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形のない魔物

 とある山林の中。生い茂る草を踏みしめて、大型の獣が姿を現わした。

 蹄のある四足歩行で胴体は太く、体は茶色の剛毛に覆われている。その口は大きく四つに裂け、びっしりと生えた牙が並んでいた。

 その口で獲物を骨ごと食らうことから、通称「骨砕き(ボーンクラッシャー)」と呼ばれている害獣だ。


 先ほど狩った小動物の死体を餌に「骨砕き」をおびき寄せ、木の上に身をひそめてミーシャは弓をつがえる。狙いを定めて、「骨砕き」に矢を放った。

 矢は見事に獣の胴体に命中したが、その程度では致命傷にならなかった。

 ――が、それは想定通りだ。

 驚いた「骨砕き」はやみくもに走り出す。罠のある方へ向かって。


「まったく……、どうして私がこんな地味な仕事に手を貸さないといけないのかしら……」

 草木の影に身をひそめて、ジュリアが小声でぼやいた。

「仕事なんだから文句言うなよな……!!」

 愚痴ばかり言うジュリアに、アベルが言い返す。

「分かってるわよ……」


「骨砕き」の蹄が、あらかじめ仕掛けられていた罠を踏み抜いた。

 ジュリアの仕掛けた爆弾が作動し、足を負傷した「骨砕き」がその場に倒れる。


「よっしゃ……!!」

 茂みに隠れていたアベルが飛び出して、「骨砕き」の首を狙って剣を振り下ろした。獣は断末魔の叫びを上げ、血を吹き出しながら痙攣してやがて動かなくなった。


「何とか無事に倒せたわね」

 ミーシャが木の上から身軽に飛び降りて言った。

「ああ。……つーか、ここ最近害獣退治の依頼多くね? 建築現場で働いてるよりかはいいけどよ……」

 アベルは冒険者としての仕事がない時は、建築現場や土木作業で働いて生計を立てている。


「どうでもいいけど、報酬はちゃんと分けてよね。取り分は私が4であんた達は3・3よ」

 一方的に、ジュリアはそう言った。

「はぁ!? 勝手に決めんなよ……!!」

「当然でしょ!! 私の仕掛けた爆弾で倒したんだから」

「とどめを刺したのは俺だろ!!」


 二人がそんな言い争いを始めた、その時だった。

「ちょっと、二人とも……。何か森の様子がおかしくない……?」

 何らかの異変を察知して、ミーシャが言った。


「え……?」

 一見すると、森の中は普段と変わらない。だが、突如として茂みの中から角狼(ホーンドウルフ)が飛び出してきた。一匹ではなく、複数体いる。

 慌てて三人は各々の武器を構えた。だが、狼達は彼らのことを無視して走り抜けて行く。――まるで、何かから全力で逃げるように。


「えっ……、何……?」

 異様な雰囲気を感じ取って、ミーシャは思わず呟く。

 メリメリと木の幹が強引にへし折られる音がする。森の木々を薙ぎ倒しながら、『それ』はゆっくりと姿を現わした。


 先ほど倒した「骨砕き」より何倍も巨大なそれは、不定形の怪物だった。

 形の定まらないぶよぶよの黒い体。その体から何本もの黒い腕が伸び、蜘蛛のように地面を這って移動している。タールのような質感の体から、巨大な目がぎょろりと出現してアベル達の方を睨んだ。


「な、何だこの化物……!?」

 それは、アベル達が見たことも聞いたこともない化物だった。

 弓をつがえて、ミーシャはその怪物に向けて矢を放つ。矢は怪物に命中したものの、その黒い体に吸収されて消えた。

「嘘……!?」


 ふと気が付くと、ジュリアの姿がない。彼女は、二人を置き去りにして一目散に逃げ出していた。

「あっ、てめぇ……!!」

 ――何て逃げ足の速い奴だ……!!

 だが、この怪物に通常の武器が通用するとは思えなかった。ジュリアの判断が正解かもしれない。


 そうこうしているうちに、謎の黒い怪物は二人の目前まで迫っていた。

 アベルとミーシャの二人も慌てて逃げようとした、その時だった。


 二つの頭を持つ大きな黒い犬が、森の中を全力で駆けてきた。――魔獣オルトロス。

「二人とも、伏せて……!!」

 オルトロスの背に乗った翠がそう叫ぶ。二人は、反射的にその場に身を伏せた。


「……explosion(エクスプロージョン)……!!」


 不定形の怪物を中心として、大きな爆発が巻き起こる。

 爆散した謎の怪物の体は、黒い粘性のある液体となって飛び散った。液体は、木々や地面にベチャリと張りつく。


「た……、倒したのか……?」

 アベルが顔を上げると、そこにはもう怪物の姿はなかった。黒く焼け焦げた地面から煙が上がっている。


「大丈夫だった? 二人とも」

 オルトロスの背から降りて、翠は二人に声をかける。


「スイ……!! 久しぶりじゃねーか……!!」

 アベルとミーシャの二人は翠に駆け寄った。

「うん、久しぶり。アベル、ミーシャ」

 翠はそう言って微笑む。


 ミーシャとは彼女が副業で働いている食堂で時おり顔を合わせていたが、アベルと会うのは久しぶりだ。

 最初に会った頃はまだ少年の面影があったアベルだが、今ではもうすっかり逞しい青年に成長していた。


「何ていうか……、スイ、お前あんまり変わってねぇな……?」

「そ、そうかな……」

 翠は、髪が伸びた以外は外見的にはあまり変化がない。背が低いせいもあって、相変わらず少年のように見える。

 実年齢と見た目にギャップがあるため、「賢者は歳を取らない」などとまことしやかに噂されていた。


「しばらく遠くに旅に出ていたって聞いたけど、帰ってきてたの?」

 ミーシャが尋ねた。

「うん、つい先日帰ってきたんだ。……そしたら、謎の怪物の目撃情報と退治依頼がたくさん来てて」

 ルーセット共和国に戻った翠が久しぶりにシェナスの冒険者ギルドに顔を出すと、大量の依頼が溜まっていた。――そのほとんどが、不定形の黒い魔物に関する調査と退治依頼だった。


「……そんなわけで、今ガーネットと手分けして調査中なんだ」

 そう言いながら、翠は爆散した魔物の体の一部を瓶に詰めてサンプルを取る。

 ――持って帰って調べれば何か分かるかもしれない。

「そっか……、この魔物が何なのか、スイも知らないんだね」

 ミーシャが言った。

「うん……」


 その時だった。一人で逃げ去ったはずのジュリアが、いつの間にか舞い戻ってきていた。

「助けて頂いてありがとうございます、賢者さまぁ♡」

 翠に抱きついて、わざとらしく胸を押し付ける。


「えっと……、どちら様でしたっけ……?」

「私のこと覚えてませんか? ジュリアですぅ♡」

 ――どうしよう……、覚えてない……


「ほら、オルトロスと戦ったダンジョンで会った奴だよ」

 困惑している翠に、アベルが助け舟を出した。

「ああ……、そういえば……」

 翠はようやく思い出した。言われてみれば、謎に胸を強調するデザインの鎧に見覚えがある。確か、クラースの相棒だった女性だ。

 ――というか、前に会った時と態度が違いすぎない……?


「えっと……、クラースさんは一緒じゃないんですか?」

「あの男とは別れました。浮気ばっかりするんだもの……!!」

「そ、そうですか……」


「スイから離れなさいよ、困ってるじゃない……!!」

 ミーシャが、ジュリアを翠から引き剥がそうとする。

「やだ、こわーい。助けて賢者さまぁ♡」

「この……、クラースと別れたからって条件良さそうな男にすり寄ろうとしてんじゃないわよ……!!」


「け、喧嘩しないで二人とも……」

 女同士の争いに巻き込まれそうになって、翠は何とか逃げ出した。

「……大変だな、賢者様」

 アベルの言葉に、翠は苦笑する。


 ――それにしても、この不定形の魔物は一体何なんだろう……? 大事にならなければいいけど……

 正体不明の魔物の出現に、翠は一抹の不安を覚えていた。

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