表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/40

23、異形の武人

 景色はそのままなのに、漂う空気感が変わった。

 

 コンクリートと鉄と、ガラスの高層建築群。

 黒い地面には白とオレンジのラインが描かれている。

 そして正面には、赤い鉄塔。

 

 無限の産物であるこの場所、この景色に、霧が立ち込める。

 それに伴い、徐々に太陽光が遮られていくが、ほの暗い程度だ。

 

 十数メートルほどの視界の先に、人影が見えた。

 歩いてきている。

 視界不良の中でも、歩くという動作のみで十分に堂々としたものを感じる。

 

 三人の中で、エルテナだけが震えていたが、自分の身を抱く事でなんとか冷静さを保っている。

 邪魔にはならないようにと、努力している。

 

 前衛は、腰を低く槍を構えたロドだ。

 そして5メートルほど後ろにはイッロ。

 エルテナは、さらに対処できる程度の後方に下がった。

 

 戦場でも稀に起こる、静けさのシンクロ。

 それによく似た緊張感が辺りを支配している。

 

 

 ロドは、息遣いや固唾を飲む音すらためらいながら、近づきつつある姿を凝視する。

 シルエットがはっきりしてきた。

 それなりに大柄に見えるがどうやら違う。

 肩に何か、とんでもなく大きな何かを担いでいるせいで大きく見えたのだ。

 

 10メートルを切った頃、シルエットで何を担いでいるのかをロドは理解した。

「うそでしょ、それ」

 馬鹿げた鉄の塊の如き戦斧は、刃渡りだけで1メートル以上あり、柄だけでもこん棒ほど太い。

 何か特殊な技法か、補助魔法の類を使っている可能性もあるが、だとしても異常なのは変わりない。

 

 

 7メートルまで接近を許すと、完全にその姿の風貌が露わになった。

 戦斧だけではなく、容姿の全てがおかしい。

 

 身長は平均的なロドと大差ないのだが、どれほど鍛え上げれば、“そこまで”になれるのか。

 王城の詰め所で、たくさんの肉体自慢を見て来たロドが驚きに目を見開く。

 目の前にいる人物の、薄衣から露出した肌は青白く、無駄を削ぎ落したような隆々とした肉体は一線を画している。

 しかも、その肉体にはムラクモ人に近い細面の美女の顔が乗っていて、美女面の額には一本突き出す芋のような瘤というか、角がある。

 

 5メートルまで距離が詰まる。

 いかに巨大な戦斧と言えど、戦闘距離なら槍が勝る。

 

 ロドが距離を測りながら、息を吐く。

 戦端を開くにはまだ遠い、あと三歩は踏み込む必要がある。

 にもかかわらず戦斧は既に振り上げられた。

 普通に考えれば、それは大きな(すき)だ。

 

 踏み込んで突く、避けて突く、上手くいなし(・・・)て突く。

 無数の選択肢があったが、ロドが選んだのは行動は、“大きく回避する”だった。

 エルテナに貰った祝福代行(身体強化)のおかげで、普段の1.5倍大きく飛び退くことができる。

クラファオランス、(槍に宿りし)デオルト(精霊よ)トロイン、メルダ(障壁を成せ)」 

 跳躍のその間、ロドはさらに防御術を発動、イッロの前に着地した。

 

 イッロはエルテナを庇うように己の背後に誘導を終え、ロドの背を支える。

 

 巨大な戦斧が、ズドンッと地面を打った。

 見せかけでも、まやかしでもなく、それは地響きを伴った。

 

 馬鹿げた風圧で霧が消し飛び、大都会の夢幻が一瞬揺らぐ。

 そして飛び散った瓦礫がロド達の障壁と拮抗、瓦礫は砕け、イッロの支えのおかげでなんとか耐えることが出来た。

 

 距離を空けてこの威力だ。ロドの選択は最適解だった。

 あれを間近で喰らっていたら、とロドは頬と背筋に嫌な汗が流れる。

 

「判断や、()し」 

 と、斧を持ち上げながら、女が笑う。

 

「ヨシじゃないよ。貴女は鬼人族(オーガ)かい? いやオーガの方がよっぽど“優しい”か」

 才気あふれる若き衛兵ロドは、強がって笑い返すが、心臓は緊張で高鳴っている。

 

 そんなロドの肩に、イッロの手が置かれた。

「あれは規格外だ。交代しよう。エルテナ殿を頼む」

 それを聞いてエルテナは、目を見開いた。

 若いとはいえ、しっかり鍛えられた体のロドと、華奢な長身にしか見えないイッロが代わるなんて、エルテナは動揺が隠せなかった。

 しかもだ、

「かしこまりました」 

 と、ロドは何の躊躇いもなく、前衛を退いた。

「待ってください殿下。何か策がおありなのですか……?」

 ここ数日でイッロには何度も驚かされてきたエルテナだが、素人目とはいえ、今回は相手が悪いと思える。

 下手をしたら、キューコ姫様と互角か、それ以上ではないのか、とエルテナの中で不安が膨張している。

 

「ああ、もちろんあるとも。だがそれを語るまで“待って”くれとは言いにくい」

 再び斧を担いで待っている女に、笑って見せるイッロ。

 

 安心などできるわけがない。

 エルテナは両手を胸の前で合わせ、いつでも祝福の代行を発動できるようにと身構えた。

 唱えたところで、間に合わないかもしれない。

 間に合ったとしても、通用しないかもしれない。

 いろんな不安がエルテナの中で渦巻く。

「そうだロドさん。殿下は武人ではないのだから、一対一なんておかしいです。せめて援護を」

「ダメです。貴女様の守りがおろそかになる。エルテナ様には瓦礫の一粒ですら致命的なのです」

「しかし!」

 

「エルテナ殿。なんと言おうが、きっと貴女の不安はぬぐえないだろう。だが一度だけ信じてほしい」

「殿下……?」

「そしてこの後、内心で嫌がる貴女をなぜ連れて来たのか、必ず語ろう」 

 最初エルテナは、イッロは空気を読まず、人の気持ちを考えないような変人だと思っていた。

 だが、この場所に来て、思いは完全に覆る。

 イッロは、偽りの仮面をかぶっているのだ、と。

 

 だとしても、エルテナの心配性は天性のもので覆らない。

 そんなエテルナの気持ちを他所に、片手を腰に置き学者先生のように、あまりに自然に、イッロは散歩のような歩みで女の斧の圏内にまで進み征く。

 

「位置取りや、()し」 

 女は告げ、片手に握り込んだ斧を、再び振り上げた。

 

「エルテナ様、失礼します!」

 ロドがエルテナを庇うように抱き、再び詠唱を紡ぐと障壁が具現する。

 

 両手で覆い隠したくなる気持ちをぐっとこらえ、エルテナは凝視していた。

 凝視したところで、見極められるものでもないが、目を離してはダメだと思ったのだ。

 

 振り上げられれば、次は振り下ろされる。

 戦斧が一瞬消えたかに見え、ズドンッと、衝撃が轟く。

 だが、今度は瓦礫のほとんどが、障壁に当たることはなかった。

 

 そして、イッロは何事もなかったように、その場に立ったままだ。

 目を皿のように見開いていても、エルテナにはなにが起きたか分からなかった。

「ロドさん、……殿下は大丈夫なのですか?」 

 大丈夫には見えるが、素人のエルテナには確証がもてなかった。

 

「大丈夫って言っていいかは、俺にも分かりませんけどね。異常だってことは確かです」 

 

 そして異常はさらに続く。

 戦斧が振り上げられたかと思えば、振り下ろされた。

 常人には分からないが、それはとんでもない速度で何度も振り下ろされたのだ。

 その証拠に、ドドドド、と地面が踊っている。

 

 そしてイッロはやはり、その場に立っていた。

 2つだけ変化した場所があるとすれば、それは地面の抉れと、イッロの上等な上衣の肩が焦げている事だった。

「力に対し、力で抗うのは、言わば終わりのない競争のようで私は好きじゃないんだ」

 そう言って、イッロが緩慢に眼鏡を押し上げた。

「ほう」

 とだけ零し、眼前で鬼女が笑う。

 

 ロドは、囁くようにエルテナに告げる。

「おそらくですが、イッロ様は、斧の攻撃を全て、絶妙な角度で肩を滑らせ受け流したんですよ」

「そんなこと……できるんですか?」

「そんなの、できるわけないでしょ。完璧なタイミングなんて計れる訳がない。だけど、現に目の前でイッロ様がやって退けた」 

 ロドの推測を裏付けするように、だからイッロのコートの肩が焦げているのだろう。

 

 イッロが不敵に笑った。

「無言で襲って来るものに『なぜ襲うのか』と問うのはナンセンスだと私は思っている。なぜなら既に“問答無用”を体現しているからだ」

 そして鬼女も笑う。

「その意気や善し」 

「だが、もし問うとするなら、『なぜ貴女は、本気ではないのか』だ」 

 イッロは一歩踏み出し、僅かに低い相手に視線を合わせる。

 斧は地面に触れたまま、持ち上げる様子はない。

 

 鬼女は笑みの表情から、今度は盛大に肩を揺らす。

「くく、ふはははっ! 善し善し、大いに善し。脅かすつもりが、ついおもしろうて(たが)が外れかけたわ。して、わしも問うが、その技はどこでで覚えた?」

「私には出来た弟妹たちがいてね。中でも末っ子がすごい。肉体エネルギーを有りっ丈蓄え、それを一気に力へと転じる技を使う。並々ならぬ覚悟を持ってね。悪魔に教わったというのは癪だが」

「……ほう。それで?」

「似た事ができないものかと、私も魔物の血肉を喰らった。だがそこは関係なく、根本的に体の仕組みが変わっているからだと気が付いた」

「結果は?」 

「遠く及ばないが、少なくとも死なずに済む程度には使えたな」

「くふふ。修羅か、羅刹か。そなた名は?」

「イッロ・ムラクモ。修羅でも羅刹でもなく。私はただの兄だ」

 鬼女が振り返るように己が背後を見た。

 三人の視線も自然とついていく。

 

 霧が晴れていく。

 辺りの超高層建築は消え、そこは篝火の並ぶ大空洞だと理解できた。

 鉄塔があったであろう場所には、途轍もなく太く立派な桜の根が天井と地面を繋いでいる。

 

 そこに上空からカラスが降りてきて、木の根のさらに元の部分にいる女性の肩に止まった。

 三人は、初めてこの空間に、鬼女以外の人がいたことに気がついた。

 

 ムラクモの古式衣装に似た出で立ちの女性がカラスを肩に置いて立ち、鬼女に負けず劣らずの体躯の男がその傍らに座っている。

「彼女は?」 

 イッロの表情が、僅かに引き締まった。

「あぁ、志津火(シズカ)殿か。その前にイッロよ。まずは、その砕けた肩を癒すと善い」

「ばれていたか。残念というほかないな」

「いやいや、よくも無表情に、いやむしろ笑いおったな。大したやせ我慢よ」

 鬼女は斧を持ち上げ肩に担ぐと、今度はエルテナに視線向けた。

「そなたは“巫女”であろう? 癒してやるがよい」

 

 エルテナの唖然顔が一気に引き締まる。

 そして、慌ててイッロに駆け寄る。

 

 その間も、イッロの視線は桜の根の前に立つ女性に奪われていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ