表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/40

35、キューコの嘘

『やってみなくちゃ分からない』

 そう言う勇者がいたとする。

 

 仮に自分の命を賭けるような奴なら、身勝手で愚か者。

 そんな奴は、一生関わりを作らず孤独に暮らした方がいい。

 軍を動かすような立場なら、独善的な愚か者。

 そんな奴は人の上ではなく、人の中で歯車として生きた方がいい。

 

「ボク個人の主観だけどね。けどまぁ、勇者に限ったことではないか」

 

 

 

 ――ムラクモの象徴、巨大桜の枝ぶりが春色に染まる。

 桜天井からの木漏れ日を眺めるニコのもとに“油売り”が急報を運んだ。

「北方地域で暴動が発生しました。首謀者はミナヨシです」

 黒を基調とした服装の油売りは、顔を伏せたまま告げると、ニコの表情はヴェールの下で歪む。

「父上と兄様たちをキューコの部屋に集めてちょうだい。大至急よ」

「はっ」 

 傍らのカークスの姿が一瞬で掻き消えた。

 

 まだ油売りは頭を垂れている。

 ニコは見下ろすことで先を促す。

「クッフム領都、ならびにムサルド伯爵邸付近からの連絡が途絶えました」

 ミナヨシが生まれ育った土地に潜ませていた密偵のことだ。

 ニコは、一瞬だけ戸惑った。

 だがその後は努めて冷静に言う。

「ペルテルとナルコに、何かあったと見るべきかしら?」 

「恐らくは……」

「……そう」

 

 伏していた“油売り”は、伝え終えるとその場から消える。

 手練れの配下二名を思いながら、ニコは重苦しい息を吐いた――。

 

 

 

 

 ――眠るキューコのベッドを囲み、ムラクモ王家の面々が一堂に会する。

 全員がそろうのは、悪魔が現れた日の神殿以来だ。

 静かな寝息を立てる丸い姫も、夢の中からこの状況を見ている。

 

 なぜキューコの部屋なのか。

 夢次元にいれば、キューコは兄姉たちの目を通し状況を知ることはできる。

 だが逆にキューコの声はキューコの口からしか聞けないからだ。

 

 王都のほとんどの場所から見える巨桜は、キューコの部屋の窓からもよく見えた。

 イッロは窓の外を眺めた後、おもむろに最愛の末妹(まつまい)のおでこを撫でる。

「キューコ。では家族会議を始めるよ」

 イッロはニコに頷く。

 

 ニコは緩慢な動作で頷き返すと、ヴェール越しに一同を流し見た。

「約五日ほどでムラクモ王都に到着するミナヨシ軍の数は二百名ほど。多くはないけれど、すべてが北方地方の領民よ。これ以上反乱軍が増えないよう途中の村々の民は避難させたわ。ミナヨシは精神操作を受けている。民たちも同様にね」 

 ニコは、はっきりと言い切った。

 ミナヨシの人となりは知っている。

 ミナヨシが、女神と何かしらの決着をつけようとしていたのも知っている。

 そして事前に、ススムやハチロからもたらされた精神操作の情報を鑑み、油売りたちからの情報を精査した結果、導き出した答えになんの迷いもない。

 

「どうすれば精神操作を解くことができるのか、それが分からない以上は討つほかに、方法はないわね」

 自分自身に言い聞かせるような言葉だ。

 ニコの脳裏に、はにかむように笑いながら、後頭部を掻くミナヨシが浮かんでいた。

 

 

 兄も弟たちも、ニコの言葉に異論はない。

 それだけニコの言葉はいつも正しかった。

 

 だが王であるタッロは違った。

「討つしかないとして、誰が討つのだ?」

 ニコの側近に、キューコ姫でも勝てないと言わしめたミナヨシに対し、“策はあるのか”という問いでもある。

 

 それぞれの沈黙が場を重くする。

 そして再び王が問う。

「勇者ススムに助力を願ったらどうだ?」

 それには、ニコが首を横に振った。

「ススムの潜伏スキルは優秀ですが、ミナヨシには人の意思や感情のようなものを感じ取る力がありますから、分が悪いでしょう」 

「なら、カスミ殿は!」

 取り乱し気味にまた王が問うと、今度はイッロが答える。

「父上、カスミの超接近術に、遠距離のミナヨシは相性が悪すぎる。それに、まだエルテナ殿たちは帰ってきていない」

 

 すると今度はハチロが一歩踏み出した。

「俺の防御術式で一撃凌げば、サーロ(にぃ)腹腔内(イントゥラ)詠唱(スペル)で。後はヨーコ姉の鞭と――」

「私の銀糸鋼(ぎんしこう)ね」

 ハチロの声にかぶせるように、ナーコが付け足す。

 

 今度は皮鎧のゴッロが己が胸をたたく。

「それでだめなら、我々が畳みかける」

「ええ」

 と、腰の細剣を撫でながら重鎧の、ロコもうなずく。

 

「違う! そう言うことではない!」

 タッロ王は声を荒らげた。

 当然、王に向かい子供たちの視線は集まる。

 

「私も一人の父なのだ。子供たちが命を懸けるような状況に、どうして我慢できようか」

 荒げた声は一転、今度は諭すように告げる。

 王は出来た子供たちを眺めながら、平凡である己を呪うかのようにギリっと歯噛みする。


 タッロは一番近い位置にいたハチロの手をつかんだ。

「お前たちの力をもってすれば勝てるかもしれない。結果、王国を救うことになる。王族として正しく誇らしい行動だろう。だが、その代償はなんだ? 誰かの死か? 子供たちが命を懸けたのだから、この父に誇らしく思えと? できるわけがない。王としても平凡以下なのだ。そして私は王である前に父なのだ」 

 民を思い、民を優先に生きてきた仁徳の良王は自らを卑下する。

 普段からため込んできた感情は、もはや押し殺せなかったのだ。

 戦争が起きてからは特に、子供たちに助けられっぱなしで、危険な目にも合わせてきた。

 タッロはハチロを、皆の代表のように抱きしめる。

「父さん……」

 ハチロが漏らした一言以外の言葉はない。

 子供たちは誰一人として父を説得する言葉を持ち得なかった。

 

 だが、その時、

「勝てます」

 と、キューコが目を開ける。

 

「キューコ……?」

「お父様。……誰一人失うことなんてないと、アタシがお約束します」

 目を開けるなり、キューコは誰も言えなかった言葉を言い放った。

 

「本当か?」

 いい大人が泣きそうな顔で問う。

 王としてではなく父としての問いだ。

 末の子に頼りきりで複雑な気持ちなのは変わらないが、少なくとも、断言してくれるだけ救われる。

 

「ええ。それだけは伝えたくて。……アタシはもう少しだけ眠りま――」

 タッロがハチロを解放した後、キューコのふくよかな手を握る。

 だがその頃には、救いをくれた末っ子姫のかわいい唇が再び寝息を響かせていた――。

 

 

 

 ――教室の扉が開く。

 本来の線の細いキューコ姫が夢幻隔離に収まった瞬間、悪魔のルイは長く深いため息をついた。

「さすがは悪魔憑き。嘘が上手い」 

 皮肉たっぷりに言い、肩をすくめながらキューコに着席を促す。

 

 キューコは後ろめたい気持ちいっぱいで、席に着くなり視線を伏せた。

「ボクは、助力を乞えといったんだけど?」 

「ごめんなさい……」

「誰に対しての謝罪だい。タッロにかい? 兄姉たちにかい? おれともボクに?」

「それは……」

「現状を把握していないようだからもう一度言うけど、確かに総合的な強さならキューコのほうが上だ。だけどそれでは勝てないんだよ? 決定的に技の初速と射程で劣っている以上、今のキューコでは勝てないよ。まさか時間に無頓着な神が、18年も前からあんな勇者を準備してたなんてね。……はぁ、むしろ兄姉たちのほうが的確に戦略を立てていたんだ」

 途中、大きなため息を挿み、ルイはキューコの前に立った。

 それをキューコは上目に、怯え加減に見上げる。

「でも……、それではハチロ兄さんが――」

「あぁ、耐え切れずに死ぬね。でも、この戦は勝てる。むしろキューコがミナヨシと刺し違えるほうが、今後に大きく響くんだよ」 

「でも、アタシが死ぬとは限らないよ――」

「馬鹿だな。“死なない”と言い切れないってのが問題なんだよ……」

 言い終える前に、ルイの前の娘は、泣きそうになりながら頬をヒクつかせる。

 

 ルイは三度目のため息を盛大に零すと、キューコの頭に手を置いた。

「辛い言い方をするけど聞いて。これは遅効性の毒みたいなもので、君が死ねば、この国がゆっくりと削られて滅ぶってことなんだよ。いいかい? 大事な人も全部死ぬってことなんだ。だからって誰かを犠牲にしろってのは、酷いとは思う。でもボクは悪魔だから――」

 と、ルイは言いかけた途中で、キューコは同意できないと横の首を振って細やかな抵抗。

 

「いいかいキューコ。よく聞いて」

 ルイは優しくキューコの頭頂部を撫でてから、視線を合わせる。

「……はい」

 限界ギリギリまで泣くのを我慢して返事をしたキューコは、ふるふると体まで震えている。

「わがままを言うのは、これっきりだよ? たった一度だけなら、保険が使えるから」 

「ほ……けん?」

「そう。保険。本当は秘密にしておきたかったんだけどね。でも使わないに越したことはないからね。ぎりぎりまで悩んでいいから、使うかどうかはキューコが決めて」

(志津火と本当によく似てるから、どうしても甘くなるんだよね)

 と、過去を思い出しているルイは、口には出さず、キューコに微笑む程度に留めた。 

 

(保険を使うような事態になったら、キューコはボクを(ゆる)してくれるのかな)

 と、ルイはキューコの髪を優しくかき混ぜると、半分泣いた顔でキューコも笑い返した。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
この回は兄妹と父親が揃い決戦が迫る緊張感を強く感じました。ムラクモを象徴する桜の大樹もとても印象的です。 キューコちゃんが泣くのを堪える姿に胸が締め付けられます。続きが楽しみです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ