死者の呼び声
グランジェ辺境伯の領地である半島には、セメリアという町があった。
いきなりドラゴンで飛んできてはさすがに目立ってしまうため、リューイには一旦近くの森で待機してもらい、翠はガーネットとクロと共に徒歩で町に入った。
いつものように、翠は念のため羽根は隠している。
セメリアは素朴な田舎町だった。だが、どこか陰鬱な雰囲気があるのが気になった。
旅人が珍しいのか、何やら道行く人にジロジロ見られている気がする。――まあ、小さい町ではよくあることだけど……
町の高台からは海がよく見えた。すぐ近くの島に、古風な趣の城が建っているのが見える。
――もしかして、あれがグランジェ辺境伯の居城かな?
食事がてら情報収集でもしようと、翠は町の小さな食堂へと入った。
常連客たちの不審な目線が翠に集まる。――あ、あんまり歓迎されてなさそうだなぁ……
とりあえず店のおすすめ料理を注文しつつ、翠はグランジェ辺境伯について店主に尋ねた。
「……ああ、そうだよ。あの島にあるのが領主様のお城さ」
「グランジェ辺境伯はどんな方なんですか?」
「さあな……。あんまり人前に姿を見せないし、まあ俺達みたいな平民には関係ねぇ話しだな」
ぶっきらぼうに、店主はそう答えた。
「そうですか……」
――あんまり情報収集にはならなさそうだな。今日は一旦休んで、明日、島に船を出してもらえるかどうか港で聞いてみよう……
「あの、この町に宿屋とか、どこか泊まれる場所はありませんか?」
翠がそう尋ねると、食堂の主人は常連客と何やら目くばせをした……ように見えた。
「あー、それがな……。この町には宿屋はないんだ。こんな僻地に旅人なんて滅多に来ないしな」
「えっ……、そうなんですか」
「ああ。町外れに空家があるから、寝る場所がないならそこに泊まるといい」
「分かりました、ありがとうございます」
――何か引っかかるけど、この程度でわざわざ心を読むのも面倒だしまあいいか。
食事を済ませて、翠はその店を後にした。
「……町外れの空家って、もしかしてここかな」
食堂の主人に教えてもらった場所に行ってみると、そこには墓地が広がっていた。鉄柵で囲われた墓地の中に、墓守小屋のような小さな建物がぽつんと立っている。
日は沈みかけて空は赤く染まり、まるでホラー映画のようなおどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。
「そうみたいだね……。どうする? 他の場所を探す……?」
ガーネットが尋ねる。
「……今から探しても遅くなりそうだし、いいよ。今日はここに泊まろう……」
ため息をついて、翠はそう答えた。
外観に反して、小屋の中は意外にも小綺麗だった。ベッドやテーブルも揃っている。少し掃除するだけで、普通に使えそうだ。
――これなら問題なく眠れそうだ。外が墓地ということさえ気にしなければ……
「幽霊に魔法って効くと思う……?」
「さあ、どうかな……」
ガーネットは苦笑した。
*****
深夜。
突如として何者かが扉を叩く音で、翠は目を覚ました。
「何……!?」
ガーネットとクロが扉の方を警戒している。
バン、バンと強く扉を叩く音が続いている。やがて、窓ガラスも何者かに叩かれた。
窓を叩くその人物は、生きている人間ではなかった。
皮膚が腐敗して変色している。
腐りかけた人間の死体が、一人、二人と窓を叩く。亡くなった時期が異なるのか、腐敗の進行度にはばらつきがあった。
「あー、何だ……。ゾンビか……」
「そ、そんな反応でいいの……? 平気なの?」
――これまでもっと悲惨なものをたくさん見てきたので、もう今更ゾンビ程度では驚かない。
「うん、ゾンビなら魔法効きそうだし……。一応聞くけど、死体が動くのってこの世界ではよくあること?」
「あんまり聞いたことないかなぁ……」
そうこうしているうちに、扉を破ってゾンビの一体が小屋の中へと入って来た。
「……ex……fogo……!!」
すかさず、翠は炎の魔法を放つ。――人間の死体なのだから、当然よく燃える。
だが、炎で焼かれながらもゾンビは動きを止めない。
「中途半端な火力じゃダメか。……クロ!!」
オルトロスの姿になったクロの背中に乗り、翠とガーネットは小屋の外へと飛び出した。
「うわっ……」
翠は思わず呟く。小屋はゾンビに取り囲まれていた。墓の下から、次から次へと死者が湧き出してくる。
「……ど、どうするの!?」
「うーん、面倒だから高火力でまとめて焼くよ……」
――骨になっても動く死体なら、骨も残らないような高温で焼けばいいだけだ。人骨の成分……リン酸カルシウムの融点って1600℃くらいだっけ……?
数は多いがゾンビの動きは鈍い。クロに適当に逃げ回ってもらいながら十分な量のエーテルを集め、翠はもう一度炎の魔法を放った。
「……ex……fogo……!!」
夜空を焦がすような勢いで、墓地に盛大な火柱が上がった。
*****
――翌朝。
「まさか賢者様とは存じ上げずに、本当にご無礼を致しました!!」
この町の町長と名乗る人物が先日の食堂の主人と共にやって来て、翠に向かって全力で土下座をした。
「いえ……、別にいいですよ……」
土下座の勢いに若干引きつつ、翠はそう言った。
――あの程度、別にどうということはないし……
「どうかお許しを……!! これには深いわけが……!!」
「はい……、あの、もう土下座はいいですから……。その深いわけとやらを聞かせてもらえますか?」
「おお、話を聞いてくださいますか……!! これは数年ほど前の話なのですが、その年は凶作も重なり運悪く流行り病で多くの町民が犠牲になりまして、よもや何かの呪いかもしれないと祈祷も行ったのですが効果はなく、死者の多さに葬式の手も回らないという惨状、ああところでご存じですかな、この辺りの葬儀というのは……」
「すみません、要点だけお願いします」
「数年前から、埋葬した死者が起き上がるという奇妙な事態が続いているんです」
町長の代わりに、食堂の主人が簡潔に答えた。
「なるほど……」
――それがあのゾンビか。
「賢者様、大変不躾なお願いではありますが、どうかこの件を調べてもらえないでしょうか……!? このままでは我々は夜も安心して眠れません……!! 報酬は、可能な限りお出ししますので……!!」
町長が、再び地面に額を擦りつけるような勢いで頭を下げる。
「も、もう土下座はいいですって。報酬も別に……滞在中の食事と宿泊場所だけで構いません」
「何と……、それだけでよろしいのですか……!?」
「はい。……あ、あとできれば、グランジェ辺境伯の居城がある島へ行く方法を教えてもらいたいんですが」
「領主様のお城へですか……。お城の使用人が定期的に船で買い出しに来るので、その時に乗せてもらえば恐らくは……」
ガーネットが、翠のローブの袖を引っ張った。
「……スイ、いいの? 引き受けちゃって」
「うん、まあ、気になるし……」
――反魂の魔法が存在するのだから、死体をゾンビ化させる魔法があってもおかしくない。あるいは、もっと他の原因によるものなのか……
死者が起き上がる原因は何なのか、翠にはそれが気になっていた。




