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20、亡国ヤルマテア

 亡国ヤルマテアの伝説。

 栄華を極めた先代文明ヤルマテアの人々は、突如現れた“悪魔”により、欲に溺れ堕落して滅亡した。


 何ともざっくりとした伝承だが、地方によって細部は違う。

 言い換えれば、それだけ多くの地域で語り継がれてきた伝承ということだが。

 ある歴史学者の話によれば、イヴァールの古い種族には滅亡の原因は戦争だったと語り継がれ、南部では病気が蔓延して滅んだというのが通説だ。


 結局は、欲望でなにかしらが起き滅亡したというところに帰結するのだが。

 不思議なのは、誰でも知っている昔話なのに、それが“どこ”にあった国で“いつ”の話だったのか定かではないということだ。


 そして一番の謎は、そんな不確かなものを、なぜ誰もが知っているのか。

 イッロもここに着目していた。


 食後のひと時、イッロはお茶を湯呑に注ぐ女神官に首を傾げた。

「エルテナ殿、あなたはどう思う?」

「あの、殿下。それより申し上げにくいのですが、お城に帰られては……?」

 桜のレリーフのある台座を見つけて三日、イッロはまだ神殿にいた。

 さすがに顔には出さないが、エルテナは迷惑している。

「それには及ばない。着替えの類も使いに持って来させている」

「は、はぁ……」

 イッロは、神殿の中にテーブルセットまで持ち込んでいる。

 空気を読まない男だった。


 台座を見つけたその日のうちに、イッロは職人を呼び台座の正確な形を知るべく全貌を掘り起こした。

 そして考察に要した日数が三日、イッロは神官の寝所に泊まった。

 神が消え、神官も減ったせいでベッドは余っていたがイッロのせいでエルテナは神経を使ったことだろう。

 その間、執務室からの使いが何度も来たが、イッロはそのたびに指示を与えて追い返した。

 幸い優秀な内政官のおかげで、今は何とかなってはいる。

 だが、徐々に仕事が溜まっていくのは目に見えている。

 キューコの願いを最優先にする困った兄だ。


 


 湯呑を空にすると、イッロは椅子から立ち上がった。

 そして台座に歩み寄り、しげしげと眺め下ろした。


「悪魔は、この場所から現れた。これで台座と悪魔の因果関係がないという方が無理がある」

 イッロは思ったことをそのまま口にしながら、台座の周りをまわる。

 そしてレリーフから見て正面に立ち止まり、突然台座の上に乗った。


 驚いたのはエルテナだ。

「殿下!?」

 神官は台座に対する畏敬があり、人が神の台座に乗るなどありえないのに、それが目の前で容易く行われたのだ。

「誰のものかも分からない台座でも、やはり怖いかね?」

 エルテナは困惑した。

 確かに誰のものかも分からないのに、一体何を恐れているのだろう。

 いやしかし、やっぱり台座は台座だ、畏れ多い。

 と、葛藤に決着がつくまで数秒を要した。


「殿下、やはりそれは――」

「黙って」

 苦言を呈する前にエルテナの声は、イッロに遮られた。


 イッロは目を瞑り、腰の高さで手を広げた。

「この台座が意味するものはなんだ……?」

 それは問いかけというより、自問だった。

 イッロはイメージの中で、台座からの風景からまずは色を削ぎ落とす。

 次いで神殿の壁を取り払い、辺りの建造物を根こそぎ取り除く。

 そして認識できる空間をどんどん広げていく。


 エルテナは根が素直で、言われた通り黙っていたのもあるが、目を閉じたイッロの姿が、なぜか不思議と神々しく思えていた。

 だが、それは違うと首を左右に振った瞬間だった。

「エルテナ殿。この国で一番古いものはなんだね?」

「え、それはもちろん神殿でございますが……」

「そう、私もつい先日まではそう思っていた」

 と、そこでイッロは目を開け、不敵に笑いながら台座から降りた。


 そして出口へと向かって歩き出したイッロに、エルテナはやっと解放されると胸を撫でおろす。

「エルテナ殿、ついてきなさい」

 と、そんな幻想は一瞬で砕かれた。


 

 街並みの中をイッロが一歩先で、エルテナはその後を追う。

「あの台座、至極当然ながら、それが答えだよ」

(え、なんの答え?)

 エルテナは、イッロの背に首を傾げる。

 さっきの問いに対する答えなのだろうか、台座の持ち主が分かったということだろうか。

 割と飛躍するイッロの言葉に、エルテナはいまいち自信がない。


「ああ、ちなみにこの国で一番古いものは、あの台座だよ」

 そういうイッロに、じゃあなんの答えが“至極当然”なのか、エルテナは困惑が隠せなくなった。

 そこでイッロが足を止めた。

「ふむ、この辺りか」 

 何がこの辺りなのか、実際、通りの真ん中に立っているだけだ。

 街の人々も、不思議そうにイッロと巻き込まれただけのエルテナを見ている。

「殿下、何がこの辺りなのですか?」

 するとイッロは親指である一方を指さした。

 そしてエルテナは“それ”に気が付くのに、また数秒を要した。


 あまりに大きすぎるものは、景色の一部として見落としてしまうものだ。

 確かにここにはムラクモの象徴があった。

「あ、サクラの巨木……」

 エルテナは木漏れ日を浴びながら見上げる。

 今は青々と茂り、幹の太さは神殿のホールよりも太く、余りに巨大なその桜の木を。


「台座はこの桜に向けられていた。いや厳密には桜の下だな。ちなみにその説で言えば、この桜が二番目に古いから、神殿は三番目だ」

「それは分かりましたが、ここが何か?」

 そう言われても、という心境でエルテナはやっぱり首を傾げる。

「話は後だ。まずは作業員を集めよう。魔術師も数人欲しい」

 意味が解らな過ぎて、まずはお話してほしいのに、とエルテナにもはや言う気力もなかった。


 

 急遽、大道の真ん中で工事が始まった。

 何事だ、と街の人々が見守る中、イッロの指示通り斜度6度程度でサクラに向かって地面を掘っていく作業員たち。

 20メートルほど掘った辺りで、中でも屈強な男が振り上げたツルハシの一撃が、“そこ”を掘り当てた。


 周りが5メートルほどぼろぼろと崩れ、現れたのは斜めに口を開けた空洞だ。

 即座に控えていた魔術師が探知を試みた。

 だが相当深い事しか分からない。


「ちょっと予想外だった。これは、あれだな迷宮(ダンジョン)だな」

 イッロがぼそっと言った。

「え、」 

 予測してたんじゃなかったの? という視線を送るエルテナに、イッロはなにか勘違いして頷く。


 

 それから半日も経たないうちに探索隊が組織されることになった。

 指揮はイッロが執る。


 人選に際し、イッロはまず妹である第一王女ニコに声をかけたが、

「外交が忙しいのですが?」

 表情を隠すためのヴェールの上からでも分かるほど鋭い眼光で睨まれ、断られたというか、諦めた。


 次いでサーロとヨーコに声をかけようと思ったが、魔物退治が忙しいとのことで取りつく島もなかった。

 双子で、第三王子ゴッロと第三王女ロコは、それぞれ騎士団を持っていてムラクモの守備の要であるからと誘うのを断念。

 既に嫁に出ている第四王女ナーコと、第四王子ハチロには、招集すら無視された。


「そうだ、ベルク・フォルク子爵は……」

「ええ、明日から有休です」

 休みでもキューコの部屋の付近から離れないが。


「カロワンは……?」

「ごめんなさい。何も聞こえません」 

 左右の耳をねじり合わせるような謎の状態。


 結果、目が合った若い槍もちの衛兵が餌食となった。

「喜ぶがいい、貴公は私の直属の騎士となった」

「え?」 


「ということだ、エルテナ殿」

「え?」 

 と、なぜか勘定に入れられていた巻き込まれ体質の哀れな女神官。

 当然、エルテナは断れなかった。


 そしてムラクモ迷宮探索が始まる。 

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