純愛厨 〜スキル【催眠】を得るが、エロにだけは絶対に使わんッ
それは、ある日のことだった。
「こんにちワン」
「んだ?てめえ?」
自室。
それもまだ朝の早い時間。
目覚めて、ベットの上で眠気眼を擦る俺の目の前には
話す犬がいた。
いや、たしかに一度はそれを犬と表現したが、
それは俺の知るいや大衆的に知られてるであろう『犬』という生物とはやや違う。人間の頭部ほどの小さな全体像に、頭にはチョウチンアンコウのようなユラユラとしたトサカと、その背中には人形のようなチープな翼が生えている。それも天使の翼をイメージしていただければ判りやすいだろうか。
そんな犬のような、
間違いなく犬ではない謎の生物が、俺の目の前にはいた。
「突然だけど、お前にスキルを授けるワン」
「はぁ?」
突然現れ、突然そんな意味不明なことを言い放す、そのナニカ。
ソイツの頭のトサカがユラユラと揺れたかと思えば。
放電。
その雷はトサカを伝って俺の身体をうめつくす。
「うびびびばびばばばば!!!!」
感電し、そんな情けない声をあげた俺。
そして、約10秒の時を得て。
意識が元に戻った俺の目の前にはまだその『クソ犬』がふわふわと宙に浮いていた。
「身体の調子はどうだワン?」
「オイてめえ、クソ犬、
なんだか知らねえが
ぶん殴ってやるからそこで待ってろよ」
そう怒りのまま、ベットから這い上がろうとするが、
―――ピコンッ。
「ぴこん?」
そんなまるでゲームのSEのような音が出たかと思えば目の前にはこれまた、まるでゲームのような一枚の画面が現れた。
宙に浮いているそれはまるでホログラムかのように見える。
「触ってみるワン」
そう言うクソ犬。
「触るって何を?」
「そのパネルだ、ワン」
パネル…。
きっと、今目の前に出てきたコレのことだろう。
俺は言われるままにそれを触る。
そのパネルに指が触れれば、真っ黒だった画面は次第に浅青色に光を放ち、そしてぐるぐると回るアイコンのよく見るロード画面を得て。
sign in?
そんな文字が出てきた。
「お前をそれに登録するんだワン」
「登録って、ええ?何するんだ?」
「簡単に自分の名前と生年月日、
そして血液型を言って触れるだけでいいワン」
クソ犬の言っていることは、よく判らないがなにやら面白そうなので、言われるままに続けることにした。
「黒咲 楓。
17歳、高校2年生男。
血液型はAB型」
そう言って再びそのパネルに触れると、またさっきのようなぐるぐるアイコンが回っているかと思えば、
『ようこそ、黒咲 楓 様』
そんなよくある定型分が現れ、
黒咲 楓
年齢:17歳。
職業:高校生
契約精霊:パドル
【スキル】他者催眠(強)
【パッシブスキル】保有しない
【ユニークスキル】保有しない
こんなまるでゲームのステータス画面に切り替わる、
摩訶不思議すぎる状況だ。
俺は雷でちりちりになった頭を抱えながらクソ犬に言った。
「なぁにこれぇ?」
・・・・・
正直言って、夢だと思っていた。
だって、宙に浮かぶ謎の犬の存在も、それこそゲームのようなホログラム状のパネルが出るのも、
こんなこと現実に起こり得るはずがないのだから。
だから全てが夢で、雷に打たれたことさえも夢で。
目が覚めれば、全てが元の日常のまま。
そう思っていたんだ。
「ワンの名前は、『パドル』っていうワン!
よろしくワン!カエデ!!」
「ちょっと待て、クソ犬」
頭を抑える。
未だに理解が出来てなかった。
「だからクソ犬じゃなくてパドルだワン」
「ああ。
判った、いや全然判んねえんだけど。
それはひとまず、取り敢えずいいんだよ。
これだよ。
コレ!この訳わかんねえ画面何とかしてくれよ!?」
そのステータス画面は俺の目の前に出たまま離れようとしない。
ついてくるのだ。
俺がどんだけ早く動こうが、どれだけ移動しようが、必ず俺の目の前にそれはある。
それが、鬱陶しくて仕方がない
「ステータスを畳みたいなら、
その角っこにある×のアイコンに触れればいいワン」
「え?これ?」
言われるまま、それに触ると。
目の前に絶えず出っぱなしだったステータス画面は、まるで初めから存在しなかったかのように、シュンと、消えてしまった。
「消えた…」
「もう一回出したかったら今度は、
『ステータスオープン』とか『ステータス見せて』とかそんな『判る』言葉で言えば勝手に開かれるワン」
判る言葉…。
じゃあ、
「ステータス…オープン…」
―――ピコンッ。
またその音が聞こえ、そしてステータス画面が開かれる。
「ああ、なるほど…で、×を押せば消える…と」
で。
これがなんだ…?
突然、現れたクソ犬に言われるまま色々とやらされて、
出てきたこれは一体なんなんだ?
「おい、クソ犬…。
ああ、パドルって言ったか…これなんなんだよ。
なんでこんなもんが俺に」
薄い記憶だが、
クソ犬が俺にスキルを授けると言ったのを覚えている。
そしてあの雷に打たれてから、スキルパネルとか何とかが現れ始めた。
だから。
そうきっと、このおかしなことは全て、このパドルとかっていうクソ犬から起こったことなのだ。
「カエデ」
クソ犬パドルは。
神妙な面持ちで俺に言った。
「お願いがあるんだワン」
あまりに切実そうなその表情。
「なんだよ」
同情したわけではないが、
聞くだけならタダ。
だから聞いてみようとそう言葉を返した。
「カエデには、
これから全世界の女の子と催眠術で×××して欲しいんだワン」
「ん、今…なんて?」
世間一般的から見れば
この愛くるしい容姿をしたモフモフの小動物。
コイツから雷を喰らった俺からすればもはや愛くるしい通り越して怨恨の対象にしか見えないのだが、ともかくだ、
そんなコイツが
たった今とんでもないことを口走った、
そんな幻聴が聞こえた気がした。
「今…なんて、言った?」
「だから、これからカエデには今授かった【催眠】の力で女の子を無理矢理催眠して××して××して××して欲しいのだワン」
Oh No!!
ダメだった!!
それは幻聴なんかではなく、マジで言っていた!!
一言たりとも公には言えないようなことをこのクソ犬はこともあろうに連呼する。
堂々として連呼する。
「ちょ、ちょっと待て、ちょと待て…
…え?催眠して…×××?」
「そう、×××だワン」
頭を抱える。
朝っぱらからとんでもない生物と関わってしまったとそう後悔。
いやもはや後悔というかさ、
寝て起きたら何事もなくそこにいたのだから俺からしたらこの関わり合いは不可抗力というか、
仕方ないというか、回避できなかったというか、
「取り敢えず、詳しく説明しろよ。
クソ犬。
てめぇの正体を。
そしててめえのこれまでの経緯を、
俺にそうさせたい理由をさ」
今は判らない事が多すぎる。
だからギルティ判定はまだ早い。
ひとまずクソ犬の話を聞こうじゃないか。
もしかしたら家族でも人質に取られてるのかもしれない。
「ワンの正体は…判りやすく説明するのなら精霊だワン」
「精霊?」
「もっと正確に言うなら、
ワンは人の思念が作り出した存在だワン。
例えば、幽霊とか、UMAとかそういうのと同じようなものだと思ってくれていいんだワン」
人の思念が作り出した精霊。
つまり、人じゃない存在。
オカルト的な何かってことか。
「ま、取り敢えずそれは理解した」
あまりに現実離れしているが、
現に起こってることだ、
このクソ犬が目の前にいるのは確か。
そこに関してはもはや疑うこともなかろう。
「で、そんな精霊がなんで俺に、女子をあーだこーださせることを望むんだよ?」
「それは、ワンが女の子が催眠とかで男の×××に堕ちる姿が大好きだからだワン!」
はい、アウトー!
おまわりさーん、ここですここ!!
ここにとんでもねえ生物がいます!!
「清楚系でも、ビッチでも、地味子でも、彼氏持ちでも、人妻でも、
それが可愛ければ誰でもいいワン!!
ただ、知らぬ間に女が催眠で×××されるって展開がもう萌えるんだワン!!それがたまらないんだワン!!」
鼻息をたて、興奮冷めやらぬと言った、クズ犬。
「けれども残念なことに、ワン単独ではスキルが使えないんだワン…。
ワン達精霊は人と組んで始めてスキルが使えるようになる。
だからこうして、ワンと組んでくれる男を探していたんだワン」
「で、それが俺だって?」
「そうだワン!!」
ぱぁっと笑顔で言うクズ犬。
「カエデ!!
ワンと組んで、×××マスターになるワン!!」
そんなクソ犬の誘い。
催眠術。
それを手にすれば、扱えば大抵の女は手に入る。
それこそ、気になるあの子も、高嶺の花も、幼馴染も、俺のことを嫌っている女子からも、そう誰からも、
そんな、男からすればあまりにも甘美な性の誘い。
けれども俺は。
「誰がなるか!!ボケッッ!!」
それを堂々と断った。
「ど、どーしてだワン!?
催眠を使えばどの女の子もカエデの思うがままだワン!?
常識から書き換えて、××とか××とか××したって!?
何をしたって咎められることはないワン!!
まさか、カエデは女の子が嫌いなんだワン?」
「いいか!?
催眠術で常識を改変させてってのはレイプとなんら変わらねえ!
てめえがやろうとしてることは、
やらせようとしていることはなぁ!
性犯罪の片棒を担がせようとする卑劣な行為なんだよ!
このクソ犬!!」
「で、でも…!」
「それに声を掛ける相手が悪かったな、クソ犬。
俺は極度の【純愛厨】だ。
だから催眠術でエロいことはしない。
この世に愛のないエロなんか要らねぇんだよ。
だから、お前とはエロの趣向が合わねぇよ、
どっか行け、そして俺に2度と関わるな」
最悪だ。
朝っぱらからから最低な気分になった。
「判った…ワン」
俺の強い否定の言葉に、そうしゅんと肩を落とすクソ犬。
「カエデなら…と思ったんだけど、ワン。
まぁでもやりたくないなら仕方ないワン。
無理にやらせることもワンには出来ないワン。
じゃあ、契約を解消するから、カエデ。
ステータスのサインアウトアイコンを押すワン」
なに、
ステータスのサインアウトアイコンだって?
「ステータスオープン」
再び、ステータス画面を出した。
「今度は左角に注意アイコンがあるワン?
それを押すワン」
左角、左角…。
「ああ、これね」
俺はクソ犬に言われるがままそれに触れた。
瞬間、画面が真っ赤に染まり、よく聞くような警告音が頭の中に響く。
【注意】
『精霊との契約を破棄した場合、スキルが扱えなくなり、
現在進行中のスキルも全て無効化されます』
「これは?」
「カエデはまだスキルを使ってないからそれは意味のない警告だワン」
「へぇ、なんだ、もう契約してたんか」
そう、
そのままサインアウトアイコンを押そうとした時だった。
ふと、俺の指先は空中で停止する。
「なぁ、クソ犬」
「なんだワン?」
「もしこのまま俺がこのアイコンを押したらどうなるんだ?」
「どうって?
カエデがただの人間戻るだけだワン」
「じゃあお前は、どうするんだ?」
「ワンは新しいパートナーを見つけに行くだけだワン」
「へぇ、じゃあ、もしかしてだけど。
その契約って、1人の人間としか出来ないんだ」
「そうだワン。
精霊は一体につき一人の人間としか契約を結べないワン。
そして人間も一人につき一体の精霊としか契約できない。
それがこの世の原理だワン」
「そうかそうか、
そして精霊側から契約の破棄はできない…と。
そうだよなぁ?
じゃなければ、こうやって俺に契約解除のアイコンを押させようとするわけないもんなあ?」
「…?
そうだワン?
契約相手は精霊側が選べるけれど、
契約解除は人間側が選ぶ。
それがルールだワン」
「じゃあ、やめだ。
契約解除はしない」
「…え?
まさか、カエデ!!
やっとその気になってくれたんだワン!?
嬉しいワン!!!
やっぱりカエデとはひと目見た時から気が合いそうだと…」
「おいおい、
勘違いすんじゃねぇぞクソ犬」
俺はビシッとそのクソ犬に向けて人差し指を突きつける。
「いいか?
俺がお前との契約を破棄しないのは、なにも催眠術を使ってスケベしたいからじゃねえ!!
この世に性犯罪者をのさぼらせない為だ!」
「…どういうことだワン?」
「俺が契約を破棄しちまえば、
お前はきっと新たな宿主を探すだろう?
人間ってのはそんな褒められた奴ばっかじゃねえ。
お前のその誘惑に負けて、催眠術に手を出す奴が必ず出てくる。
だから、ここで止めるんだ。
契約を破棄しないことで俺がお前の自由を許さない」
「か、カエデ…」
「この真の純愛厨に見つかったのが運の尽きだ。
覚悟しろ、クソ犬。
この街の純愛はこの俺が守る」