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千年前の街

 延々とループする廊下を歩いていて、翠はあることに気が付いた。

 ――この廊下、少しずつ新しくなってる。


 壁のひび割れがなくなり、崩れていた柱の彫刻も徐々にかつての姿に戻っていく。色あせて色彩を失っていた壁画も、少しずつ当時の鮮やかさを取り戻していった。

 廊下を一周するたびに、建物の時間が巻き戻っているようだった。


 幽霊のように見えていた白い人影も、徐々にその姿がはっきりしてきた。

 それは、かつてこの建物の中を行き来していた人間たちだった。廊下を行き交う人々の姿が次第に鮮明になるにつれて、翠は自分の方が幽霊のような存在になっていることに気づいた。歩いている人々の目に、どうやら翠の姿は見えていないようだ。


 ――もしかして、過去の世界に迷いこんでしまったのか……?


 その建物は、何らかの宗教施設だったようだ。壁は鮮やかな壁画で彩られている。壁画に描かれているのは、異形の姿をした神々だ。

 建物が完全にかつての姿を取り戻した時、唐突に廊下のループは終わった。翠は、もとの玄関ホールへと戻ってきた。


 玄関ホールと思っていたその場所は、礼拝堂だった。大勢の信者が床に膝をついて祈りを捧げている。

 壇上には、鮮やかな青い法衣を身にまとった司祭のような女性がいた。――まだ若い。二十代前半くらいだろうか。健康的な褐色の肌に、艶やかな長い黒髪が流れ落ちている。

 その女性の顔に、翠は見覚えがあった。


 ――アパス……!?


 肌色こそ異なるものの、その顔はまぎれもなくアパスだった。

 ――彼女の人間だった頃の姿か……?


 翠がまじまじと観察していると、不意に彼女は翠の方を振り返った。

 そして、しっかりと目が合った。――え、見えてる……!?


 慌てて、翠はその場から離れた。礼拝堂から外に出て、太陽の光の眩しさに思わず目を細める。

 陽光に照らされたオルンの街並みは、息を飲むほど美しかった。


 道には色とりどりのレンガが敷き詰められ、綺麗に整備されている。等間隔に植えられた街路樹が、道に柔らかな影を落としていた。

 街路の両脇には花壇があり、見たことのない鮮やかな花々が咲き乱れている。家々の壁の色も、色彩豊かに塗られていた。

 恐らく魔法で動いている路面列車も走っており、文明レベルの高さが伺える。


「うわ……」

 翠は思わず、小さく声を上げた。

 ――空気クラゲが近い。建物の屋根のすぐ上を飛んでいる。手を伸ばせば届きそうな距離だ。


 上空を自由自在に飛び回っている人々の姿も見えた。郵便配達員が空飛ぶ杖に乗って、家々のベランダや窓に設置されたポストに郵便物を投函している。

 街の人々がみんな普通に魔法を操っているのが、翠にとっては新鮮だった。


 やはり、町の人々には翠の姿は見えていないようだった。声をかけてみても誰も反応しない。

 せっかくなので路面列車に便乗し、翠はオルンの街の端まで行ってみた。


 街の外周には壁が設けられており、その向こうは雲の海だった。壁にはバルコニーのように張り出した部分があり、眼下の景色を眺められるようになっている。

 雲のはざまから、地上がはるか下に見えた。


 ――これが、千年前の浮遊都市オルンの姿か。


 街を守るように、青い龍が悠然と空を飛んでいた。――その龍は、現在の魔女アパスと融合している龍と同じ個体のように見えた。




 オルンの街の中を、翠はしばらくの間わくわくしながら見物した。失われた魔法文明時代の街を直接見られる機会なんて二度とないかもしれない。


 だが、日が暮れる頃になって徐々に不安になってきた。

 ――ちゃんと元の時代に戻れるのか……?


 翠は、とりあえず元いた寺院に戻ってきた。――来た時と同じように寺院の回廊をぐるぐる回れば、もしかしたら元の時間軸に戻れるかもしれない。

 すでに太陽は落ちて、夜空には発光生物の明かりが瞬いている。家々の窓には魔法の明かりが灯り、夜景を美しく彩っていた。


 昼間は大勢の信者たちで賑わっていた礼拝堂も、今は静まり返っている。

 幸い通用口が開いていたので、翠はこっそりと中に入った。


 発光生物の淡い光が照らす中、ふと祭壇の壁画が目に入る。

 半球状に描かれた大地は、恐らくこの世界を現わしているのだろう。その大地を、無数に枝分かれした頭部を持つ白い蛇が支えている。


 ――千の頭を持つ、世界を支える蛇。……アナンタだろうか?

 その姿は、枝を広げる大樹のようにも見えた。


「ん……?」

 翠は、以前にヴァーユから聞いた言葉をふと思い出す。

 ――世界樹は、この世界の『裏側』にある。


「待てよ……、世界の裏側ってもしかして……」


 その時だった。

「……あなたは神様?」

 不意に声をかけられて、心臓が跳ね上がった。昼間に見た、青い法衣の女性がそこに立っていた。


「僕の姿が見えるんですか……?」

「ええ、……他の人には見えていないみたいだけど」

 人間だった頃のアパスは、そう言った。


「いえ、僕は神様では……。その……、幽霊みたいなものです」

 翠は適当にはぐらかした。――正直に未来から来たと言うのは何となくまずい気がした。下手なことを言えば、未来を変えてしまうかもしれない。


「そう……」

 幸いにも、アパスはそれ以上深く追求してこなかった。


「あの、あなたの名前を聞いてもいいですか?」

 翠は彼女に尋ねた。古き魔女の名は、人間達が勝手に呼び始めたものだと以前にアーカーシャから聞いている。――アパスにも、人間だった頃の本当の名前があるはずだ。


「私は■■■■」

 アパスは答えた。しかし、何故か急にノイズのようなものが走って聞こえなかった。

 ――え、どうして……? 誰かが妨害しているのか?


「あなたは?」

「……僕は、翠」


「そう。……スイ、あなたはどこから来たの? 本当に幽霊なら、浄化してあげてもいいけど……」

「い、いえ。浄化は結構です……。あの、僕は全く別の場所から偶然ここに迷い込んでしまって……。分からないことばかりなので、色々とお話を聞かせてもらってもいいですか?」


「ええ、もちろん」

 そう言って、アパスは微笑む。彼女は、優しくて誠実そうな人物に見えた。


 ――魔女のアパスとギャップがありすぎて何だか調子が狂うなぁ……

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