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4、勤めて粛々と。

 夜が明ける頃、猫背の長身で、白髪交じりのやつれた顔を持つ初老の男が王城の門をくぐり、城下へと降りていく。

 男の名は【サーエル・ドッシュ】、王城の料理長を務める男だ。

 彼は伯爵の位を持つ貴族でありながら、その疲れた様子に貴族らしさはない。

 服装は仕立てが良いものの、纏う雰囲気のせいで、くたびれた初老の労働者と言われても疑う者はいないだろう。

 

 普段のサーエルは、夜明けまで働き、王城の執務室で眠る。

 この日は週に一度の休みで、城下街の屋敷へと帰宅の途についたのだ。

 

 

 

 サーエルの屋敷にはメイド姿の女性が二人いた。

 

 サーエルが帰ってくると、

「寝るから、食事はいらないよ」

 と、直ぐに寝室へ籠ってしまう。

 メイドは普段通りに屋敷を掃除して、夕方サーエルが起きてくる頃までに遅い朝食を用意するだけだ。

 普段とあまり大差はない。

 

 

 最近入ったそばかす顔の若いメイドが、掃除の合間に年上のメイド姿に言った。

「今日の旦那様は、特にお疲れの様子でしたね」

 年上のメイド姿は、朝の陽ざしを眼鏡に反射させながら窓を開け、朝の空気を取り込みながら答えた。

「そうね、いつにも増して激務だったのでしょう」 

「旦那様は料理長というお役職と伺っていましたのに、いえ、大変なのはわかりますが、何が原因で激務に?」

「それはね、キューコ姫様のお食事の用意が大変だからよ」

「あの悪魔憑きの姫様の……、あの、こう言ってはなんですが、この屋敷は本当に大丈夫なのでしょうか?」

 そう言って、そばかすメイドは顔を歪める。

 そもそも平民層の殆どがキューコの事を良くは思ってない。

 しかし眼鏡のメイド姿は違い、不思議そうに首を傾げる。

「大丈夫とは?」

「あ、いえ、旦那様も悪魔に憑かれているのではないか、と……」

 言い終える前に、こんなことを言っていいものかと若いメイドは不安になって、さらに顔が歪む。

 

 そんな若いメイドに、眼鏡のメイド姿は咎めるわけでもなく微笑んだ。

「あなたは“知らない”ものね。ちょっといらっしゃい」

 そう言うと、眼鏡をかけたメイド姿は手招きして歩き出す。

「え、はい?」

 たいして広くはない屋敷の中を、若いメイドは前を歩く背を追う。

 

「あの、どちらへ?」

 若いメイドが問いかけたのは、階段を上がり始めた頃だった。

 二階は部屋が二つあり、既に掃除を終えている。

(先輩は一体どこへ行こうというのだろう)

 若いメイドが首を傾げながらついていくと、メイド姿の背がサーエルの寝室の前で止まった。

 そしてそっとドアノブを回し、

「静かに覗いてごらんなさい」

 と、扉を頭一つ分開いて微笑んだ。

「あの、旦那様のお部屋をですか……?」

 何かの間違いではないかと、不安げに問う若いメイド。

「眠りをお邪魔しないように、静かにね」

 正面の眼鏡レンズの向こう側はやっぱり笑っていた。

 

(悪い冗談だろうか。さもなければ、罠だろうか)

 若いメイドは、訝しむ。

 だが、立場上拒むことも出来ず、恐る恐る覗いてみる。

 と、寝室のベッドの上で主人が寝ているだけだった。

 

「あの、旦那様が……寝ていらっしゃいます」

 若いメイドは、振り返りながら小声で言った。

「どんな風に?」

 と、聞き返す眼鏡のメイド姿。

 若いメイドは、もう一度細心の注意を払い、静かに部屋を覗き込んだ。

「どんな風って、大変お気持ちがよさそうに……」

「悪魔が憑いているように見える?」

「そうは、見えません……とても安らかなお顔です……」

「でしょう。“悪魔憑きの眠り”と言うのは、とても安らかには見えないのよ。旦那様は確かにお疲れですが、同時に充実されていらっしゃいます」

「充実……ですか?」

「ええ、自分のお仕事に誇りをお持ちなのです」

 そう眼鏡のメイド姿は、音を立てないよう静かに扉を閉めた。

 

「あの、もう一度お聞きしますが、旦那様のお仕事は、王城の、姫様の料理をなさることですよね?」

「ええ。勿論です。しかもただの料理じゃありませんし」

 そう眼鏡のメイド姿は、階下を指さし歩き出した。

 新人メイドは後ろについて歩きながら、やっぱり首を傾げていた。

「ただの料理ではない……ですか?」

 問いと言うよりは反芻したように若いメイドが呟くと、眼鏡の背が階段の踊り場で振り返りながら指を立てた。

「魔物を料理する料理人なのです」

「ま、魔物……、それって、毒なのでは?」

「ええ、普通の人にはね。キューコ姫の“暴食の呪い”は、悪食とも言って、毒に対して異常なほどの耐性を発揮するの」

「毒耐性ですか……」

「つまり、キューコ姫に食べられない食材はないということになる。もともとキューコはね、『自分なんかには残飯でいい。さもなくばゴミでいい』って」

「残飯……」

「あの子は優しい姫だから、民からの税を自分のためには使ってほしくなかったのね。でもね、私たちを守ってくれるキューコには、おいしいものを食べてほしいと思うじゃない? だから人が食べないような魔物を捕まえ、旦那様が腕に撚りをかけて調理するの」 

 

 若いメイドは、先ほどから妙な違和を感じていた。

 眼前のメイド姿は変わらず微笑んでいる。

 だが、眼鏡の奥の眼光が妙に鋭く感じた。

「あの……?」

 何と問えばいいのか分からなかったが、とにかくその妙な違和感を探るべく、若いメイドは首を傾けて見せる。

 

 スッと眼鏡をかけた顔が、若いメイドの眼前にまで寄った。

「物は相談なのだけど、あなた、このままこの家から出て行ってくれない?」

「なぜでしょう……。仰る意味が解りません」

 にやり、と口角を上げた笑顔に、若いメイドは背筋に、そして額に冷たいモノが流れた。

 

 眼鏡のメイド姿は、踊り場の窓を指さしている。

(ここから、飛び降りろとでも言いたいのだろうか)

 

「あの、私、まだ仕事がありますので……!」

 そう若いメイドは、笑みを浮かべる女の脇をすり抜け一階へと逃げた。

 

 眼鏡のメイド姿は振り返る。

 そして、冷淡な笑みで言った。

「あのね、大切な人を守るのに、私はどれだけでも冷酷になれるタイプの人間なのよ」

「え……?」

 若いメイドは僅かに振り、冷淡な笑顔を見て慌てるように逃げ出した。

「そっちじゃないでしょ? 忠告はしたから」 

『ピンッ』

 若いメイドが駆け足ぎみに、最後の段差を降りた瞬間だった。 

 若いメイドの首のあたりで一瞬だけ、何か細いものが光る。

 

 そして若いメイドが数歩通り過ぎたあたりで、彼女の首はゴロリと床に落ちた。

 若いメイドの首は、なにが起きたのか分からないと言った様子で何度か瞬いていたが、胴体から噴き出す鮮血を浴びながら意識が途切れる僅か一秒ほど前に、死が訪れる事を理解した。

 

「キューコはね、この国を守っているけれど、そんなキューコに食事を作る旦那様もまた、この国を守っていることに他ならないのよ。暗殺者さん」

 おそらくは、もう理解するほどの思考はないであろうそばかすの顔に、眼鏡のメイド姿は屈んで微笑んだ。

 

 サーエルを利用して、キューコ暗殺を企てる輩はそれなりにいる。

 今回がどういった手口で、サーエルを利用しようとしたのかは分からないが、なんにせよ、容赦なく、そして粛々と暗殺者は処理された――。

 

 

 城下のサーエルの屋敷にはメイド“姿”が一人いる。

 快眠の後、起きて来たサーエルは食卓の椅子に腰かけてから、妻へと首を傾げて見せた。

「ナーコ……。またメイドの恰好なんかして。新しいメイドが入ったはずではなかったかい?」

「ええ、“旦那様”。入ったのは入ったのですが、“使えない子“でしたので、暇を出しましたわ」

「そうなのか。なら仕方ないな。それと留守中寂しい思いをさせてすまないね」

 そう言ってサーエルは、朝食のプレートを運ぶメイド姿の妻に向かい自分の膝を叩いて見せた。

 

 ナーコという名前の妻は、夫であるサーエルの膝に吸い込まれるように腰を下ろした。

「いいえ、貴方様は、立派なお仕事をなさっておいでですから。それに留守を守るのは妻の仕事で――」

 笑みと言葉を遮る様にサーエルの片手が、ナーコの頬に当てられ、二人の顔の距離がゼロになった――。

 

 挿絵(By みてみん)

 

 ――ちなみに、メイド姿のナーコ。

 実はサーエルに一目ぼれして王家を出て行ったキューコの姉だ。

 武に秀でたやんちゃ姫だが、家出の結果、サーエルを守ることで間接的にキューコを助けている。

 

 何故、ナーコが刺客に気が付いたのか。

 流れの中にも、いくつかヒントが散らばっていたけれど、そんなことは些末な事。

 

 行間は、親愛なる諸兄姉に任せよう。

 今宵はこれにて幕間へ。

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