6、勇者の軌跡
“協調性”とは、他人と協力できる能力だが、これは自分とは立場が異なっていたり利害関係が一致していなかったり、違う意見や考え方を持っていたりする人とでも協力しながら行動できるかどうかを表す言葉でもある。
女神ウェヌースから、悪魔憑きの姫キューコはムラクモ国民を救った。
なのにキューコは嫌われ者になっている。
それに伴い、王族の権威もまあまあ底値と言っていいだろう。
これで暴動や革命が起きないのは、単に生理的な感情によるものだからだ。
『なんだか嫌だ』『雰囲気が好きじゃない』とかね。
あとは実際に、助かったという事実が反作用となっている。
そして扇動者がいないこと、先頭に立って声を上げるものがいなかったからだ。
だから女神はそこにつけ込んだのさ。
で、それが一番最初の話ね。
件の彼、神西南義は悪くない。
彼の信じる正義の元に、立ち上がったわけだからね。
流されるだけの一般人なんかより、ぜんぜん高尚だろうさ。
ただし、ちょっとだけ物事の本質を見極めきれなかった。
まあ、それについても性悪な女神の仕業だけどね。
そんな性悪女神の呪縛から逃れ、彼は本来の正しい輪廻へと戻った。
さておき命が助かるという大きな利益に対し、国民は悪魔憑きの姫と言うだけで正反対の方へと協調性を見せた。
不思議だね。
民たちは、そんなに悪魔が嫌いなのかな。
神と違って、悪魔は契約を違えないのに。
☆
――カガヤ・ススム享年三二歳。
死因は交通事故。
飛び出した少女を庇って死んでしまった。
気が付くと辺りは白く、例えるなら雲の上の様な、そんな雰囲気がある場所だった。
そして目の前には輝く絶世の美神ウェヌースがいた。
「カガヤ・ススム。本来あなたは死ぬはずではなかったの」
ウェヌースは、憂い気な表情で告げる。
諸々、適度にやり取りをして、ススムは物分かり良すぎるくらいに理不尽な話を受け入れた。
彼自身が、思い残すことがなかったせいだ。
人生に満足したという訳ではなく、ただ退屈な生涯だったのだ。
そしてススムは、女神から出された提案に乗っかり、特別な“加護”と“技能”を授かって前世の記憶を持ったまま異世界で生活をすることになった。
ちなみにだが、確かに女神が言う通りススムは死ぬはずではなかった。
なぜなら、女神がそうなるように仕向けたのだから、酷い話だ。
そんな横暴が許されるのも、神が絶えた地球ならではだ。
さておき、こうして英雄を超越した存在、勇者が作られた。
☆
――ススムは再び目覚める。
視界には万緑の葉がひしめき、鼻孔には濃い草の匂いが入って来る。
上半身を起こすと森の中だとはっきりわかった。
公園の森と言う感じではなく、手つかずの森と言った風情で、見た事もない草木が茂っている。
(そうか、転生したのか)
ススムは女神ウェヌースとのやり取りを含め、夢ではないことを確認するように頬を摘まんだ。
強めに抓ったせいで、それなりに痛い。
立ち上がり、自分の体に異常はないか触ってみると腕や胸板も逞しくなっている。
心なしか、体も軽い。
服装は、死んだとき着ていたワイシャツにスラックス。
それと女神に渡された赤い宝石のペンダントを首から下げていた。
「この場合は、転移だっけか?」
曖昧な知識を、今度は声に乗せてみる。
声も少し高くなったようだった。
ススムは女神とのやり取りを手繰り寄せた。
「確か……、ステータス、だったよな」
念じればいいと言われていたが、あえて声に出す。
すると、視界のやや右上の辺りから文字と数字が並んでいく。
エイジ:18。
なるほど、体が軽いわけだ。
死んだときより14歳も若返っている。
老いたつもりはなかったが、こうして若い体を体感すると、18歳がいかに力に満ちあふれ、32歳の体がいかに衰えていたか実感できた。
レベルは1で、パワーなどの項目は全部100。
これが高いのか低いのかは分からないが、視界の端に現れたサッカーボールサイズの、角があるげっ歯類のような魔物がレベル2で、項目は15とか20だった。
簡易的なパラメーターと名前が、魔物の頭上に見えている。
「名前は、ホーンラットか。見たままだな……」
ススムが無意識に呟くと、げっ歯類は突然ススムに頭を向けた。
そして、鋭い角を突き出すように飛びかかって来た。
「ちょ、まてまて!」
ススムは慌てつつも、咄嗟にホーンラットを蹴り飛ばす。
『ドスッ』
と、想像の何倍も激しくホーンラビットは木の幹にぶつかり、ホーンラビットの上のヒットポイントバーが一気に無くなった。
それと同時に、ススムの頭の中に無駄に明るいメロディが流れる。
『レベルアップしました』
と、少し荒い感じの文字が空中に現れ、暫くとどまったあとスクロールして消えた。
一昔前の演出のような、妙に懐かしさがある。
実際ステータスを確認すると、レベルは2になり、各パラメーターは100ずつ増えていた。
ススムは、虫や間接的に食べ物として摂取する生き物は抜きにして、人生で《勿論前世も含め》初めて動物を殺した。
もっとも魔物を小動物カウントしていいのかは疑問だが。
生き物の死に対して、ススムはドラマや動画の中の出来事ですら、顔を顰めるような人間だ。
憐れみとは違い、むしろ恐れに近い、生き物の死を見た事で発生するストレスによるものだ。
だが、今は特に恐怖や罪悪感と言った感情が湧いてこない。
(あぁ、こんなもんか)
と転がるホーンラットの躯に手を合わせてから、
「地味ていうかドラエクっぽい」
そんなことを呟きながら、幼少期に齧った家庭用RPGドラグーンエクスを思い出す。
ススムは改めて自分のステータスを眺めながら、
(そう言えばドラエク、結局クリアしないまま借りパクされたんだよな。あれは、誰にだったか……)
と中途半端な思い出もついでに掘り起こされた。
――それからススムはイヴァール帝国の、辺境の街【イアヌ】へとたどりついた。
街では丁度、戦争で失われた英雄の弔いが行われている。
この街出身の英雄が、悪魔の国で殺されたらしいことを、ススムは参列する老婆から聞いた。
悲しみに暮れる街の人々を横目に、ススムは教会に赴き、女神ウェヌースの神託を聞いた。
女神は、微笑みと憂いを使い分けながらススムに語りかける。
そして、確認するような注意事項を告げた後、
『悪魔には、十分に気を付けてください。私は、あなたを信じていますから』
と締めくくられた。
ススムは街を歩き征く葬送を眺めながら考える。
女神とはペンダントを通して繋がっている。
そして彼女を感じることが出来る安心感がある。
ススムは、ペンダントを握りしめ、
(自分に何ができるのだろう)
と、この街で生活を始めることに決めた。
それからススムは、どこかで聞いたような流れで冒険者となった。
魔物討伐を続け着々とレベルを上げ、二カ月でレベルが70に到達。
各パラメーターはボーナス込みで8000を超えていた。
他の冒険者を見れば、レベルは高くてもパラメーターは三桁程度。
ここまでくると自分の強さが普通ではないことも理解できる。
だがススムはまだ自分にできることを模索中で、目立ちたくはない。
だから仲間は作らずソロに徹した。
もちろん何度もパーティーに誘われた。
だが、美女だろうと、高名な戦士だろうと、ススムはていよく断った。
女神からもパーティーを作るように助言を受けたが、
「もう少し、よく考えたい」
と、前向きな感じを見せつつ、ソロを続けた。
これはススムの性格によるところで、前世で協調性に縛られてきた反動だろう。
――人を襲う魔物は、悪魔が作り出している。
ススムはそう教わって来たし、街の人間も、おそらくは国中の人間がそう思っているだろう。
悪魔の国に赴いた英雄と何千という討伐隊兵は、悪魔の手先に殺された。
悪魔がいなくなれば、魔物はいなくなるんだろうか。
ススムは漠然と考えた。
それは女神の願いでもある。
人を苦しめる悪魔を倒してほしいと、転生するときから言われてきた言葉だ。
だが、どれほど強くなれば悪魔を倒せるのか、女神もそれは教えてくれなかった。
悪魔の国ムラクモ王国に近づくにつれ、魔物のレベルは上がる。
その日、ススムは国境付近の森の中で依頼された魔物討伐しながら考えていた。
(この辺りの魔物ではレベルも上がらなくなってきたし、いっそ国境を越え、もう少し奥まで行ってみようか)
牛ほどもある魔狼の首をバスターソードで刈り取ったと同時に、
「よし、行こう」
ススムの中で踏ん切りがついた。
そして国境を越え、ススムはムラクモの森へと足を踏み入れた――。
☆
――これは、ムラクモ戦争から約三か月後、ミナヨシが攻めてくる半年以上前のことだよ。
ちなみに、別に女神はススムに対して教えなかったわけじゃない。
ボクが女神の思惑までは分からないように、女神ウェヌースもまた、悪魔のボク、そしてキューコの実状を知らなかったのさ。
という訳で、ススムの冒険は続く。