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海底都市オルン

 目を覚ました時、翠は自分がどこにいるのか分からなかった。

 発光するクラゲがフワフワと泳いでいるのが見える。いつも上空にいる巨大な空気クラゲではなく、普通の小さなクラゲだ。


 その時、頭上を何か巨大な生物の影がよぎった。

「うわぁ……!?」

 翠は思わず声を上げる。それは、自分が爆破して殺したのと同じ生物だった。

 おぞましい百足(ムカデ)のような姿の巨大生物が、海の中を悠々と泳いでいる。しかも、どうやら一匹だけではないようだ。

 ――アナンタ、……いや、ナーガラージャだっけ?


「やあ、目が覚めたのか?」

 そう声をかけられて、ようやく翠は自分が青い龍の胴体に寄りかかって眠っていたことに気づく。

 龍の顔が近づいてきた。龍の額から生えている青い肌の女が翠の顔を覗き込む。


 ――龍に丸飲みにされたことは覚えている。あの時咄嗟に何も対応できなかったのは、相手から全く敵意や害意を感じなかったからだ。


「君は男の子だったんだねぇ。そんな服を着ているから、てっきり女かと思ったよ」

「男の子って年でもないんですけどね……」

 ――いや、そんなことはどうでもいい。


「あなたは何者なんです……?」

 翠は女に尋ねた。

「何者だと思う?」

 ニヤニヤ笑いながら、女はそう聞き返す。


「アナンタ……じゃないですよね。もしかして、あなたが古き魔女アパス……?」

 翠の言葉に、女は意外そうな顔をした。


「おや、よくその名前を知っていたねぇ。そうだよ、私はアパス。……元々は別の名前があった気もするんだけど、もう忘れてしまったなぁ」

 ――古き魔女アパス。この人が……


「あの、ここは一体どこなんですか?」

「ここはかつてオルンと呼ばれた都。……失われた私の故郷だよ」


 アパスが何かの術式を口にすると、発光生物が一斉に活性化して周囲を明るく照らし出した。

 そこは、都市の廃墟だった。石造りの大きな建物が海の底に沈んでいる。


「オルン……?」

「そうだよ。昔は空に浮かんでいたんだけど、ある日突然空から落っこちて、海に沈んで皆死んだ」


 魔法文明が崩壊する風景を、翠は以前プリトヴィーの記憶の中で見ていた。空に浮かんでいた島が、浮力を失って地面に落下する光景も。

 ――そうか、ここは魔法文明時代の浮遊都市の一つなんだ。


 海の底にいるはずなのに、何故かここには空気があった。どうやら、アパスの結界によって都市全体が覆われているようだ。

 海底都市を守るように、結界の周囲をナーガラージャ達が泳ぎ回っている。


「……あの生物は何なんです?」

「ナーガラージャだよ。私のペットさ。可愛いだろ?」


 ――かわいい……??

 あまりにも価値観が違いすぎて理解が追い付きそうになかった。


「一匹殺してしまってすみませんでした」

「別にいいよ、一匹くらい。代わりに新しいペットも手に入ったしねぇ」

 ――ん? それはもしかして僕のことか……?


「あの、僕はあなたのペットになるつもりは……」

「何で? 君は生贄として捧げられたんだろ? だったらもう私のものじゃないのか?」


「……アナンタ神への生贄であって、あなたへの生贄ではありません」

「口が達者な奴だなぁ。人間どもは私のペットをアナンタと勘違いしていたんだろ? だったら同じことじゃないか」


 龍の胴体が翠の体に巻き付いてきた。軽く締め上げられただけで、骨が軋んだ。

「…………っ」

 翠の顔が苦痛に歪む。その様子をしばらく楽しんでから、アパスは翠の体を解放した。

「まあ、どうせお前に選択権なんてないんだ。いい子にしてれば可愛がってあげるからさぁ」

 ニヤニヤと笑いながら、アパスはそう言った。


 ――どうしよう。『古き魔女』と正面から戦って勝てる気はしない。

 ましてや、ここは海の底だ。逃げたところで無事に海上まで辿り着けるか分からない。――しばらくは大人しく従っているのが得策か。せめて、ガーネットに僕の無事を伝える方法があればいいんだけど……



 *****


 『アナンタ』と思われていた生物があっけなく爆殺されたこと。そして、その直後に別の存在が現れて『(にえ)』を飲み込んで消えたこと。一般の信者にはそれらの事実は隠され、表向きは、生贄の儀式は滞りなく行われたということにされた。


 ――だが、寺院の内部は騒然としていた。

 今まで『アナンタ』とされていた生物は神などではなかったのか、二番目に現れた青い龍の方が本物のアナンタなのか、僧侶たちの間で議論が交わされていた。



 ガーネットは、エイゼンの執務室に呼び出されていた。

「君には済まないことをしたと思っている。まさか、こんなことになるとは……」

 申し訳なさそうに、エイゼンはそう言った。


「いえ、『贄』になるって最初に言い出したのはスイの方だし……。それに、スイはまだ無事だと思います」

「何故、そう思うんだ?」

「クロが、……オルトロスが暴走していないので」


 あれから、クロは翠が飲み込まれた崖の上から動こうとしなかった。今でも、崖の上でじっと海を見つめ続けている。

 オルトロスが陣取っているせいで、怖がって誰もあの崖に近づけない。


「オルトロス……、あの双頭の魔獣か」

「あの子はスイの眷属なんです。スイがいなくなったら、多分誰も制御できなくなる……。だから、クロが大人しくしている間は、スイは無事です」

「なるほど……」


「スイだったら自力で戻ってくるかもしれないけど、私はできる範囲でスイを助け出す方法を探してみようと思います」

 ガーネットは、そう言った。

「ああ、……俺もできることがあれば協力しよう」

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