在を示す。
『『あれか』』
二人は、同時に思う。
思うと、光から自分達の足元に、一筋の光が伸びる。
まっすぐ、伸びる。
光の道は、二人の歩むべき方向を指し示す。
『行くか』
『行かれますか』
バッキーニが前にザッキーリが後ろになって、縦一列に並んで、歩を進める。
道は肩幅分の広さしかないので、注意深く丁寧に、二人は歩を進める。
道ゆく途中、物音が聞こえる。
いや、常時、物音は聞こえている。
水が、せわしなくたゆとう音もする。
チリーンチリーン チリーンチリーン
鈴が鳴り響く、音がする。
ドンツクドンツク ドンツクドンツク
軽い太鼓が叩かれる、音がする。
ギャーテーギャーテー ボジーソーワカー
ごにょごにょ言う、人の声もする。
ゲーグオー キーウー ギャーグワー ア~へ~
泣き叫ぶような、人の声もする。
清浄な音と不快な音のミクスチャーに怯みながらも、二人は歩を進める。
粘着質の闇から、気分に圧力が加わる。
グイグイ押し付ける黒い空気をものともせず、ただひたすらまっすぐに歩を進める。
少しずつ少しずつ、光に近付く。
光に近付くにつれ、周りの光景に明かりが入る。
周りの光景が、二人の眼に映り出す。
周りは、一面の赤。
たゆとう、赤。
そこかしこで人が、浮かんだり沈んだりしている。
そこかしこで人が、角を持つ人に、金棒で殴られたり沈められたリしている。
遠くには、坊主頭の人々が、鈴を鳴らしたり団扇太鼓を叩いたりして、言葉を唱えている。
二人が歩んでいるのは、そこに掛かった一筋の橋。
行者橋というか一本橋というか、肩幅程度の広さしかない細長い橋。
浮かび上がった周りの光景にビビりながらも、二人は歩みを着実に進める。
スピードは、落ちたかもしれない。
無理もない。
周りの光景が光景だけに、ブレないようにズレないように、慎重に歩を進めざるを得ない。
橋から落ちれば、あの光景の一員になることは明白。
ゆっくりと着実に、慎重に丁寧に、二人は光に近付く。
かなり光に近付いた時、光の中から、四人の人影が浮かび上がる。
「おい、あれ」
「ああ ‥ 」
人影は、男女二組。
両ペアとも、かなり年老いている。
その表情は、にこやか。
『会いたかった』『よう来た』の言葉が、表情から溢れている。
バッキーニも、然り。
ザッキーリも、然り。
二人とも、『会えてよかった』と、心から思う。
「 ‥ ウチの今は亡き、じーさんとばーさんや」
ザッキーリの答えに、バッキーニも頷く。
「ウチも、今は亡き、じーさんとばーさんや」
光の中、二人を出迎える、お互いの祖父母。
道はまっすぐ、光の中へと、祖父母へと続いている。
二人の細長い、でもしっかりとした足取りの道のりは、もうすぐゴールだ。
「やれやれ」
モニターを見ながら、長ぐつを履いた猫は、呟く。
呟いて、呼び出しボタンを押す。
これまた、猫が一匹、入って来る。
長ぐつは、履いていない。
「お呼びですか、火車様」
「火車」と呼ばれた猫は、入って来た猫の方を向いて言う。
「次の予定は?」
入って来た猫は、たすき掛けにしているガマ口バッグを開けて、ノートを取り出し広げる。
「次は、森に迷い込んだ、男女一組ですね」
「ようあるやつやな」
「でも、ちょっと違うとこがありまして」
「なんや?」
「どうも、自殺する為に、わざと森の中に迷い込んだみたいです」
「男女ペア愛の逃避行自殺心中、ってとこやな」
「はい。
なんか、特別な扱いしますか?」
「そんな必要あれへん。
いつも通りで充分、や」
「はい」
「ま、尤も」
「はい」
「橋の幅は狭くなって、渡り難くなるやろけどな」
「どのくらいに、なるんですか?」
「肩幅より狭くなるのは確実で、
揃えた両足の幅くらい、になるんちゃうやろか?」
「それは狭い、ですね~」
「事が事、やからな~。
詳しくは、規定マニュアル見て、その設定に沿ってセットしといて」
「はい、了解です」
火車の指示を受け、入って来た猫は出て行く。
火車は、モニターに向き直る。
モニターでは、バッキーニとザッキーリが、それぞれの祖父母と抱き合っている。
火車は、その画像を見て、口の端を綻ばす。
{了}