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22、夢幻の都

 不思議に思うことは、自分が“知らない”からだと、イッロは幼いころから不思議で片づけることを嫌った。

 もちろん知らないことは悪い事ではないが、探求しないことは許せなかったのだ。

 

 例えば、便利な言葉に成り下がっているが、そもそも魔法とは何なのか。

 そして魔力とはなんなのか。

 火とは? 水とは? 風とは? 精霊とは? そして神とは? 悪魔とは?

 33歳になった今も、その本質は変わらず、むしろ知識が増した分酷くなったとさえいえる。

 

 

 イッロが17の時だ。

 後にも先にも、これ以上ないだろう疑問が生まれる。

 “母はなぜ死んだのか”

 母イツカは心臓の病を患い、キューコが2歳を迎えた七日後、“母親の顔”のままで息を引き取った。

 一言で言えば病死だが、イッロはそれだけでは済まさない。

 なぜ、母は心臓を患ったのか。

 なぜ、患ったのが母だったのか。

 

 死の少し前、「おかぁたま」とキューコの言の葉が芽吹いた日。

 イツカはキューコを撫でながら、イッロに向かい最後の願いを残す。

『愛しいイッロ。この子たちを、よろしくね』

 

 イツカは苦しむ姿を一切見せず、最後まで母だった。

 慈しみむ母の微笑みだった。

 若くして達観したイッロは、深くその言葉と表情の意味を胸に刻んだ。

 そして同時に、『どうして母は、そこまで強くいられたのか』という疑問が生まれた。

 母の願いが、弟妹達を大切に思うイッロの根底なのだ。

 亡国ヤルマテアを見つけた今も、一番知りたい疑問は変わらない――。

 

 

 

 ――ありえない超高層建築群の合間で、エルテナは空を見上げていた。

 地下であるはずのこの場所に広がる青空、そして“太陽”に目を細めながら呟く。

「ビルの合間から見えるせいか、“太陽”……が、まぶしいですね」

 それからエルテナは必要のなくなったカンテラの火を消し、器用に背負ったリュックに引っかけた。

「あぁ。この場所の光源だな」

 そう言ってイッロも太陽を一瞥。

 

 横断歩道の青信号が点滅して赤に変わる。 

 少し遅れて交差点の両角にある信号が赤から青に、そして黄色から赤に変わる。

 

 

 イッロとエルテナの後方で、ロドはカラフルな店先から漂う甘い香りに鼻を鳴らす。

「お、クレープだ」 

 丸い鉄板の上で焼かれている薄い生地を眺めてから、今度は辺りを見渡した。

 綺麗な絵と知らない文字が描かれたガラスにの向こう側では、コーヒーの入った白いカップから湯気が上がっている。

 挿絵(By みてみん)

 

 視線の先を変え、道路沿いの擦りガラスの向こう側では、煙草が燻る。

 人の気配は一切ないのに、今までそこにいたような痕跡だけが主張していた。

 

 その時、

「カァ」 

 と、一羽の鳥が三人の頭上で鳴いた。

 この場所に来て、初めての生物だ。

 

「あ、カラスだ」

 電線に止まる黒い鳥を見上げ、エルテナは何気なく発した。

「へぇ、カラスと言うのですね」 

 と感心した口ぶりで、ロドもカラスを見上げる。

「え、はい。多分……」 

 エルテナは自信なさげに頷き、不思議そうに首を傾げている。

 それを見ていたイッロが問いかけた。

「エルテナ殿。どうかしたかね?」

「いえ、あの鳥の名前、どこで聞いたか心当たりがなくて」

「なるほど。“違和感”が追い付いてきたのか」

「違和感が追い付て来た?」

「ああ。では問うが、我々の世界には“太陽”という天上の光源はない。“ビル”という高層建築だってそうだ。なぜだろうかね? ロドもだ。ムラクモにはない食べ物を“クレープ”だと知っていた。なぜだろうね」

 そう言えば、とロドとエルテナが顔を見合わせる。

 

 それから僅かな間を挟み、エルテナが意を決した。

「殿下は、この“事象”に心当たりがあるのですね」

「“事象”というか。まあ、推測が確信に変わりつつあるというところだがね。やはり私の目に狂いはなかったよ」

「目に狂いって、なんのことです?」

 と、エテルナはイッロの意図が分からず首を傾けた。

「今はとりあえず、あのカラスとやらを追おうじゃないか」

 イッロは飛び立つカラスの進む先に歩き始めた。

 そして答えを得られないままでエルテナも、ロドもその背について歩く。

 

 ビルの合間を黒いカラスが悠々と飛ぶ。

 時折、黒い羽が大きく羽ばたき旋回を見せ、おかげでイッロ達ははぐれずに追える。

 

 イッロが肩越しに振り返った。

「エルテナ殿は、転生を知っているかね?」

「それは、まあ、神官ですから」

 人はすべからく、転生して流転の果てに、生の領域に舞い戻る。

 神官なら誰でも知っている教義の一部だ。

 

 イッロは再びカラスを見上げ、はぐれないよう歩きながら告げた。

「神によってか、他の法則かは分からないが、稀に転生を超えて来て、前世の記憶を保つ者がいる。何かのはずみに思い出すものもいる。不思議じゃないかね?」

「それは、……不思議です。率直に言えば不公平に思えます。知識はそれだけで財産ですので。あ、いえ、あの、神のなされることなのに、不敬をお許しください」

 言ってしまった、とエルテナは慌てて取り繕った。

 だがそんな様子を見てイッロは笑い、後方のロドからもクスクスと笑いがエルテナの耳に届く。

 なぜ笑われたのか、エルテナは訳も分からず恥ずかしくなって顔を真っ赤にしながら俯いた。

「不敬か。それはさておき、そうだね不公平だ。だが、私が思うに問題はそこじゃない」

「と言いますと……?」

「人は頭で考える生き物だろう? 頭で覚えるものだろう? なのになぜ肉体を乗り換えた魂が、前世の記憶を保てるのだ?」

「それは……」

「おそらく、体は“枷”なのだよ」

「枷?」

 やがて、視界の先に赤い鉄塔が見えた。

 ロドは、二人の会話を聞きながら、少しだけ警戒の視野を広げた。

 

 カラスが再び、鉄塔の前で旋回を見せる。

 

「エルテナ殿。あなたの言う不公平さも、公平の一部なのだろう」

 イッロの言にエルテナは珍しく顔を歪め、距離を詰めるように横に並ぶ。

「殿下、分かるように言ってください!」

 エルテナがイッロを見上げ、積極性を見せた結果、語気が強まった。

 

「多少の誤差はあるが、人の頭には、そして肉体には限界がある。例えるなら、我々に与えられたのは、“ほぼ”同等の器で、多少形は異なるが満たせる液体の量は広義的には大差ない」

 イッロは、エルテナを見下ろしながら笑う。

 慈しむような笑みだ。

 エルテナは勢いで出た語気と、近づきすぎた恥ずかしさがあった。

 それと同時に、こんな顔もできるんだ、とイッロに対し新たな気づきもあった。

「で、では、不公平ではないと……?」

「広い意味ではね。前世などは些末な事だ。前世も現世も関係なく誰しもが英雄に至ることができるのだ。もちろん、英雄とは強さだけを指す言葉ではない」

 時折イッロが見せる貴人の言動。

 そのたびエルテナは困惑した。

 そして、これがイッロの本質なのだと気づき始めてもいた。

 

「話を戻そう。私は常々考えていたことがある」

 エルテナが、先を促すように頷いて見せた。

 それにイッロも頷き返す。 

「記憶とは、この首の上に座る“頭だけ”にある物ではないとね」

「図書館などにある、記された、書物ですか?」

「いや、それも記憶の一部、記録だが。そうじゃない」

 

 ロドがイッロ達を追い抜き、前方に躍り出る。

 異常事態というよりは、警戒のために。

 エルテナの視線はロドの背を追いかけた後、直ぐにイッロへと戻った。

「では、どこにあるのですか?」

 すると、イッロは軽く片手を持ち上げ、空中を握るような仕草を見せる。

「例えば、空気に、例えば水に。私たちはその空気を吸い、水を飲み、知らずのうちに知識を体の内側に通しているのだろう」

「まさか……。だから私たちは、亡国ヤルマテアや、共通認識の単位を知っているのですか?」 

「だと考えている。さっきの太陽も、ビルという呼び名も、ここの空気に触れたから、前世の記憶の一部を引きだせたのだろう」

 エルテナは息をするという無意識の行動を意識しながら、口に手を当てていた。

 にわかに信じがたいが、同じくらいに納得できる部分もある。

 

「仮にそれを叡智と呼ぶなら、誰もがその一端を行使するカギを使えることになる」

「カギ……ですか?」

「それが“言葉”だ。失われた言語や、絶えた口伝もあるが、それ一つ一つがカギなのだろう。そして言霊で魔法は紡がれ、力が具現化する」

 悪魔ルイがキューコに教えた“ワールドレコード”や起動詠唱(トリガーワード)に近いものを、イッロは数多の考察の上に、感覚的ながら自力で理解していた。

 

 ロドはもイッロの横に並ぶように位置取りを変えた。

 

 イッロは、再びカラスの羽ばたきを見る。

 そして視線を下し、街並みを広く眺め見た。

「これも憶測だが、この景色は夢かもしれない」

「夢って、寝て見る夢でしょうか」

「ああ。だが我々が寝ているわけじゃない」

 イッロが、アスファルトの上に似つかわしくない石ころを指さす。

 すると、ロドが頷きながら、それをつま先で蹴り飛ばす。

 石は地面で弾んで、ビル壁の中に吸い込まれるように消えた。

 

 

 むしろ、なぜ今まで触ろうとしなかったのか、エルテナの好奇心が、壁に手を伸ばせと命じている。

 そしてエルテナは近い壁に近寄り手を伸ばす。

 夢と評されたビル群の壁を、エルテナの手がすり抜けた。

 

「差し詰め、この空間に残った記憶が生み出した夢幻(むげん)だろう。情報の密度が、地上よりもずっと“濃い”のだ。時にエルテナ殿、祝福の代行は可能かね?」

 イッロが訊ねたのは、修行の末に神の御業の一端を行使できるという神官の力のことだ。

「はい、イアマナ様の加護を、三度はいただけます」 

「内容は? 個別にかね?」

「いえ、広くはないですが範囲です。身体強化、治癒活性、防御強化、呪詛反射は修めています」

「それは素晴らしい。では急ぎ、身体強化を頼む」

 急ぎと聞けば問うこともなく、エルテナはその場で両膝を地に落とす。

 そして胸の前で十字を描き、円を描き、最後に手を組み合わせた。

「我が主、イアマナ神よ。我ら信徒に慈悲を、祝福を、肉体に力を、精神に勇気をお与えください」

 願いを紡ぎ終え、一呼吸を置く間に、祝福の発現を意味する柔らかな光が三人へと降り注ぐ。

 

 

「イッロ様、随分不思議な気配ですが、これは敵ですか?」

 と、その瞬間には、ロドが低く腰を下ろし槍を構えていた。

 

「なんにせよ、確認は必要だろう」

 イッロは、胸ポケットから眼鏡を取り出した。

 

 正面に見える赤い鉄塔の真下から、何かがうごめく。

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