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異境の都シンシャ

 フェルナンが作成した反魂の魔法陣の失敗作を、翠は破壊した。

 ――これで、もう死者が起き上がることもないはずだ。


「ゾンビ事件の真相ですけど、町の人たちには黙っていてあげます」

 翠はフェルナンにそう言った。

 ――町の人たちには、近くの遺跡に残っていた魔法陣の暴走が原因だったとかそれらしい話を伝えておこう。


「……いいんですか?」

「はい。その代わり、南大陸ノトスについてもっと詳細な情報を教えてください。……あと、できればそこで使われている言語についても」

 ノトスとはそもそも交流がないため、こちらの共通語は通じないだろう。


 言語の習得のために、結局その後数日間グランジェ辺境伯の城でお世話になった。

 一方的に教えてもらうのも申し訳ないので、翠の方からも多少魔法の知識を伝授した。――エーテルの効率的な運用方法や、術式の無駄を省いて発動までの時間を短縮する方法など。




「……さすがですね、あっという間にセイエンの言葉を覚えてしまわれた」

 翠たちが城を出発する日、感心したようにフェルナンは言った。


「いえ、とりあえず丸暗記しただけなので、実際に通用するかどうかは行ってみないと分からないです。……それじゃあ、色々とお世話になりました」

「いえ、お世話になったのはこちらの方ですよ。……道中お気をつけて。あなたならきっと、『世界樹』に辿り着けると信じております」


 こうして、翠たちはグランジェ辺境伯の城を後にした。

 森で待機していたリューイと合流し、南へ向けて飛び立つ。


 辺境伯の領地であるアーケ諸島を越えて更に南下すると、ついに南大陸ノトスが見えてきた。

 ――目指すはセイエン王国、シンシャの都。



 *****


 南大陸に来てしばらくの間は、何もない荒野ばかりの光景が続いた。食事は野生動物や害獣(モンスター)を狩って焼いて食べた。

 生息している動植物も西大陸とは異なるようで、それはそれで興味深い旅だった。――しかし、上空を飛ぶ空気クラゲは南大陸でも見られるようだ。


 ドラゴンに乗って旅をすること数日、ようやく大きな都が見えてきた。


 ――あれが、シンシャの都か。

 上空からだと、碁盤の目状に区画整理された計画都市だということがよく分かる。


 今回もリューイには近くの森で待機してもらい、翠はガーネット、クロと共に徒歩で都へと赴いた。

 都の入口には朱塗りの大きな門があり、その前では番兵が検問を行っていた。商人や旅人は通行証のようなものを提示して門を通過していた。

 離れた場所からしばらく様子を伺っていたが、通行証のない者は他所へ連れて行かれて取り調べを受けるようだった。


「……どうする? 入れてもらえるかな?」

 ガーネットは翠に尋ねた。

「うーん……」

 ――取り調べはちょっと面倒だな。羽根の生えているこの姿を見られたら、どんな扱いを受けるか分からないし……


 その時、荷馬車が隊列を組んだ商隊が門の方に向かっているのが目に入った。

「……あ」

 ふと思いつき、翠は商隊に近づいた。リーダーらしき商人に金貨をチラつかせて、商隊に紛れ込ませてもらえないか交渉してみた。


 異国の珍しい金貨に興味を示した商人は、翠たちを荷馬車に乗せてくれた。

 ――ちゃんと言葉が通じてよかった。翠はホッと胸をなでおろす。


 こうして、翠たちは商隊の馬車に紛れ込んで無事にシンシャの都へと入った。




 シンシャは、極彩色の都だった。

 壁や柱は鮮やかな原色で彩られ、竜や美しい羽根を持つ鳥などの彫刻が施されている。

 商店などは隣の店と鮮やかさを競うように、毒々しいほどの装飾で飾り付けられていた。歩いている人々も、鮮やかな織物を身に着けている者が多い。

 そんな様子を見るだけで、セイエンが豊かな国であることが伺えた。


「すごいね!! こんな街見たことないよ……!!」

 好奇心に目を輝かせながら、ガーネットが興奮気味に言う。

「うん、僕も……」

 ――街を歩いているだけで、何だか目がチカチカしてきた。


「それで、これからどうする?」

「とりあえず、泊まれるところを探そうか。ご飯も食べたいし……」

 先ほどの商人に、金貨とこの国の通貨をいくらか交換してもらっていた。――結構ぼったくられた気もするけど、まあ仕方ないか……




 屋台で食事をして、宿を探して街の中をブラブラしていたその時だった。

 ふと、人混みの向こうから悲鳴と怒号が聞こえてきた。人々のざわめく声は、何やら翠たちの方に向かって近づいてくる。


 人混みの間を縫うように、小さな人影が翠の目の前に飛び出してきた。

 まだ幼い少女だった。十歳くらいだろうか。二つに結った黒髪を、輪っかのような形にしている。仕立ての良い着物を着ているため、裕福な家の子供に見えた。


 走ってきた少女と、翠は目が合ってしまった。少女の額に、小さな二つの突起があることに翠は気がつく。

 ――角……?


「た……助けて……!!」

 そう叫んで、少女は翠の背後に隠れた。

「えぇっ……!?」


 強引に人混みを掻き分けて、数人の男達が少女を追いかけてきた。男達は、兵士のような格好をしていた。

「お前、一体何者だ……!?」

 男の一人が、翠に向かって言った。


「えっ……、ぼ、僕は何も関係な……」

 弁明しようと思ったが、残念ながらまだそれほど言葉が流暢に話せない。それが、男達に不信感を与えてしまったようだ。

「怪しい奴だな……、旅行者か? 通行証を見せてみろ」

 ――まずい、通行証なんて持っていない。


「クロ!!」

 翠が呼びかけると、クロはすぐにオルトロスの姿へと変化した。周囲の通行人たちから悲鳴が上がる。


「乗って……!!」

 クロの背に乗って、翠は少女に手を伸ばした。戸惑いながらも、少女は翠の手を取る。

 翠は、少女の体をクロの背中に引っ張り上げた。ガーネットも、男達を牽制しつつクロの背に飛び乗る。


 クロが走り出すと、周囲の通行人は逃げ惑いながら道を開けた。


「ま、待て……!!」

 男たちの叫ぶ声が、あっという間に遠くなる。

 十分に距離を取ったところで、大通りから路地裏に入った。――ここまで来れば大丈夫かな。


 落ち着いたところで、翠は少女に尋ねた。

「……君、名前は?」

「ユイファ……」

 少女は、そう答えた。やはり、少女の額には二つの小さな角があった。

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