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大僧正エイゼン

 エイゼンは、翠を寺院の奥へと通した。彼の執務室へと入り、人払いをする。

 二人きりになったところで、彼は話を切り出した。

「スイ君、……と言ったか。君は熱狂的な信者という風にも見えないが、どうしてアナンタ神の『(にえ)』になりたいんだ?」

「それは……」

 翠は答えあぐねた。――大僧正相手に正直に話していいのだろうか?


「……ああ、心配しなくてもいい。俺は大僧正なんてやってはいるが、寺院の中では外様(とざま)でな」

 エイゼンは王家の三男である。大僧正という地位に収まってはいるが、もともとは王位継承争いから遠ざけるために出家させられたらしい。

 ――つまり、信仰心から僧侶になったわけではないということだ。


「アナンタ信仰はこの国に深く根付いている。――生活だけでなく、政治にもな。君も知っているだろうが、異形の特徴を持って生まれた子供は『神子(みこ)』として大切に扱われる。……本人だけではなく、『神子』を生んだ家も優遇されるんだ。仕事で昇進に有利になったりとかな」

 エイゼンは、そう語った。


「……そうなると、何が起こると思う?」

「出世のために我が子を利用したり……とかですか」


「そうだ。過去には、薬物を使って故意に異形の子を産ませようとした事件もあったくらいだ。――そして、我が子が『贄』に選ばれたとなればその栄誉は更に増すんだ。……自分の出世のために我が子を生贄に捧げようとする親を、俺は何人も見てきた」


「え……、まさかユイファも……?」

「ああ、ユイファを是非『贄』にと推薦したのは彼女の父親だ」


 ――それが信仰心でも出世欲でも、どっちにしろ何だか嫌な話だな。


「一応な、君のことは調べさせてもらったんだ。異国から来ていきなり生贄に立候補するなんて、普通に怪しいからな」

「……まあ、ですよね」

「だが、残念ながら何も分からなかった。ユイファと出会ったのも本当にただの偶然のようだしな。……だから、俺が直接会ってみようと思ったんだ」


 ――なるほど、それでいきなり手合わせとか言い出したのか。


「それで、僕と戦ってみて何か分かりましたか?」

「ああ、十分にな。君は、俺に怪我をさせないようにずっと配慮して戦っていただろう? 信頼に値する人物だと思ったよ」

「……ありがとうございます」


「だから、教えてくれないか? どうしてアナンタ神の『贄』になりたいのか。……君の目的は一体何だ?」

 エイゼンは、表情は穏やかだが鋭い眼光で翠を見据えている。


「それは、単なる好奇心で……。アナンタ神の実体を見てみたかったんです」

 翠は正直に答えた。


「…………」

 数秒間の沈黙が流れる。


 ――あれ、僕は何か変なことを言ったかな……?


「本当にそれだけか……?」

「……本当にそれだけですが」

「異国から何らかの目的で送り込まれた間者とか、そういうのではない?」

「はい……」

 エイゼンは何か考え込むような顔をした。どうやら本気で困惑しているようだ。


「それが本当なら、君は相当な変わり者だな……」

「そうでしょうか……?」


「好奇心のために命を投げ出してもいいのか?」

「いえ、実は最初から死ぬ気はありませんでした。……食べられたふりをしてこっそり逃げようかと」

「ふむ……、なるほど。君ほどの実力があれば、それも可能なのかもしれないな……」

 再び、エイゼンは何かを考え込むような素振りをする。


「……実は、君の力を見込んで頼みがあるんだ」

 改まって、彼は言った。

「何でしょう……?」


「儀式の際に現れる存在が本当にアナンタなのか、確かめてもらいたい」


「え……!?」

「あまり大きな声では言えないが、正直言って俺は疑っているんだ。……儀式の際に現れるのは、神などではないのかもしれない」

「い、いいんですか? それは割と宗教の根幹を揺るがす話なのでは……?」


「もちろん、神の存在を否定しているわけじゃない。アナンタは地底の最深部でこの世界を支えている神だ。……ただ、それと儀式の際に現れる魔物は全く別のものなんじゃないかと言っているだけだ」

「な……、なるほど……」


「俺は、生贄などという野蛮な風習はもう止めるべきだと思っている。それを出世に利用する連中がいることも気に入らないしな。……だが、残念なことに古くからの因習を変えるのはなかなか難しいんだ。俺の独断で強引に廃止すれば、反発も起こるだろう」

「それは……、そうですね……」


「……だから、儀式の際に現れるのがアナンタではないと分かれば、生贄も廃止できるだろう?」

「なるほど……。そういうことなら、分かりました」

 エイゼンが拍子抜けするほどあっさりと、翠は頷いた。


「いいのか……?」

「はい。もともと、いざとなったらアナンタと戦う覚悟はしていましたし。……それなら、戦って倒すのが一番手っ取り早いかな……と」


「……倒す自信があるのか?」

「ええ、まあ……」

 翠は頷いた。

 ――オルトロスや超巨大サンドワームとも戦ってきたんだ。生物だったら多分何とかなるだろう。

 もしも本当に神様だったら……、まあ、その時はその時だ。

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