53話 影響
薄暗くになり夕食の準備をする。メインは狩ったレッドベアーだ。
「儂がやるから任せてくれ」
アイテムボックスから出すと殺気を放つ。
「――はっ!」
刀を抜いて一振りしただけで毛皮、肉、内蔵、骨と分けられた。
すごいと言いようがないが、なぜ殺気を出す?
俺たちが反応するほどの圧だった。
しかも、小刀に魔力を流して集めた木枝に一振りをして着火させる。
なんでもありだな……。こんな芸当誰もできない。
「あとは串に刺して――」
「香辛料あるけど、使うか? レッドベアーは癖があって普通では食べにくいぞ」
「そうなのか? 儂は普通に何もつけないで食べるぞ。けど、塩胡椒はほしい」
塩胡椒だけで大丈夫なのか?
おかしいことにレッドベアーの肉はかなりの獣臭いのが特徴だが、周りに臭いなんてしない。
もしかして楓真の下処理がうまいからか?
楓真に塩胡椒を渡して任せるとしよう。
俺たちは別のを作るか――。
できあがったのはチーズ入りのパン、熊肉の串焼き、野菜スープだ。
メインである熊肉はこんがり焼けていいにおいである。
「あのレッドベアーの肉を塩胡椒だけ……本当に大丈夫かしら?」
フローラは疑っていた。下処理がうまくても、食べてみないとわからないよな。
「熊肉か……ちょっと苦手……」
まあ、熊肉なんて嫌な人が多いし、躊躇いはある。
俺たちはゆっくりとかぶりつくと――はい? これ、本当にレッドベアーの肉なのか……?
肉は硬くなく柔らかく、脂身はクドくなく食べやすい。まるでシルバーディアーの肉を食べているような感覚だ……。
下処理だけで味が変わるのか? 次元が違うぞ……。
「やっぱり美味だな。毎日食べられるぞ」
楓真は頬張りながら笑顔で食べていた。
「ムムム……」
フローラは真顔で楓真を見ながら食べる。やはり異常であると理解していたか。
「熊肉がこんなにおいしくなるなんて……。まさか、極東人特有の調理方が!?」
「ハハハ、儂はただ焼いただけだよ。ただ――」
「龍脈の影響のようね。あなたが触れた食材はおいしくなる仕組みのようね……」
フローラは真顔で言う。そんな効果があるのかよ!?
確かに言っていることは一理ある。でなければこんなにおいしい肉にはならない。
「そのとおりだ。おかげで毒キノコもおいしく食べられてなんともならない。さすがに毒のあるものは儂しか食べられないけどな、ハハハ!」
耐性もあるってことか。もしかして飢えをしのぐのに、なんでも食べられるようにしているかもしれない。
幸之助が言っていたとおり不老不死だな。
「ほかにも隠していることがあるわね……」
「精霊にはなんでもお見通しか。こんなこともできる――」
「ちょ、何するのよ!? アタシを気安く頭をなでるなんて言い度胸を…………ふぁ……」
突然、フローラの頭をなでるが、抵抗することなく、目がとろんとして気持ちがいい感じである。
なるほど、リラックス効果もあるのか。
「どうだ? 落ち着くだろう?」
「ふ、フン、まあまあってとこかしら……。けど、アタシはこんなので堕ちたりしないわよ……」
そうは言っているが堕ちかけていただろ。
夕食が終わり、フローラとユーディアは眠そうなのかテントに入っていき、俺と楓真は焚火にあたる。
この機にいろいろと話してみるか。
「なぁ、なぜこのタイミングで極東――出雲に帰ろうとする?」
「なぜって、きっかけがほしかっただけかな。それにそろそろ儂の存在を忘れている頃だし、いいかなって。久々に米も食いたいと思ってたしな」
「米か。美食の国――龍国でも食べられるのじゃないか? あっちも主食が米と聞いているはずだが」
「米の種類が違う。出雲で作られた米が食べたい。あそこは長く住んでいたが、出雲の米が一番だ。たとえどんなに美味な料理がある国でも譲れない」
美食の国でも負けないとは、さぞ、おいしいのだろう。
「長くってどのくらいだ?」
「龍脈を受けてからほとんどだ。もう第二の故郷だ」
龍国に住んでいたら幸之助たち以前住んでいたから会えたはずだ。
もしかしてすれ違ったのか?
「ほとんどなら、いつでも船で帰るじゃないか。というか、揉め事して隣国にいても大丈夫なのか?」
「ハハ、指名手配されるほどではないからな。まあ、レオが言っているタイミングが合わなかったと考えてくれ」
「今、楓真を忘れているタイミングってわけか」
「そういうことだ。たまたまお主らが出雲に行くなら同行しようと思った。もちろん恩も忘れずにな」
過去に何があったがわからないが、故郷には帰りたいのは思うだろうな。
「それにな……ハイエルフに会った影響もあるかもしれない……。あそこではいたとき悩みなんて忘れるほどだった……。まあ、メーアス領をもう少し旅をしたかったけど、この機に逃したら一生出雲なんて帰らないかもしれないと思った」
自分の中で吹っ切れたようだ。長く生きてずっと悩みを抱えるのは大間違いだ。
余計に辛いだけだ。
その過去に決別できるならそれでいいと思う。
「じゃあ、出雲の案内頼むな」
「もう150年も帰ってないのに案内は無理だぞ」
「ハハハ、冗談だ」
「だが、龍国――龍宝は案内できるぞ。久々に知り合いの料理も食べたくなったな。そっちにも寄ってもいいか?」
「ああ、構わないぞ。そのときは頼む」
雑談をしながら夜が続いていく。この感じ、幸之助たちと同じ雰囲気で懐かしさを感じる。
充実した夜になった。




