フラムフェル攻城戦 ―開戦―
山道を抜けると、眼下に帝都フラムフェルが見えた。
高い防壁に囲まれた城塞都市。その中心部にそびえ立つのがフラムフェル城だ。都市を囲む防壁の周囲には、平原が広がっている。――遮る物のないこの平原を抜ける時が一番厄介だ。
「……ex……refractio……」
光の屈折率を操って疑似的な望遠レンズを空中に作成し、翠はフラムフェル城塞の状況を確認する。
マイヤール公爵が諸侯連合軍を引き連れて進軍してきている情報は、すでにジェルマン元帥もつかんでいるだろう。
城壁に設置された大砲にはすでに砲兵が配備され、いつでも砲撃が開始できるように準備を整えている。
更に、銃兵部隊も配備されていた。
その時だった。翠は背筋にぞわりと冷たいものを感じた。
城壁の物見塔の上に、白い少女の姿があった。美しい銀髪を風になびかせながら立っている。
――ローズクォーツ。
目視で顔が見えるような距離ではないし、こちらはまだ森の中に姿を隠している。
にも関わらず、彼女は明らかに翠の方を見て微笑んだのだ。
――まずい。彼女は四次元的に世界を認識できる――つまり、三次元世界を生きる僕たちよりも一次元上から世界を見ることが出来る。
こちらの姿は、もう彼女からは丸見えなのだ。
ローズクォーツの周辺のエーテル濃度が大きくゆらいだ。
空間が歪み、虚空から巨大な砲身が姿を現す。――魔導兵器。恐らく、その本体は四次元空間の中にあるのだろう。三次元空間に砲身だけを突き出したその姿は異様だった。
黒々とした砲口の奥が白く輝く。その砲口は、明らかに翠を狙っていた。
自分の背後に控えている部隊に向かって、翠は叫んだ。
「皆さん、後ろに下がって……、僕から離れて下さい……!!」
――大丈夫、対魔導兵器用の術式は練ってある。
夜な夜なテジャスと相談してスクリプトを構築しておいた。
「……ex……convert……magnes……」
魔導兵器の砲口から、白い熱線が放たれた。
――あの熱線は、プラズマ状態まで励起された高温の粒子ビームだ。
「……scutum……!!」
翠の目の前の空間に不可視のシールドが展開され、熱線を受け止める。熱線とシールドが干渉して、激しいスパークが発生した。――ちなみにだが、このシールドは強力な磁場によってビームのエネルギーを拡散させることで無効化させている。対ビーム専用なので、当然だが物理攻撃は防げない。
頭上で、ドラゴンの羽ばたく音が聞こえた。黒竜ジードに乗ったラズが上空から降下してくる。
今の派手な閃光を見て、慌てて駆けつけてくれたようだ。
「スイ、ご無事ですか?」
「今のところ何とか……。ラズ、僕を乗せてローズクォーツの元まで飛んでもらえる?」
「承知しました」
翠はラズの手を借りて、クロの背の上から黒竜に乗り移る。
――ローズクォーツは明らかに僕個人を狙っていた。僕が囮になって魔導兵器を引き付け、その間にマイヤール公爵達に進軍してもらった方がいいだろう。
「クロ、フラムフェルの城門まで走って……!!」
翠の言葉に了解を示すように、オルトロスは短く吠えた。クロには、細かい指示は言わなくても伝わる。
「……マイヤール公爵、後はよろしくお願いします」
「ああ、任せてくれ。賢者殿も御武運を……!!」
公爵に向けて頷いて、翠はラズと共に上空へと舞い上がった。
自分の方へ向かってくる翠の姿を見て、ローズクォーツは微笑んだ。
「……ようやく会えたわね、碧の弟」
魔導兵器の砲口は、相変わらず翠に向けられている。
その砲口が、再び白い光を放った。――思ったよりも連射の間隔が短い。
「……scutum……!!」
翠は再びシールドを展開し、熱線を正面から受け止める。
――強力な磁場を発生させるこの魔法は、それなりにエーテルの消費が激しい。念のためエーテル結晶は準備してあるが、使い切ったらまずいかもしれない……
*****
帝都の外周を囲う防壁の上から、ジェルマン元帥配下の兵士達はマイヤール公爵軍が進軍してくるであろう方角を警戒していた。
――恐らく、もう近くまで来ているのだろう。
その時、物見塔の上に立っていた聖女ローズが不意に動いた。
何もない空間から、白銀に輝く砲身が出現する。その姿は、まるで太古の神々が持つ巨大な槍の穂先のようだった。
その穂先から放たれる光線は、まさしく神の雷だ。
帝都フラムフェルの周辺に広がる平原。その向こうの森へ向けて、聖女はその神の雷を放った。
光線が放たれたその先で、強烈な閃光が発生するのが見えた。
「…………!?」
一体何が起こったのか、城壁の上から見ていた兵士は誰一人理解できなかった。
閃光が発生したその場所から、黒いドラゴンが飛び出してきた。
ドラゴンは、真っ直ぐにこちら――聖女ローズの方へと向かってくる。ドラゴンに乗っているのは、青い髪の少女と、背中に羽根の生えた少年だった。
「……『賢者』だ……!!」
誰かがそう叫んだ。
聖女が放つ神の雷を、賢者は何かの魔法で受け止める。その瞬間、再び激しい閃光が発生した。
一般兵士達の理解の埒外にあるその戦いに、つい目を奪われていたその時だった。
「何か来るぞ……!!」
見張りをしていた兵士の一人が叫んだ。
先ほどの森の中から、巨大な黒い獣が姿を現した。――魔獣オルトロス。
魔獣は、弾丸のような速さで一直線にこちらへ向かって走って来る。
「ほ……、砲撃準備……!!」
南側の門の警備を任されている部隊長は、慌てて指示を飛ばした。
オルトロスに向けて、砲撃が開始される。
その大砲の音が合図だったかのように、オルトロスに続いて軍勢が姿を現した。
馬に乗って先陣を駆けてくるのは、マイヤール公爵の白十字騎士団だ。その後ろに、諸侯連合軍が控えている。
なるべく隊列を乱さないように、ディオンは必死に馬を走らせていた。
大砲の轟音が響くたびに心臓がすくみ上がる。――あの鉄の玉が自分の頭上に落ちてこないことを祈るばかりだ。
前方を走るオルトロスに鉄球が直撃し、肉が爆ぜる。だが、その傷は見る間に回復していった。その間も、走る速度は全く落とさない。
――この魔獣が敵じゃなくて本当によかった。ディオンは心底そう思った。――もしかして、わざと大砲の玉に当たって俺達を守ってくれているのか……?
頭上で、閃光が瞬いた。
上空ではドラゴンに乗ったスイが大砲より凶悪な兵器と対峙している。
――怖くないんだろうか。……いや、弱い姿を見せないようにしているだけで、彼も本当は普通の若者だ。
それなのに、『賢者』としてディオン達を守ると言ってくれた。
――俺も、戦わないと。騎士の端くれとして。




