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人身御供

 詳しく事情を聞きたいところだが、こんな所で長話をしていては追手に見つかってしまうかもしれない。

 とりあえず場所を移動し、翠たちは繁華街から離れた場所にある安宿に部屋を借りた。


「……それで、どうして追われていたの?」

 翠はユイファと名乗った少女に尋ねた。


「そ、その……、私……、(にえ)になるのが怖くなってしまって……」

「贄……?」

 オウム返しに聞くと、ユイファは少し驚いた顔をした。


「……知らないの?」

「うん、実は僕たちは今日この国に来たばかりで、何も知らないんだ」


「そうだったんですか……。あの、巻き込んでしまってごめんなさい……」

「別に、謝る必要はないよ」

 ――あの状況で、少女を見捨てて逃げるわけにもいかない。


「それより、詳しく教えてもらってもいいかな。『贄』って何なのか」

「……この国では、三年に一度大きなお祭りがあるんです。蛇神アナンタを祀るお祭りで、その時に、選ばれた神子(みこ)が生贄に捧げられるんです」


「つまり、殺されるってこと……?」

「え……、ええ、まあ、そうですね……。海から現れるアナンタに食べられるんです」


「アナンタって、実体のある神様なの?」

「はい、もちろん」

 さも当然とばかりに、ユイファは答える。

 ――それは、興味深いな。


「それで、生贄ってどういう基準で選ばれるの?」

「生贄は『神子』の中から選ばれます。……『神子』っていうのは、体のどこかに人とは違う特徴を持った子のこと。私の場合は、これ……」

 ユイファは、自分の額の角を指差した。


「その角って、生まれつき?」

「はい……。こういう人と違う特徴を持って生まれた子は、神の子として大切に扱われるんです」

「なるほど。人と違う特徴っていうのは、角とは限らないんだ?」

「はい、例えば体に鱗が生えている子とか、特徴的な痣のある子とかがいますね……」


「……羽根の生えた子はいる?」

「え……? いえ、そういう子は今のところは……。何でそんなこと聞くんです……?」


「いや、実は僕もこんな見た目だからさ……」

 翠は、いつも羽織っているブカブカのローブを脱いで背中の羽根を見せてやった。ついでに、右目の眼帯も外す。

 ユイファは、驚いた顔をした。


「……あなたも神子なの?」

「まあ、そんなところだね」

 ――僕の場合は先天的なものではないのだけど、まあいいか。


「あ、あの、私、やっぱり戻ります……。贄に選ばれるのは名誉なことなのに、逃げ出したなんて知られたらお姉ちゃんに叱られちゃう……」

「……もう暗くなってきたし、今日はこのまま泊まっていくといいよ。明日になったら、僕たちが送ってあげる」

「でも……、ご迷惑じゃ……」

「気にしないで。もう少し、この国のことについて話も聞きたいし」

 そう言って、翠は微笑んだ。



 *****


 その夜。

 夜半を過ぎた頃に、眠っていた翠はガーネットに揺り起こされた。


「……何……?」

 眠い目をこすりながら尋ねると、ガーネットは小声で言った。

「……この宿、包囲されてる。今、廊下を誰かがこの部屋に向かって来てる」

「えっ……」

 ――ユイファを追っていた連中か?


 考える間もなく、部屋の扉が静かに開いた。暗くて翠にはよく見えなかったが、ガーネットは迅速に動いていた。

 部屋に入って来た男は、二人いた。

 ガーネットは音もなく男達との距離を詰めると、一人の男の顎に掌底を叩きこんで脳を揺さぶり、一瞬で気絶させた。更に、もう一人の男のみぞおちに膝蹴りを叩きこむ。


「ぐはっ……!?」

 たまらずうずくまった男のこめかみに回し蹴りを入れ、こちらもあっという間に気絶させた。彼らに剣を抜く暇すら与えなかった。


 だが、男達の背後からもう一人の人物が姿を現わした。――女性だった。まだ少女と呼んでもいい年頃だ。

 たった今倒した男達とは異なる雰囲気を感じ取り、ガーネットは短剣を抜いた。そして、少女の喉元に刃を突きつけようとした。

 ――が、少女は自分の手の甲をガーネットの手首に鋭く叩きつけ、刃を逸らす。


「……っ!?」

 衝撃に、思わず短剣を取り落としそうになるのをガーネットは堪えた。

 その隙に、少女はガーネットの腹部を目がけて掌底を打ち込んだ。


「ハッ……!!」

 少女の短い気合の声と共に、ガーネットの体が大きく吹き飛ぶ。


 ――えっ……!?


 ただの打撃ではなかった。何かの力が打撃力に上乗せされたような、そんな感覚があった。

 ガーネットは、受け身を取って即座に立ち上がる。――人間だったら、内臓をぐちゃぐちゃにされていたかもしれない。それくらいの衝撃だった。


「ガーネット……!!」

 翠は思わず声を上げた。――ガーネットが吹き飛ばされるなんてただ事ではない。

 少女が掌底を打った瞬間、その周囲に集まるエーテルの流れが視えた。


 ――今のは魔法……なのか? 魔法で打撃力を倍加させているのか。


 一方で、少女の方も驚いていた。

「今のを食らって立ち上がりますか……。何者なんです……?」


 翠は、ランプの覆いを取り外して部屋の中を照らした。

 少女の顔は、ユイファに似ていた。ただ、彼女の額に角はない。


「お……、お姉ちゃん……!!」

 今の騒ぎで、ユイファも目を覚ましたようだった。


「……ユイファ。こんな所で何をしているんです、帰りますよ」

「う、うん……。ごめんなさい……。あの、この人たちは何も悪くないの……」

「そう言われても……」


 明かりの中で翠の姿を見て、少女は驚いた顔をした。

「……神子様?」

「え、……ああ、そうですね……」


 急に、少女の態度が改まった。

「神子様とは知らずにご無礼を致しました」


 ――異形の者は神の子、か。本当にそういう価値観なんだな。


「いえ、……あの、ユイファと出会ったのは本当に偶然で、別に誘拐するつもりなんてなかったんです」

 翠はそう釈明した。

「そうでしたか……。ユイファがご迷惑をおかけしました」

 少女は意外にもあっさりと納得してくれたばかりか、むしろ頭を下げて非礼を詫びる。


「帰りますよ、ユイファ」

「うん……」

 ユイファの手を引いて部屋を出ようとする少女に、翠は声をかけた。


「あの、もしよかったら、僕たちも同行させてもらえませんか?」

「えっ……?」

「僕たちは異国から来たのですが、アナンタ神の祭りに興味があるんです」


「はぁ……、そういうことでしたら、別に構いませんが……」

「ありがとうございます。……ところで、お名前は?」


「メイファと申します」

 少女は、そう名乗った。

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