魔導兵器攻防戦・中
「聖女様は我々のことも殺す気か……?」
ローズクォーツがフラムフェル城の方にも容赦なく魔導兵器を撃ちまくっていることには、さすがにジェルマン達も気づいていた。白い光線が窓のすぐ外をかすめていく様子は肝が冷える。
戦況が徐々に悪化していることも、ジェルマンは把握していた。
市街地の防衛線が突破されるのはもう時間の問題だろう。市街地を突破されてしまえば、フラムフェル城まではほとんど一本道である。
――そろそろ、退却する算段も練っておいた方がいいか。
南および西側はマイヤール公爵と諸侯連合軍に、東側はルーセット共和国軍によって包囲されている。
だが、北側はまだ無傷のはずだ。……逃げるとすれば、北側からか。
しかしその時、指令室に駆け込んできた部下が伝令を伝えた。
「た、……たった今、フラムフェル外壁の北門が突破されたとの報告が……」
「何だと……!? 一体どこの軍だ!?」
「それが、報告によると地竜に乗った騎竜部隊だったと……。お、恐らく、オルダキアの竜騎兵団の生き残りかと……」
「オルダキアだと……!? マイヤール公爵は、あの蛮族とまで手を組んだと言うのか!?」
ジェルマンは、思わず拳を机に叩きつけた。
*****
辺りが暗くなったタイミングを見計らって、オルダキアの竜騎兵団は一気にフラムフェル外壁へと押し寄せた。そして、あっという間に北門を突破した。
最初に翠が予想した通り、フラムフェルの防衛体制は南側を重視しており、北側は最初から手薄だった。
馬よりも強力な地竜の脚力で市中のバリケードも強引にぶち破り、彼らは破竹の勢いで市街地を進軍していった。
「お前ら、エルシア兵をぶっ殺すチャンスだ、どんどん進め!! 間違って味方を殺すなよ!!」
ファラルダは竜騎兵団の先頭に立って地竜を駆り、兵士達を鼓舞するように叫ぶ。彼女に呼応して、竜騎兵たちの雄叫びが続いた。
竜騎兵団は数こそ少ないが、一騎あたりの戦闘力が高い。地竜の外皮は硬く、銃弾でも致命傷を与えるのが難しい。エルシア兵に対して溜まりに溜まった鬱憤もあり、士気も十分に高かった。
銃弾を恐れずに突進し、元帥軍の兵士を地竜の足で踏み潰し、剣や斧で頭を叩き割る。
「はっ、手ごたえがねぇな……!! こんな程度かぁ!?」
市街地を快調に進んでいたその時だった。夜空を灼くような光に、ファラルダ達は思わず足を止める。
フラムフェル城の上空に、見たこともない巨大な砲門が虚空から突き出している異様な光景が見えた。
その砲門の周囲の空間が歪み、巨大な何かがゆっくりと姿を現わそうとしていた。
「一体何だ……? あれは……」
*****
アーカーシャの魔法によって、魔導兵器の本体がじわじわと三次元空間に姿を現していた。
ローズクォーツは、四次元を知覚する能力を持っている。
四次元とは、三次元の空間座標に直交する四番目の座標軸を持つ空間だ。
――人間はその四番目の座標を認識することは出来ないが、その概念さえ理解できていれば、四次元空間に干渉する術式を組むことは可能だ。
三次元空間に突き出している魔導兵器の砲門、その座標を基準点として術式を組み、アーカーシャは四次元空間の中にある魔導兵器の本体を三次元に引きずり出していく。
「母さん……、どうして私の邪魔をするの……」
忌々しげに、ローズクォーツは言った。
粒子ビームの攻撃が不意に止んで、イーリィは安堵する。
魔導兵器の本体を四次元空間に引き戻そうとするローズクォーツの力と、アーカーシャの魔法とが干渉し、人間の目にはその干渉波が空間の歪みのように見えた。
――なかなか興味深い戦いではあるが、のんびり見ているわけにはいかないな……
魔導兵器の攻撃が止んだため、イーリィは防御から攻撃に転じた。空気中のエーテルをエネルギーに変換し、それを光弾としてローズクォーツに向けて放つ。
「邪魔をしないで……!!」
ローズクォーツはそのエネルギー弾をいとも容易く空間の狭間に吸収する。――だが、彼女の注意を逸らすにはそれで十分だった。
その一瞬の隙に、アーカーシャは術式を完成させた。
ずるりと、魔導兵器の本体が三次元空間に姿を現した。
それは、巨大な砲門を備えた戦艦のように見えた。
複数の砲門が金属の船体から歪に生えた異形の戦艦だ。船体を構成する金属は鉄ではない何かなのか、ぬめるような奇妙な光沢があった。
その大きさは、フラムフェル城と比較しても遜色ない。そんな巨大戦艦が、空中に浮かんでいる。大きすぎてフラムフェル城と接触し、城の壁の一部が破壊された。
まだ帆船が主流のこの世界において、突如として空に現れたその巨大戦艦は、あまりにも異様な存在だった。
――三次元空間に引きずり出しただけではまだ足りない。
アーカーシャは、魔導兵器の空間座標をその場に固定する。見えない楔で対象を空間に縫い留めるような、そんなイメージだ。
ローズクォーツの表情が、悔し気に歪む。
「母さん……、どうして……!?」
「……娘の非行を止めるのも親の役目だ」
「今更まともな親みたいな事言わないで!! あの時助けてくれなかったくせに!! 頼んでもないのに勝手に蘇えらせたくせに……!!」
「それは……」
ポーカーフェイスなアーカーシャの表情に、珍しく悲痛の色が滲む。
「親子喧嘩をしている場合ではありませんよ、アーカーシャ……!!」
イーリィが言った。
三次元空間に固定されたとはいえ、魔導兵器はまだ機能停止したわけではない。
魔導兵器の全ての砲門が、白い輝きを放った。
「ああ、そうだな……」
――今は、この兵器を何とかすることが最優先だ。
*****
酸化反応で金属を錆びさせるという地道な方法で、翠は自身を拘束する鎖から逃れようとしていた。
留め金の部分を重点的に、酸化を促進させる。――特に、口を塞いでいる轡を早く何とか取り外したかった。
少しずつ金属が錆びて、ボロボロと鉄錆がこぼれ落ちる。
――もう少し……
その時だった。地下牢に続く階段の向こうから、銃声が聞こえた。
人が争っているような音がしたかと思うと、その音はやがて静かになった。そして、階段を駆け下りてくる足音が聞こえた。
「スイ……!!」
階段を駆け下りてきたのは、ガーネットだった。
彼女の声を聞いた途端に、翠は安堵感で心が満たされるのを感じた。
「スイ、待ってて、今助けるから……!!」
ガーネットがそう言って鉄格子に駆け寄ったのと、口枷の金具が壊れるのはほぼ同時だった。
「……ガーネット」
ようやく自由になった口で、翠は何とか言葉を紡ぐ。
「大丈夫、扉は自分で壊す。……離れていて」
ガーネットが鉄格子から距離を取ったのを確認してから、翠は魔法を放つ。
「……explosion……!!」
周囲の壁も巻き込んで、鉄格子はいとも簡単に吹き飛んだ。
「スイ……!!」
ガーネットは翠に駆け寄った。地下牢の守衛を倒した際に奪った鍵で、翠の拘束具を外す。
自由になった両腕で、翠はガーネットの体を抱きしめた。
「会いたかった、ガーネット……」
翠の意外な行動に、ガーネットは少し面食らう。
――こんな所に一人で閉じ込められて心細かったのかな。そう解釈して、ガーネットは翠の体を優しく抱き返す。
「……遅くなってごめんね」
「ううん、いつも助けに来てくれてありがとう」
抱擁から体を離して、翠はガーネットに尋ねた。
「イーリィさんは来てくれた?」
「うん。今は母さんと一緒にローズと戦ってる」
「そっか、よかった……。じゃあ、僕たちも行こう」
「うん……!!」
地下牢に繋がれている間、ローズクォーツの悲惨な記憶を見せられて不安定になった精神を、翠は必死で繋ぎとめていた。――あんなものを見せられて平気でいられる人間がいたとしたら、そっちの方が狂っている。
世界を憎むローズクォーツの感情に、危うく飲み込まれるところだった。
ガーネットの声を聞いた瞬間に、世界の暖かさを思い出した。
思い返せば、最初にこの世界の美しさを教えてくれたのもガーネットだった。
――君がいるから、僕はこの世界を好きでいられる。




