人形達の夜
「私は若い頃にノトスへと旅をして、そこで魔法を学んだのです」
夕食の席で、フェルナンはそう言った。
南大陸ノトス。古き魔女アパスの領域と言われている土地。
まさに、翠の目的地だった。
「ノトスには、我々とは異なる文化の国があります。――セイエン王国、都の名はシンシャ。かつての魔女狩りで魔法の知識のほとんどが焼き払われたこの大陸とは違い、ノトスでは魔法の知識が細々と継承されているのです」
「……そうだったんですか」
興味深い話だった。
「あの、古き魔女アパスについて何か聞いたことはありませんか? 僕たちはアパスに会うために、南大陸を目指してここまで来たんです」
翠はフェルナンに尋ねた。
「何故、アパスに会いたいのですか? あなたは古き魔女アーカーシャの弟子とお聞きしていますが」
「……僕は、『世界樹』についての情報を集めているんです。そのために、これまで師匠も含めて四人の『古き魔女』に会ってきました。アパスは最後の一人です」
「『世界樹』ですか……、なるほど……」
魔法使いならば、その存在を知らないはずがない。この世界の根源定理と言われている存在だ。
「あなたは本当に、知識に対して純粋なのですね」
「い、いえ……」
――今となっては、純粋に真理の探究という以外の目的もあるのだけど……
「それで、その……、アパスについて知っていることがあれば教えて欲しいのですが……。それに、ノトスの話ももっと知りたいです」
「はは、まあそんなに焦らないで下さい。時間はたっぷりあるのですから。……今日はもう遅いですから、どうぞ泊まっていって下さい。客室も余っていますし、風呂も用意させますよ」
――お風呂……!!
旅の間は川で水浴びばかりだったので、暖かいお湯につかれる機会は貴重だった。
「そ、それじゃあ、お言葉に甘えて……」
翠はつい、そう答えていた。
*****
「はぁ……、暖かいお風呂最高だった……」
用意してもらった客室のベッドに腰かけて、翠は文字通り羽根を伸ばした。
ガーネットが、翠の羽根の水気をタオルで丁寧に拭き取る。――相変わらず他人に羽根を触られるのは苦手だけど、ガーネットに触られるのは嫌じゃない。
「……ところで、スイはどう思う?」
翠の羽根を手入れしながら、ガーネットが尋ねた。
「フェルナンさんのこと?」
「うん、……何か、私たちのことをわざと引き留めようとしていたような気がして」
「それは確かに……」
年下で平民の翠に対しても丁寧な態度で接してくれるし、一見いい人そうに見える。だが、フェルナンのことを翠はまだ完全には信用していなかった。
――もしかしたら、何かの罠かもしれない。
でも、罠に飛び込んでみないと分からないこともある。
「大丈夫、いざとなったら僕がガーネットを守るよ」
翠の言葉に少し驚いたような顔をしてから、ガーネットは微笑んだ。
「じゃあ、スイのことは私が守るね」
「……うん、よろしく」
*****
発光生物の光が夜空を彩る深夜。
久しぶりの柔らかいベッドの上で、翠はぐっすりと眠っていた。クロは翠の足元で丸くなっている。
部屋のドアが音もなく開き、何者かが中に入ってきた。すぐに気が付いたクロは、相手の敵意の有無を確かめるように慎重に様子を伺う。
侵入者は、翠が眠っているベッドの方にゆっくりと近づいてきた。
「――それ以上スイに近寄らないで」
動いたのは、ガーネットの方が先だった。ランプの覆いを取り外し、発光生物の明かりで部屋の中を照らす。
そこにいたのは、リゼットだった。手には抜き身の短剣を持っている。
「リゼットさん……、こんな時間に何の用?」
答える代わりに、リゼットは無言のままガーネットに切りかかった。ガーネットは即座に自分の短剣を抜き、彼女の攻撃を受け止める。
「リゼットさん、どういうこと……!?」
騒ぎに気付いて、さすがに翠も目を覚ました。
――やっぱり仕掛けてきたか。
リゼットはガーネットに向かって何度か攻撃を仕掛けるが、ガーネットはそれを難なく受け止める。どう見ても、力量はガーネットの方が数段上だった。
――加勢する必要もないかな? と思ったその時だった。
人形が、ゾロゾロと部屋の中に侵入してきた。球体関節が剥き出しの出来損ないのような人形たちだ。手に刃物を持ち、表情のない顔で迫ってくるその様は不気味だった。
「スイ……!!」
ガーネットはリゼットの体を思い切り蹴り飛ばした。リゼットは壁にぶつかって崩れ落ちる。
翠を守ろうと、ガーネットは人形たちの前に躍り出た。人形の振り下ろすナイフを受け止めて弾き飛ばし、回し蹴りを胴体に叩き込む。――だが、手応えがない。人形は、すぐに起き上がって襲いかかってくる。
ガーネットが得意とする戦い方は、急所を狙った一撃必殺だ。人形が相手では、急所がないため戦いにくかった。
「離れて、ガーネット!!」
ガーネットが戦っている間に、翠は魔法の発動に必要なエーテルを集めていた。
「……explosion……!!」
部屋ごと吹き飛ばしてしまわないように威力を絞って、翠は人形たちを爆破した。
数体の人形が爆発に巻き込まれてバラバラになる。だが、破壊された人形を乗り越えて、人形は次から次へと部屋に入って来る。
リゼットも起き上がって再びガーネットに刃を向けた。
――キリがないな。
屋内では大きな魔法が使えない。狭いために動きが制限されて、クロも戦いにくそうにしていた。
「ガーネット、僕はフェルナンさんを探しに行く!!」
――人形はおそらく、フェルナンの命令で動いている。人形達の相手をするより、術者を締め上げた方が手っ取り早い。
「分かった、人形は私が引きつけておく!!」
翠の意図を汲んで、ガーネットは答えた。
「頼んだ……!!」
クロがオルトロスの姿に変化する。――とはいえ、屋内なのでそれほど大きくはなれない。
その背中に乗り、翠はもう一度人形に向かって魔法を放った。
「……explosion……!!」
人形が吹き飛んだ隙に、部屋を飛び出して廊下に出る。
翠を追おうとした人形たちの前に、ガーネットが立ちふさがった。
「君たちの相手は私だよ……!!」
クロに乗って城の廊下を駆け抜けながら、翠はエーテルの流れを視ていた。
術者が魔法を使えば空気中のエーテル濃度に変化が生じる。――それを辿れば、フェルナンの居場所も分かるはずだ。
エーテルは、城の地下に向かって流れていた。
地下へ向かう階段の手前で、クロは足を止める。階段とその周囲の壁に、古代文字で紋様が刻まれていた。
「これ、魔法陣か……」
それは魔獣除けの結界だった。――オルトロスへの対策か。さすがに、フェルナンはクロの正体には気付いていたようだ
いずれにせよ、地下へ続く階段は細く、オルトロスは通れそうにない。
「クロはここで待ってて。ここからは、僕一人で行くよ」
クゥンと、クロは小さく鳴いた。
一人で階段を降りて、翠は城の地下へと辿り着いた。発光生物の明かりで、周囲はほんのりと明るい。
そこは、フェルナンの工房のようだった。作りかけの人形の部品がいくつも並んでいる。
工房の壁には、肖像画が飾られていた。黒髪の美しい女性が柔らかく微笑んでいる。
「……リゼットさん?」
肖像画の女性は、リゼットに似ていた。
その時、暗闇の中からフェルナンが姿を現した。
「随分とお早いお着きですね。もう少し手こずってくれるかと思ったのですが……」
「フェルナンさん……。一体どういうことか説明してもらえますか?」
フェルナンは唇を歪めて、昏い笑みを浮かべた。何も言わず、おもむろに剣を抜く。
咄嗟のことに、翠は反応できなかった。フェルナンの剣が、翠の肩口を容赦なく貫く。
「ああぁっ……!!」
苦痛に、翠の口から悲鳴が漏れた。血が剣を伝い、切先から滴り落ちる。その剣には呪いがかけられているようだった。体を麻痺させ、自由を奪う呪いだ。
「……命を奪うつもりはありません。ただ、あなたの血が欲しい」
「僕の、血……? 何のために……」
「賢者様の血には不老不死の力があると噂に聞いております」
「は……!? デタラメですよ、そんな噂……!!」
噂には尾鰭がつきがちだが、これはあまりにも酷い。そんな噂を信じる方もどうかしている。
「……でたらめでも何でもいいのです。私にはもう、他に方法がない……!!」
「方法……?」
「これまで、ありとあらゆる方法を試してきました。我が妻リゼットを蘇らせるために!!」
――ああ、なるほど。全てが線で繋がった気がする。
「反魂魔法ですか……。破門されたのも、反魂の禁忌に触れたせいですね」
「……ええ、そうです」
――何だか、そんな所まで行動パターンがうちの師匠と似てるなぁ……
しかし、残念ながらフェルナンは実力不足で反魂魔法に失敗したようだ。――もしかして町のゾンビ騒ぎもそのせいか? 中途半端に冥府の扉を開いたのが原因なのか。
「やめた方がいいですよ、反魂なんて……。成功しても、幸せな結果になるとは限りません……」
ローズクォーツのことを思い出して、翠は言った。
「あなたに何が分かる……!! 大切な人を失ったこともないくせに……!!」
フェルナンが剣をひねって傷口を抉る。翠の顔が苦痛に歪んだ。
「心配しなくても、体の血を半分ほど抜き取ったら解放してあげますよ。賢者様……!!」
「――そうですか」
その声は、フェルナンの背後から聞こえた。
「なっ……!?」
翠は、いつの間にかフェルナンの後ろに立っていた。
フェルナンが剣で貫いていたはずの翠の姿は消えている。
「幻覚……だと。いつから……!?」
「最初から……。この工房に入った時からですよ。無防備に敵の前に姿を見せるわけないじゃないですか」
工房に足を踏み入れる前に精巧な自分の幻影を作り出し、物影に隠れて遠隔で操っていた。
「……ex……convert……electron……」
翠は、気絶しない程度の電撃をフェルナンに向けて放つ。
「ぐあぁっ……!!」
閃光に貫かれて、フェルナンはその場に倒れた。
「魔法の勝負で、あなた如きが僕に勝てると思いましたか?」
力量の差は最初から分かっていた。――『古き魔女』とも戦ってきたんだ。今更、中途半端な魔法使い崩れに負ける気はしない。
翠はもう一度電撃を放った。わざと外して、電撃はフェルナンが倒れているすぐ横の床を焦がす。
「ひっ……」
「どうします、まだ戦いますか? ……今度は外しませんよ?」
電撃魔法は当たればとにかく痛い。出力を絞れば死ぬことはないが、大概の人間は痛みで行動不能になる。
実力の差を目の当たりにして、フェルナンは目の前の若者に恐怖を覚えた。
「わ……分かりました……。すみません……、私の負けです……」
「じゃあ、人形たちを止めてください。多分、まだガーネットが戦っていると思うので」
*****
フェルナンと共に客室に戻ると、ガーネットが倒した人形たちが山のように積まれていた。
リゼットは、ガーネットに床に組み敷かれている。――どうやら、戦いは終わっていたようだ。
翠の姿を見て、ガーネットはパッと表情を輝かせた。
「スイ……!! 無事だったんだね……!!」
「うん、ガーネットも無事でよかった」
「数が多いだけで一体一体は弱かったからね」
そう言って、ガーネットは無邪気に微笑んだ。
「リゼット……!!」
「……旦那様……」
解放されたリゼットを、フェルナンは抱きしめる。
――あれ、何だかこのシーンだけ見るとこっちが悪者みたいだな……?
「とにかく、もう反魂魔法には絶対に手を出さないって約束してください。ゾンビが湧いて町の人たちも困ってましたよ。……あと、僕の血に不老不死の効果なんてありません。完全にデマです」
「そう……ですね。自分の実力不足を痛感しましたよ……。それに……」
翠とガーネットの二人を見て、フェルナンは言った。
「……あなた達を見て、少し考えが変わりました。人形とでも、絆を育めるのかもしれないと……」




