戦いの結末
魔導兵器の中に潜り込み、テジャスは動力部に組み込まれている自分の心臓を見つけ出した。
ローズクォーツによって施されている封印術式を、慎重に少しずつ剥ぎ取っていく。
今のテジャスは、ローズクォーツによって心臓が奪われた際に辛うじて自分の意識の一部を切り離した不安定な断片にすぎない。迂闊に封印に触れれば、一瞬で存在が消し飛びかねない。
アーカーシャが戦ってくれているおかげか、ローズクォーツによる妨害や抵抗は思ったよりも少ない。
――この分なら何とかなりそうだ。
精密に編み上げられた刺繍をほどくように術式を解体し、ようやく、自分の心臓に手が触れた。
本体と切り離されていた意識が瞬時に融合し、力が爆発的に覚醒する。
心臓を取り戻してしまえば、後は一瞬だった。テジャスの心臓を動力としている魔導兵器は、もはやテジャスの体も同然だった。ローズクォーツの支配力は、強制的に排除された。
「ハーッハハハハハハハ!!!!! 俺様復活!!!!!!!」
魔導兵器から、テジャスの声が大音量で響き渡った。その大音量は帝都フラムフェルの端まで届き、近くの森で眠っていた鳥まで驚いて飛び立つほどだった。
翠も含め、近くにいた人間は思わず全員耳をふさいだ。
――あ、相変わらず声が大きい……!!
「ローズクォーツ、てめぇ……!!! よくも俺の心臓を好き勝手に利用してくれたな……!!!」
魔導兵器の主導権を奪ったテジャスは、その砲門をローズクォーツに向けた。
「望み通り、黄泉の国に送り返してやるよ……!!!!」
至近距離から放たれた粒子ビームを、ローズクォーツは大きく空間を歪めて吸収する。
その隙に、アーカーシャは光の槍を一つに束ねていた。
――さようなら、私の最愛の娘。
粒子ビームと挟み撃ちにするように、エネルギーを束ねた巨大なその槍をローズクォーツに向けて放とうとした。――だが、
「……助けて、お母さん……」
「…………っ!!」
アーカーシャが躊躇したのは、ほんの一瞬だった。
その一瞬の隙に、ローズクォーツは四次元に潜って消えた。光の槍は、粒子ビームとぶつかって互いに相殺し合い、閃光となって消滅する。
ローズクォーツを葬る千載一遇のチャンスを逃した。
――でも、師匠を責めることなんてできない。
アーカーシャの表情からは何も読み取れないが、心なしかうなだれているように翠には見えた。
『……もういいわ。今回は勝ちを譲ってあげる』
翠の脳内に、ローズクォーツの声が聞こえた。
『また来るわ。次こそはこの世界を滅ぼしてあげる。……それまで、せいぜい生き延びてね? 碧の弟』
「ローズクォーツ……!!」
――彼女と兄さんの間に一体何があったのか、もっとちゃんと聞いておくべきだった……
翠は少しだけ後悔した。
「テジャスさん、魔導兵器はもう自由に操れるんですか?」
「おう、結構悪くない感じだぜ!!!!」
戦艦の船首にあたる部分に、テジャスの姿がホログラムのように現れる。
――ローズクォーツは逃がしてしまったが、これで魔導兵器の方は解決した。あとは、ジェルマン元帥との決着だけだ。
*****
オルトロスの猛攻もあって、マイヤール公爵軍は大通りをフラムフェル城に向けて進軍していた。
東側からは、ルーセット共和国軍の部隊が進軍してきているのが見える。北にはオルダキアの国旗を掲げた竜騎兵団の姿があった。
フラムフェル城が四方から包囲されているのはもはや明白であり、元帥軍の敗色は濃厚だった。
戦意を喪失し、早々に投降する兵士も出始めた。
上空からクロの姿を見つけて、翠はドラゴンから飛び降りた。
「クロ……!!」
風を操って落下速度を調節し、オルトロスの目の前に舞い降りる。クロは大きな尻尾を振って喜び、翠に鼻面を擦りつけた。
「……ありがとう、僕を探してくれていたんだね」
返り血がこびりついてゴワゴワになったクロの毛皮を、翠は優しく撫でた。
「スイ」
マイヤール公爵軍の兵士達の間を縫って、翠に駆け寄って来る者があった。
「ラズ……!! 君も戦ってくれていたんだね」
彼女はずっと、市街地で苦戦するマイヤール公爵軍を支援して戦っていた。メイド服のエプロンが赤茶色に染まっている。
「……怪我とかない?」
「大丈夫です。普通の人間には負けませんよ。……ただ、短剣がもう切れなくなってしまいました」
「そ、そっか……」
大通りの先には、フラムフェル城の正門がある。
城門は固く閉ざされているが、もはや門を守る兵士の数は少ない。
「……それじゃあ、正面から行こうか」
城の正門を、翠は魔法で吹き飛ばした。
*****
「馬鹿な……、聖女様が負けた……だと」
ローズクォーツとの顛末は、ジェルマンも城の中から注視していた。
ジェルマンの視界からは、ローズクォーツは光の槍と粒子ビームの攻撃を同時に受けて消滅したように見えていた。
程なくして、城の外で爆発音が聞こえた。
――城門が破られたか。ジェルマンも自らの命運を悟った。
「閣下……、どうします……!?」
わずかに残った部下がジェルマンに指示を仰ぐ。
「……お前たちは投降するなり好きにしろ。私はここに残る」
城の中で交戦の音が聞こえていたのも、わずかな間だった。
指令室の扉が破られ、兵士と共に部屋に入ってきたのは、マイヤール公爵と『賢者』だった。
「マイヤール公爵……、ルーセット共和国どころかオルダキアのような蛮族とまで手を組むとは、堕ちたものだな。貴様のような輩が、帝国を腐らせるのだ」
ジェルマン元帥は、吐き捨てるように言った。
「皇帝殺しの逆賊が帝国を語るとは笑わせてくれるな。……大人しく投降しろ、ジェルマン。お前は戦争犯罪人として裁かれるんだ」
「黙れ!! 腑抜けた皇帝の血筋などいらぬ……!! 私こそが真の愛国者だ……!!」
ジェルマンは拳銃を取り出した。
「…………!!」
翠は咄嗟にマイヤール公爵を庇おうとした。……が、ジェルマンはその銃口を自分のこめかみに押し当てた。
乾いた音が響き渡り、ジェルマンは自身の頭部を吹き飛ばして倒れた。
――それが、クーデター首謀者の最期だった。
帝都フラムフェルを、朝焼けが照らしていた。
*****
「……わざわざシルヴァラントから来てくれてありがとうございました、イーリィさん」
翠は、イーリィに礼を言った。
「いや、まあ実を言うと、魔導兵器とやらの実物を見てみたくてね」
フラムフェル城の上空に浮かぶ戦艦を見上げながら、イーリィはそう答えた。
――なるほど、助けに来てくれた理由は知的好奇心か。イーリィさんらしいな。
「それに、アーカーシャにも会ってみたかったし……」
イーリィは師匠であるプリトヴィーと記憶と人格を共有している。アーカーシャに対する感情は複雑だろう。
そのアーカーシャはと言うと、戦いが終わるとさっさと先に帰ってしまった。――人間達とあまり関わりたくないのか、それとも、ローズクォーツの件で色々と思うところがあったのだろうか。
「何だアーカーシャの奴、もう帰っちまったのかぁ!!?」
城の庭で立ち話をしている所に、テジャスが現れた。
「はい、そうみたいです……」
「……はっ、まあいいか。旧交を温めるって仲でもねぇしな。……何つーか、お前には世話になったな、スイ。この借りはそのうち返すぜ」
「いえ……。いずれローズクォーツと決着をつける時は、力を貸してください」
「当然だ……!! あの小娘には俺様の心臓を奪った落とし前をきっちり付けてもらわないといけないからな……!!!!」
テジャスは言った。感情が昂ると、彼女の炎の髪が燃え上がる。
「お前にも世話になったな、プリトヴィーの弟子とやら。師匠によろしくなぁ!!!」
「はい、古き魔女テジャス」
イーリィは、テジャスにそう答えた。
「……テジャスの力が戻って盟約が回復するなら、私はもうここにはいられない。私は師匠と繋がっているからね。シルヴァラントに帰るよ」
「あっ、じゃあ帰りも送っていくよ」
ガーネットが申し出る。
「済まないね、お願いするよ。……それじゃあスイ君、久しぶりに会えてよかった。そのうちまたシルヴァラントに遊びに来てくれ」
「はい、是非……」
――オルダキア経由で行けば、海路で行くよりは近い……かな。
「ところでテジャスさん、あの魔導兵器はどうするつもりです……?」
「そうだな、まあせっかくだから新しい俺の体として使わせてもらうぜ!!! 心配すんな、無駄に人間を攻撃したりしねぇからよ!!!!」
テジャスはそう言って笑った。
――その後、帝国領内の空を気ままに飛ぶ金属の船は、エルシア帝国の風物詩となった。
*****
エルシア帝国では、クーデターの後始末が行われていた。
ジェルマン元帥に加担した軍幹部は捕えられ、後に戦犯として裁かれた。
「何だか、嘘みたいじゃな。またここに戻って来られるなんて……」
フラムフェル城に戻ってきたマリアンジュは、呟くようにそう言った。父親が殺された日のことは、まだはっきりと脳裏に焼き付いている。
翠は、諸々の事後処理を手伝うためにフラムフェル城に残っていた。
「……この部屋、覚えているか? スイ」
「うん、さすがに覚えてるよ……」
そこは、マリアンジュの私室だった。しばらくここで飼われていたことがあるので、よく覚えている。
――というか、私室で僕と二人きりはまずいのでは……?
翠は何となくソワソワした。
「……スイのおかげじゃな。心から礼を言わせてもらうぞ。……ありがとう、スイ」
「そんな、僕なんて……。マイヤール公爵やみんなが頑張ってくれたからだよ」
人払いをしているため、周囲には使用人も誰もいない。意を決して、マリアンジュは言った。
「スイ、――皇帝の座に興味はないか?」
「えっ……」
マリアンジュは、翠の目を真っ直ぐに見つめている。
その言葉の意味が理解できないほど、翠は鈍感ではなかった。
「……ごめんなさい、マリア。……いえ、マリアンジュ様。僕は……」
「そう……か。……そうじゃな。スイは、皇帝なんて器ではないな」
そう言って、マリアンジュは涙を隠すように微笑んだ。
後日、マリアンジュはエルシア帝国の皇帝として即位した。
年齢的にまだ幼い彼女を補佐するため、彼女が成人するまでの間はマイヤール公爵が宰相として政治を代行する形となる。
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