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16、高慢と偏見と勇者

 英雄は勇者の血族から現れ、勇者は英雄を贄に召喚される。

 そう、【女神ウェヌース】の使徒、黒錆の竜バリュオンは告げた。

 

 

 使徒とは、最も神の恩恵を受ける存在であり、その力は神の威光に比例する。

 恩恵を与える女神ウェヌースは、イヴァール国民300万人の主神、知りうる限りもっとも強大な神だ。

 

 その理屈を、ハチロも知っている。

 だから戦いを挑むということは、当然浅はかだったと反省はしている。

 

 だが、後悔はしていない。

 

「さぁ、お前の力を見せて見ろ」

 余裕ともとれるバリュオンの言葉は、優しさというより高慢なのだろう。

 ハチロを弱者と見くびっている。

 

 当然それを利用しない手はない。

 ハチロはロビンを待機させて真っすぐ駆け出した。

 

 相手との距離は30メートルほど。

 バリュオンは大型の馬程度のサイズだ。

 収縮色である黒色に染まっているのに、独自の雰囲気のせいか大きく感じる。

 

 ハチロは背を川に向けたまま、体勢は低く、独特の姿勢で左右にナイフを一本ずつ携えている。

 マフラーが後方へと水平に伸びた。

 それが尋常ならざるハチロの速さを物語る。

 

 距離は一瞬で詰まった。

 ハチロは渾身の一撃とばかりに、左右のナイフで胸と首の境界辺りをXラインで切りつける。

『ギャリギャリ』

 と、金属に近いが確実に違う、異様に硬質な鱗の手応えが残る。

 その鱗には、細かな傷すらつけることは出来ていない。

 ハチロは咄嗟に跳ね、再び距離を空ける。

 

「ふむ。未熟な英雄とは、この程度か」

 買い被りが過ぎたかと、そんな風情を零すバリュオンだが、漂わせる余裕は鱗の強度以上に揺らぎない。

 

 ハチロの攻撃はけっして弱くはなかった。

 むしろ、今の斬撃を喰らって無傷であるバリュオンが生物として異常なのだ。

 

 ハチロは期待に沿えなかったせいで、興味が失せたのかもしれない。

「贄と、なるがいい」

 バリュオンは抑揚の薄い声で告げると、四枚の翼を大きく広げた。 

 動作はたったそれだけだった。

 

『カッ』 

 

 閃光が、バリュオンの前方にある全てを熱する。

 港街ケルセンを一夜にして焦土と瓦礫の街に変えたと言われる力の正体は、強烈な光だった。

 

 いかに英雄に至ったハチロと言えど、この光熱照射の中を生き残ることは不可能だ。

 

 ハチロがいたあたりで悲鳴なのか遺言なのか、小さく言の葉が散った。

 

 膨大なエネルギーを消費して行使される絶対的破壊は、やはりキューコのそれとよく似ている。

 だからバリュオンこの地に常在しておらず、必要に応じて顕現するのだろう。

 

『ドォォン』

 と、閃光の中で、爆発が起こった。

 その瞬間、僅かにバリュオンの蜥蜴顔が動いた。

 

 それは、バリュオンが初めて見せる、驚きという機微だ。

 

 この爆発はバリュオンの意図したものではなかった。

 閃光の最中、辺りを煙が、いや水蒸気が視界を覆うほど広がっていた。

 川を巻き込んだせいとも考えられるが、それにしては様子がおかしい。

 照射を終えた今も、どんどんと広がりバリュオンの眼前まで迫って来るはずがないのだ。

 

 バリュオンが理解できない事象が起きている。

 そんな事象の最中を、水蒸気の中心をぶちぬき、

「ガルゥゥゥ」 

 と、激しい唸り声を上げながら、ロビンがバリュオンの喉元に喰らいついた。

 

「なぜ、無事でいられた?」

 そう問うバリュオンからは、未だ余裕の色は揺るがない。

 素朴な疑問だったのだろう。

 

 その問いは、いまだ残る水蒸気の中に向けられた。

「人はさ、弱いから工夫するんだよ。アンタからしたら小細工かもしれないが」 

 そうと、落ち着いた若い声が告げた。

 

 水蒸気が熱を奪われながら地面へと吸われていく最中、ハチロはぼろぼろになった両手の短剣を捨てた。

 

 

「貴様は、呪術師(シャーマン)だったのか。なんという(うつ)ろか、なんという(たくら)みか。この一瞬で、呪術を展開し防いだか。なんという判断、なんという豪胆。なるほど、お前の母も呪術師だったな。これを感嘆に値すると言わずして、なんといえようか」 

 バリュオンはロビンをぶら下げたまま、嬉しいのだろうか、珍しく早口気味に感情を言葉に乗せた。

 

 

 僅か前、ハチロが飛び出したとき、ロビンは己が付近の空気中に、飽和限界以上に水を蓄えていた。

 ロビンには、魔力を扱う器用さがあった。

 

 そしてバリュオンに一撃を与えることでブラフとして、ハチロはその水滴圏内に下がった。

 その後水滴は、光照射により蒸気爆発を起こし、極限膨張する蒸気の中で、減衰する光を祭具であるナイフを使い、防御術を展開して防いでいた。

 完全な先読みが可能にした芸当だ。

 なぜ、ハチロはこれを思いついたのか。

 それは、今も残る瓦礫になった港街ケルセンを見て来たからだ。

 

 煤や炭は、撤去でもしなければ十八年経っても色濃く残る。

 炭は、自然分解しないからだ。

 だが、燃えたにしては少なかった。

 そんな違和感を積み重ね、状況を加味してハチロは炎ではなく、熱による破壊だと推測したのだ。

 事実、近くの村の住人から、まばゆい光が見えたという証言も取れていた。

 

 そして先ほど、光りの中で聞こえた悲鳴か遺言の様な言葉は、ハチロの“呪詛”だ。

 

 

 一撃で役目を終えてしまった呪術具である短剣一対を一瞥、それからハチロはバリュオンを見据えた。

 

「生きていただけで賞賛に値する。が、なぁ、この後はどうする?」

 続きがあるのだろう? とでも言いたげに、バリュオンの声が弾んだ。

 いまだ余裕は揺らいでいない。

 

 バリュオンの首には、ロビンが顎の力だけでぶら下っている。

 にもかかわらず、バリュオンは意に介せずと言った風情で、振りほどこうともしない。

 余りに鱗が固すぎて、ロビンの牙は引っかかっているだけの状態で、一切食い込んでいない。

 

 犬など、何かのついでで死ぬ、とその程度に思っているのだろう。

 

「さて、どうしようか。俺は(おとり)なんでね」 

 ハチロが告げる。

「ほう?」

 と、期待を込めたように、蜥蜴の顔が笑った。

 

 堂々とした強者の首にぶら下るのは、かつては地獄の番犬だった魔物だ。

 それの、(あぎと)の隙間からは赤々と炎が漏れた。

 

(それ)は黒く、異界の熱を持つ。()にして、炎の名は、InfeRnO(インフェルノ)

 己が繰る呪詛の如く、ハチロが唱えた。

 

 刹那、漏れ出す赤い炎は黒い炎へと変化。

 

『シュゴォォ』

 と、噴射砲(ブラスター)の如く、首元の鱗を砕き、そして貫いた。

 異界の滅炎(めつえん)が黒錆の鱗すら穿ったのだ。

 

「なんとっ」

 さすがのバリュオンもこれには、仰け反り、その反動で首を振りロビンが弾き飛ばす。

 

 だが、致命傷には遠く至らなかった。

 バリュオンは砕けて落ちた鱗の一枚を、不思議そうに眺め、蜥蜴の顔で不敵に笑った。

「誇るがいい、この身に傷をつけた強者たちよ」

 

 その瞬間には、ハチロは新たにナイフを持っていた。

 今度は明らかな投擲用だ。

 ハチロは、モーションも少なく、鱗一枚分剥き出しになった箇所へとナイフを投げつけた。

 

 だが、バリュオンが僅かに身をよじっただけでナイフは他の鱗に阻まれ、地面に落ちる。

 鱗がない場所を狙うのは、目に見えていたのだろう。

 

 だんだんと、バリュオンの表情の機微が分かって来た。

 今は“ガッカリ”しているのだ。

 

 バリュオンが再び四枚の翼を広げた。

「惜しむは、感嘆の一撃の後、あまりに粗末、あまりに無策。だが、人の子にしてはよくやった。さらばだ、英雄の子よ。お前もまた英雄として、この傷とともに胸に刻もう」

 

 ほんの瞬く間だが、翼自体が輝き、その光が収束する瞬間が見えた。

 だが、さすがのハチロでも、ロビンでも、見えたとして反応できるものでははない。 

 先ほど照射を防御できたのは、あくまで先読みの行動だったからだ。

 

 バリュオンは、熱光線ではなく、他の方法でもハチロたちを殺せる力量がある。

 あえてこの熱光線を使う理由があるとするなら、苦しまぬようにと、英雄たちにかけた慈悲のつもりなのだろう。

 

 だが、それが(あだ)となる。

 

『ザンッ』

 と、四枚のうち、右側の二翼が烈風の如き一刃に斬り飛ばされた。

 ほぼ同じタイミングで左側の一翼に、犬の魔物が食らいついて、そして引きちぎった。

 もちろん、犬の魔物はロビンではない。

 バリュオンは、今日一番の不可解に顔を歪めていた。

 

 ハチロが最初に翼を狙っていれば、警戒され、こう上手くはいかなかっただろう。

 胸ばかりを襲い、心臓核でも狙っているのだろうと思わせな攻撃をしてきた意味だ。

「言ったろう? 俺は囮だってさ」

 そう言って、ハチロが冷や汗を拭った。

 

 この戦いにおいて、都から援軍はない。

 いつ現れるか予測できていないバリュオンに対し、天候の異変を認識してからの援軍では、数日かかってしまうからあり得ない。

 そう、バリュオンは思っていただろう。

 

 だが、たった一人だけ例外が存在した。

 “俊足”というスキルを持ち、数日の距離を小一時間で駆け抜け、“隠形”という潜伏スキルで近寄れる存在。

 さらにはもう一匹の例外、“俊足”と同等の移動スキルを保持して、森に潜伏することのできる魔物。

 

「おのれぇえぇ」

 バリュオンが怒声と共に振り返る。

 が、そこには誰もいない。

 

 彼らは、とにかく慎重で、チャンスは逃さない。

 再び“隠形”が解かれる。

 “彼”は現れた瞬間、残った一枚の翼を斬り飛ばした。

 

 これだけ出し抜いても、慢心はしない。

 敵に対して、バスターソードを構えたままの、勇者ススムと愛犬テロルの姿がそこにあった。

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