もう一人の魔法使い
「『賢者』を捕らえただと……!?」
驚いて、ジェルマンは声を上げる。
「ええ」
こともなげに、ローズクォーツは頷いた。ぐったりとした『賢者』が、兵士に引きずられるようにして連れてこられる。
友好条約の反対派だったジェルマンは、条約の調印式典に参加していない。そのため、『賢者』の姿を直接見るのはこれが初めてだった。
青年と聞いていたが、思ったよりも若い。まるで子供のように見えた。――こんなガキが、我が軍の兵士を何人も殺したのか。
「本当に羽根が生えているんだな。気味が悪い……」
気持ちの悪いものでも見るような目で、ジェルマンは吐き捨てるように言った。
「処刑するなり拷問するなりご自由に」
さして興味もなさそうに、ローズクォーツは言う。
「そうだな……。どうせ処刑するなら、戦犯として大衆の前で首を刎ねるか」
今すぐにでも殺してやりたいところだが、ただ殺すだけでは生ぬるい。
「拘束して、牢に繋いでおけ」
ジェルマンは兵士にそう命じた。
*****
――喉が渇いた。
その生物的な欲求が、翠を現実へと引き戻した。
「うっ……」
身じろぎしようとして、ほとんど体が動かないことに気づく。ガチャッと金属が触れ合うような音が聞こえた。
――体が重い。肌に金属が食い込んで痛い。
ローズクォーツの隔離空間からは解放されたようだが、その代わりに翠は物理的に拘束されていた。
鉄の枷で両腕を拘束された上に、鎖で何重にも巻かれて壁に繋がれている。口には金属製の枷を嵌められていた。
人間一人にここまでする必要があるのかと思うくらい、厳重に拘束されている。
――僕のことを化物か何かだとでも思っているんだろうか。
暗くてよく分からないが、恐らく地下牢かどこかに閉じ込められているようだ。
口を塞いだことで魔法を封じたつもりかもしれないが、無詠唱でも魔法を使うことは可能だ。発声は、ただの発動のトリガーに過ぎない。
しかし、今の翠にはそれだけの気力も体力も残されていなかった。
ローズクォーツの記憶が、毒のように精神を蝕んでいる。
――できることなら、この記憶を消してほしい。
こんな残酷で凄惨な記憶は耐えられない。自分の体が理不尽に傷つけられ、少しずつ壊されていく痛みと恐怖。――どうして、人間相手にこんな惨いことができるんだろう。
体を拘束する鎖の重みが、じわじわと翠の体力を奪っていく。
こうして拘束されているだけで、もう十分に拷問だった。だが、この状況が天国のように思える程度には、ローズクォーツの記憶は悲惨だった。
永遠に続くかのような苦痛と絶望の中で、彼女はずっとこの世界を呪っていた。
――彼女の心は、もうずっと前に壊れていたんだ。
*****
アーカーシャの知覚が、翠の固有の波動を感知する。
――通常空間に戻ってきたか。
翠の波動は、フラムフェル城の中にあった。だが、あまりにも露骨すぎるのが少し引っかかる。
――罠か……? まあ、罠だったらその時はその時か。
アーカーシャはフラムフェル城へと向かった。
城は兵士達によって厳重に守られているが、人間の警備などアーカーシャにとっては何の問題にもならない。
自分の姿を風景に溶け込ませ、上空から城の中に侵入しようとした。――その時だった。
「……やっぱり来たわね、母さん」
城のバルコニーに、ローズクォーツが立っていた。
「ローズ……」
「弟子を助けに来たの? 私のことは助けに来てくれなかったくせに」
「……私は、お前のことも助けようとした。助けたかった。助けられなかったことを、千年間後悔していたよ」
「もう、どうでもいいわ。あなたがどれだけ後悔したところで、私が受けた苦痛が消えるわけではないもの」
ローズクォーツは言った。
「だから、私の邪魔をしないで」
「それはできない。私は、お前のことも、弟子のことも大切だ。……この世界のことも」
「そう……。それじゃあ、私のためにここで死んで、母さん……!!」
ローズクォーツの目の前に、魔導兵器の砲口が出現する。
即座に結界が反応し、自動的にシールドが展開される。――だが、
「……甘いわ」
虚空から出現した砲口は、一つではなかった。
複数の砲口が出現し、一斉に粒子ビームを放つ。
「…………!!」
アーカーシャは即座に反応し、シールドの範囲を広げて全てのビームを防ぎきる。熱線は、シールドに吸収されて無害な閃光となって散った。
「馬鹿な……、味方ごとこの街を焼き尽くすつもりか?」
「味方なんていないわ。全員死ねばいいのよ」
わざと市街地を狙って。ローズクォーツは粒子ビームを放つ。ランダムな空間座標に出現する魔導兵器の攻撃を防ぐために、アーカーシャは防戦一方となった。
一発でも防ぎ漏らせば、市街地に与える被害は甚大だ。
「どうしたの? 母さん。私を止めてみてよ……!!」
楽しそうに笑いながら、ローズクォーツはめちゃくちゃな方向に粒子ビームを乱射する。
――まずいな、これでは反撃する隙がない。
アーカーシャが攻めあぐねていた、その時だった。
不意に、ローズクォーツの攻撃の手が止まる。どこからか彼女に向かって放たれた光弾の軌道を、ローズクォーツは空間を歪めて逸らした。
光弾が飛んで来た方向に視線を向けると、一体のドラゴンが高速でこちらに向かって近づいていた。
「遅くなってごめん、母さん……!!」
それは、ガーネットとリューイだった。
そして、ガーネットの後ろにはもう一人女性が乗っていた。萌黄色の長い髪から、先の尖った耳がのぞいている。
「初めまして、アーカーシャ。お会いできて光栄です」
彼女は、アーカーシャにそう言った。
「君は……」
「私はイーリィ。古き魔女プリトヴィーの弟子です」
ファラルダと会った後で、翠はガーネットに頼みごとをしていた。――それは、オルダキアを経由してシルヴァラントまで向かい、イーリィに加勢を求めることだった。
四次元を知覚し、空間を操るという破格の能力を持ったローズクォーツに対抗するためには、魔法使いの戦力が一人でも多く欲しかった。
「プリトヴィー……、あの無能研究者の弟子が何かの役に立つのかしら」
ローズクォーツは言った。
「人の師匠をあまり悪く言わないでもらおうか」
イーリィは再び光弾を作成し、ローズクォーツに向けて放つ。光の弾のように見えるそれは、エネルギーの塊だ。
ローズクォーツは、そのエネルギー弾を空間の狭間に吸収した。
「無駄よ、そんな貧弱な魔法……」
「――いや、無駄ではないな」
アーカーシャの放った光の槍が、ローズクォーツの眼前に迫っていた。――無駄ではない。二人いれば、ローズクォーツの攻撃に隙を作ることが可能だ。
「……っ!!」
ローズクォーツは咄嗟に四次元空間に潜って光の槍を避ける。光の槍は、一瞬前まで彼女がいたフラムフェル城のバルコニーを破壊した。
虚空から、魔導兵器の砲口が出現する。ローズクォーツは、その上に立っていた。
「いいわ、……二人まとめて殺してあげる」




