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8、勇者の決断。

 村を襲う魔獣は、だいたい15日周期でやって来るという。

 誤差はプラスマイナス1日程度、魔物の種類による移動速度の違いだろう。

 だから村に来る魔物ハンターは、2日ほど余裕をもって村に到着する。

 ヨーコとサーロはさらに1日早く前乗りしていて、今回はススムもいる。

 

 

 予備知識を教わったついでに、ススムはタキに質問をした。

「こんなに魔物が来るのに、引っ越さないのか?」

 タキは少しだけ考えるような間をおいて、困ったように答えた。

「そうも行かないよ、生まれ育った村だもの」

(そうか、そういうもんだよな、故郷って)

 ススムもまた、朧げになりつつあった前世の思い出を懐古する。

 


 実際何度か村から避難したことはあった。

 しかし一番近い人を感知する習性でもあるのか、魔物は避難場所にもやって来た。

 そのときタキの父親と12名もの村人が犠牲になったと、ススムは夕食の席で村長から聞いた。

 

 仮にあの湖の辺りで魔物が生まれるとしたなら、国境はイヴァール国の方が近いが、集落ならこちらの村が近い。

 まるでゲームの様に再発生(リスポーン)する魔物に、ススムは作為的な何かを感じずにはいられなかった。

 

 

 

 ――異常なほど速く、サーロの広い感知圏内に魔物の反応が飛び込んだ。

 ススムの探知も、そしてマーキングはさらに克明に補足している。

「速すぎる……、他のハンターは?」

 ススムが問うと、サーロはヨーコに耳打ち。

 それをヨーコが声にする。

「サーロ兄の圏内にはまだ一人もいねぇ。間違いなく間に合わん」 

 

 ヨーコは腰に一本鞭の位置を確認した後、ベルトのナイフの確認。

 そしてボウガンに矢を装填するまでを最短でこなす。

 

 1匹ならススムだけで何とかなるが、サーベラスは2匹。

 確かにヨーコもサーロも、ステータス的には弱くはないが、5000超えの化け物が相手となればどうだろう。

 個々の力量にもよるが、贔屓目に見てもかなり分の悪い賭けだ。

 二人が時間稼ぎすらできなければ、ススムも危ない。

 

 ススムには逃げるという選択肢もあったが、

「それは、無いよな」

 と、直ぐに自嘲気味に笑って首を横に振る。

 ススムの脳裏には村人たちの顔が、そしてタキの爛漫な笑みが浮かんでいた。

 

 

 サーベラスの気配は一層強くなり、あと数分で村まで到達するところまで来ている。

 ススムは背中のバスターソードの柄を握った。

「広場の前で迎え撃つ。魔物が来るぞ! 村人は村長の家に避難だ、早く!」

 後半、張り上げた声は村中に轟いた。

 

 

 巨体を迎え撃つ方法は概ね二つ。

 狭い所で攻撃を抑制するか、広い場所で翻弄するかだ。

 しかし狭い所と言っても、あるのは森くらいだ。

 木々ではひとたまりもないし、むしろ飛び散って危険だ。

 

 できる限り広い場所で迎え撃つのが上策ではあるが、同時に村長の家はすぐそこ。

 つまり背水の陣でもある。

 

 村人たちは、迅速に長老の家へと駆けていく。

 それを見送り、ススムはバスターソードを抜く。

 そしてサーロ、ヨーコと共に広場の前に立った。

 

「ススム!」

 ススムの背をタキの声が叩く。

 それがススムには少し嬉しかった、いやすごくうれしかった。

 だから満面の笑みで振り返り、

「おう、任せとけ」 

 そう親指を立てて見せた。

 タキも笑み、何度も頷いて村長の家に走って行った。

 

 そんなススムに、ヨーコがにやりと口の端を持ち上げた。

「くふふ、青春だねぇ」 

「そんなんじゃ、……ねぇよ」

 そんな言葉とは裏腹に、

(青春か、そうかもな)

 そうススムは内心で納得する。

 そして累積十数年ぶりの、青臭い感覚を味わいながら笑った。

 

 

 合計六つの頭、六つの口から炎の息を吐き、十二の目は火よりも赤黒く不気味に光る。

 サーベラスが、とうとうススムたちの前に現れた。

 暴力的なフォルムを誇る魔物の知恵は高い。

 それを証明するかのように、品定めをするように、まずは足を止めヨーコやサーロを眺め見る。

 

 

 先手を取るべく、ススムは剣を両手で持って一気に駆け出した。

 そしてバスターソードに光が宿る。

 

 10倍以上あるサーベラスの巨体の下に潜り込む様に滑り、そして振りかぶり、その倍の速度で剣が胴を薙ぎ払う。

 だが、剣には手ごたえがない。

 それどころか訳の分からない力に弾かれ、ススムはそのままサーベラスの下を潜って抜けた。

 

 サーベラスは意に介さないと言った様子で、ススムを無視してヨーコを標的と定めて走り出した。

 ヨーコが心配ではあったが、ススムは立ち上がりと同時に後のサーベラスへと剣先を変える。

 

 バスターソードを正眼に構えるが、迫りくるサーベラスはススムを見ていない。

 何かがおかしい。

 ススムを避けるではなく、剣を構えているススムに対して興味を示さないのは明らかにおかしい。

 

 ススムは大胆にも跳躍。

 無視を決め込むサーベラスの真ん中の首に対し、思いっきり剣を振り下ろした。

 が、剣は音もなく弾かれ、ススムは重力のままに地面へと着地した。

 

 と、その時だ、ススムはあることに気が付いた。

(ペンダントが光っている?)

 ススムの首から下がったペンダントが、淡く輝いていたのだ。

(まさか……)

 この村に来てから膨らみつつあった疑念、それが今、確信に変わろうとしていた。

 ススムはペンダントを引きちぎり、地面に投げ捨てる。

 

 すると、まず向かって一番右の首の瞳がススムを写す。

 そして真ん中が、左が、三つの首がススムを見下ろした。

 ステータスは見えるが、サーベラスという名前の表記は見えなくなっている。

 

 ペンダントは魔除けという訳ではない、現にイヴァールの森でススムは魔獣に襲われている。

 このサーベラスだけが襲ってこなかった理由は何なのか、そして表記が消えたのはなぜか。

 

 可能性の中で一番しっくりくる答えは何か。

 それは、この魔獣サーベラスは女神ウェヌースと関係があり、女神ウェヌースのペンダントがダメージを無効化していたということだろう。

 だとしたら、ゲームのように現れる魔獣に村を襲わせ、なんの罪もない村人を12人も食わせたのも、女神ウェヌースの仕業ということになる。

 

 今はまだ飛躍した推測の域だが、現にサーベラスの右がススムに向かって炎の息(ファイアーブレス)を吐いた。

 咄嗟にススムは右の首を蹴り上げ、炎は『ゴォ』と、天に向かって放たれることとなった。

 

 だがサーベラスの首は三つある。

 ススムよりは格下でも、それが三つ別個で行動するとなると厄介極まりない。

 現に、二つの首が同時に炎を吐くモーションに入っている。

 

 さすがのススムも、これを喰らえばただでは済まない。

 ススムは咄嗟にスキル“俊足”を発動。

 一瞬で腹の下に潜り込み、今度は“隠形”を発動することでサーベラスの視線から逃れた。

 

 サーベラスの三つの首が、完全に警戒態勢になった。

 だが、なぜかススムは攻撃しなかった。

 サーベラスがある種のスキルか、もしくは女神の恩恵(ギフト)を持っていると考えたからだ。

 現にそうでなければ、この村にこんな短時間で現れた理由が付かない。

 それと、仮にその能力が防御系と仮定した場合、一撃で仕留めなければ確実に攻撃を喰らうはめになる。

 ススムにはそういう事を考えられる慎重さがあった。

 そしてそれが強さでもある。

 

 サーベラスはススムを見つけられないでいる。

 これで、サーベラスのスキルが索敵スキルである可能性は消えた。

 

 ススムは気配を消したまま、サーベラスの腹に剣を突き立てた。

 隠形したままである以上、威力は半減するがそれでいい。

 剣は、『ギャリギャリ』と針金のような毛皮に阻まれ、手ごたえは浅い。

(やはりな。普通なら急所だろう腹だ。高レベルの魔獣がそんな簡単なわけがない)

 これは確認のためだったのだ。

 

 ススムは“隠形”のまま、腹の下から首の下に移動。

 隠形を解いた瞬間、渾身の力で真ん中の(あご)を、下から剣で突き立てた。

 

 さすがは高レベルの魔物だ、直ぐに左右の首がブレスを吐いた。

 だが、またもススムは腹の下に入り込み“隠形”、そのまま通り過ぎて距離を空ける。

 見れば腹の下にも炎を吐けるはずの真ん中の首が、だらりと垂れている。

 ススムの図に当たった。

 勝ち確定が見えた。

 時間はかかるが確実に首を処理して勝ちをもぎ取る作戦だ。

 

 見る余裕はないが、ヨーコたちの方も、激しい動きが耳に伝わって来る。

 つまりまだ大丈夫だ。

 急ぐ時こそ、焦りは禁物。

 ススムは、サーベラスを翻弄する。

 そして二手目で二つ目の首が、三手目で三つ目の首が垂れる。

 勝ちをもぎ取った瞬間、巨体が『ズシィィィン』と、地響きと共に地面に倒れ込んだ。

 

「これで、あと一匹!」 

 ススムは、自分を鼓舞しながら振り返った瞬間、目を疑った。

 

 ヨーコの鞭が、サーベラスの首三つ共を縛り上げていたのだ。

 しかも口まで押さえ込んでいるせいで、ちょろちょろと鼻から炎が漏れているありさまだ。

 

 魔物ハンターと言うよりも、猛獣使いの様相。

 あのサーベラスが身動きがとれないでいる。

 それを行使するヨーコの表情には笑みすら感じられる。

 

 ススムは二重の意味で驚く。

 ヨーコのステータスが全体的に上がっていて、とりわけ2000ほどだったパワーは跳ね上がっていたのだ。

(6000だって……?)

 

「どうしたよススム。鳩が豆鉄砲くらったみてぇな顔して」

 実際、ススムはそんな顔をしていた。

 ヨーコが話すほどの余裕があったことにも驚きだが、そんなことわざが、この世界にもあったことにも驚いた。

 

 だが、ススムの驚きはさらに続くこととなる。

『ドラブゥ、エブラゥ、シックルデイーオ』

『ブラスフォ、エブラゥ、デッダルダーロ』

『カフニスラフ、エッツライォ、デロフォルティーオ』

 

 ススムにも、それが呪文の詠唱だというのは分かるが、意味が分からないのは、それが同時に三つ聞こえた事だ。

 そして、その三つは、サーロのたった一つしかない口から聞こえているのだ。

 

 次の瞬間、

『ピシャァァン』

 と、落雷がサーベラスを穿ち、それとほぼ同時に、『ドゴォォ』と地面から岩がせり上がり腹を突き上げた挙句、今度は岩ごとサーベラスが何かに押しつぶされるように(ひしゃ)げてしまった。

 見たままならば、発動したのは雷撃魔法、岩石魔法、さらには重力魔法だろうか。

 

 そしてさらにススムは耳を疑うような言葉を、サーロから聞くこととなった。

腹腔内(イントゥラ)詠唱(スペル)さ。複数の詠唱(スペル)を体内にため込む技でね、それを一気に使用するまで、私は喋ることが出来ない。本来の私は凄くおしゃべりなのに。ヨーコはね、私の小さな唇の音で読み取ってくれていたんだよ。本当にできた妹だよ。そして、これで私は、ここの美味い飯に在りつけるという訳だ」

 と、おしゃべりと言うだけあってサーロは一息で言って退けた。

 

  

 

 ――女神が呼び寄せた勇者ススム、彼の前に現れたムラクモの英雄、ヨーコとサーロ。

 さてさて、ちょっとここらで休憩しようじゃないか。

 ボクも語り過ぎて疲れたのでね。

 続きは、また今度。

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