表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/169

白き翼の賢者

「何の成果も……得られませんでした……」

 独り言を呟いて、リサは頭を抱える。


 リサ=ウェリントンは新聞記者だ。自慢の金髪をボブカットにして、動きやすさを重視して男のような服装をしていた。

 わざわざオルスローまで遠征したのに、頼りにしていた情報は全てガセネタだった。


 オルスローは鉱山の町だ。

 エーテル結晶の原石が採掘される大きな鉱山があり、採掘された原石は鉄道で中央都市シェナスまで運ばれる。

 古き魔女アーカーシャが住むという霊山ワクワットからも程近いため、巡礼のために訪れる旅人も多い。


「坑道の奥に現れる古代の亡霊とか……結局ただの見間違いじゃない……」

 記事の締切があるためシェナスの本社に戻らないといけないが、かと言って手ぶらで帰るわけにもいかない。シェナスへ向かう列車の中で、リサは困り果てていた。


「……こうなったら、オルスローの観光記事でお茶を濁すしかないかしら」

 一人でブツブツと喋っていると、リサの正面の席に乗り合わせた少年が心配そうに声をかけてきた。


「あの……、大丈夫ですか?」


「あら、ごめんなさい。……大丈夫よ」

 ――いけない。心の声をどうやら全部口に出していたようだ。


 リサは何気なく、目の前にいる少年を観察した。

 線が細くて、どこか気弱そうな少年だ。年は14〜15歳くらいに見える。白い髪、緑色の瞳。顔の右半分を大きな眼帯で覆っているのが特徴的だ。

 冬でもないのにブカブカのコートを着ており、青い宝玉のついた杖を持っている。


「ねえ君、どこまで行くの?」

 リサは少年に話しかけた。


「あっ、ええと……、シェナスまで……」

「そう、じゃあ私と同じね」


 中央都市シェナスはルーセット共和国の首都であり、政治と産業の中心地である。

 途中いくつかの停車駅を挟んで、オルスローからはほとんど丸一日列車に揺られることになる。座席のクッションはお世辞にも上等とは言えないので、途中でお尻が痛くなってしまう。


 列車は、丘陵地帯ののどかな風景の中を進んでいく。周りに見えるのは、畑と牧草地ばかりだ。毛長牛がのんびりと草を食んでいるのが見える。

 遠くの空を、空気クラゲがゆったりと漂っている。


 ――眠くなりそうな、退屈な風景だ。


 リサはそう思って見ていたが、少年は意外にも楽しそうに車窓の風景を眺めていた。

「……君、列車に乗るのは初めて?」

「はい、一度乗ってみたいと思っていたんです。……綺麗な風景ですね」

「そうね……」


 ――綺麗、か。何もない田舎の風景が、彼の目にはどんな風に映っているんだろう。


「ねえ君、名前は? 私はリサ。リサ=ウェリントンよ」

「……スイです。よろしくお願いします」


 少年は、スイと名乗った。



 *****



「……でね、前回の選挙の時は本当に凄かったのよ。文字も書けないような農村の女性まで選挙会場に詰めかけてね」

「そうだったんですか……」


 スイは、一年ほど前にルーセット共和国にやってきたらしい。そのため、三年前の政権交代劇を知らなかった。

 現在のこの国の代表であるエミディオ=ベルトーニは、史上初の平民出身の首相だ。それまでは貴族達が持ちまわりで首相を務めており、選挙は形だけの出来レースだった。


「ベルトーニ首相の賢かったところは、選挙活動に新聞を積極的に利用したことね。これが効果テキメンでね。ベルトーニ首相、若くてイケメンだからもう大人気」

「はは……、ええ、顔は知ってます」



 そんな会話をしているうちに、列車は森林地帯のすぐ側に差し掛かる。

 森の中には害獣が多いため注意が必要だ。とはいえ、列車の速度について来れる獣はほとんどいないのだが。


「……何だか森の様子が変ですね」

 ポツリと、スイが呟いた。


「え……?」


 リサにはよく分からなかったが、次の瞬間、森の木々が大きくざわめいた。

 翼竜(プテロン)達が一斉に飛び立つ。更に、角狼(ホーンドウルフ)達が森から飛び出してきた。


 驚いた機関士がけたたましい警笛を鳴らす。何匹かの狼が列車に巻き込まれた。


「何……!?」


 森の中から、突如として巨体が姿を現した。

 翼を広げた翼開長はゆうに10メートルを超える。苔むして緑色になった外皮。木の枝のように複雑に枝分かれした大きな角。


 ――フォレストドラゴン!?

 本来は大人しい性格で、森から出ることはめったにないはずだ。――それがどうして?


 ドラゴンは長い首をもたげ、威嚇するような咆哮を上げた。巨大な翼を広げ、ドラゴンはあろう事か列車に向かって迫ってくる。

 乗客達から悲鳴が上がり、列車内はパニック状態になった。


 列車は前の5両が旅客席であり、その後ろに貨物が連結されている。貨物として積載されているのは、オルスローで採掘されたエーテル結晶の原石だ。

 ドラゴンの爪が貨物を覆っている布を捉え、いとも容易く引き裂いた。


「あ……」

 それを見たスイが、小さく呟いた。


 パニックになった乗客達が、先頭車両の機関室に殺到する。

「おい!? もっとスピードは出ないのか!?」

「む、無理だ…!! これ以上は…!!」

 機関士がそう叫ぶ。


 多くの乗客が先頭車両側に向かってくる中、スイは逆方向の貨物室側に駆け出していた。


「ちょっと君、どこへ行くの!? そっちは危ないわよ……!!」

 リサは引き止めようとしたが、向かってくる乗客達に阻まれてしまう。


「……何をする気なの……?」



 *****



 他の乗客に何度もぶつかりながら、翠は何とか旅客室の最後尾に辿り着いた。最後尾の扉から列車の連結部分に出て、はしごを使って貨物の上へとよじ登る。そして、貨物の覆い布を剥ぎ取った。

 そこには、エーテル結晶の原石が大量に積載されている。

 ――原石とはいえこれだけ大量のエーテルの塊があれば、大型の魔法も発動できる……はずだ。


 ドラゴンは、翠の目と鼻の先にいた。

 間近で見ると、自分より圧倒的に巨大な生物に対する本能的な恐怖で心臓がすくみ上がる。

 ――大丈夫、僕ならできる。僕だって、誰かの役に立てる……


 フォレストドラゴンは炎を吐くなどの遠隔攻撃はしない。だが、その巨体から繰り出される爪や牙を一撃でも食らえば終わりだ。

 ――やるなら、一度で確実に仕留めないと。


 炎の呪文では、鱗の表面を焦がす程度だろう。――でも、ドラゴンも生物なら、その体の構成物質のほとんどは水であるはずだ。


 風で、翠の着ているコートが捲れ上がる。


「……ex……ex……」


 翠が呪文を呟くと、それに呼応するように足元にあるエーテル結晶の原石が淡く青い輝きを放つ。翼を媒体にして、スイはエーテルを自身の体内に吸い上げる。

 組み上げた術式(スクリプト)は、魔法陣として空間に投影される。複雑な術式になるほど、魔法陣の形も複雑になっていく。

 ドラゴンに杖を向けて、翠は叫んだ。


「……ex……convert……fluctus(フラクタス)……!!」


 エネルギーを短波長の電磁波に変換して放出する。

 特定の周波数のマイクロ波は水のような極性を持つ分子に吸収され、その分子運動を加速させる。――つまりは、電子レンジの原理と一緒だ。

 それを大出力で浴びれば、生物であればひとたまりもない。


 血液が沸騰し、ドラゴンの硬い外皮で覆われた体内の圧力が上がって、体が内側から破裂する。

 内臓を撒き散らしながら、ドラゴンの巨体が地面に落ちた。


 ――想像以上にグロい……

 この魔法は今後ごはんをホカホカにする時だけに使おう。――もっとも、ドラゴンを丸ごと加熱するような出力を出すには大量のエーテルを消費するから、普段は無理だけど……



 *****



「ドラゴンを倒した……のか……?」


 スイの一連の行動を、列車の乗客の多くが見ていた。しかし、彼らにはドラゴンが急に爆発したようにしか見えなかった。

 もちろん、リサも全てを見ていた。


「一体何をしたの……?」


 ざわめく乗客達の中で、誰かが呟いたのが聞こえた。

「……賢者様……」


 記者根性で、リサは一連の出来事を素早くメモに取る。――少年の背中には、白い不揃いな翼が生えていた


「白き翼の賢者……これだわ!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ