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オルダキア同盟

 ルーセット共和国、カヴァニス城塞。

 城塞の上からは、オルド川と対岸のアイザル砦がよく見えた。アイザル砦を奪取して以降、オルド川では簡易的な橋の建設が行われている。


「オルド川に橋を架けられる日が来るとは……、感慨深いね」

 その作業の様子を窓から眺めながら、エミディオはそう呟いた。

 カヴァニス城塞の中にある小さな作戦会議室。エミディオは、彼の私兵であるカルラを護衛に伴っていた。


「共和国軍を動かしてくれてありがとうございました、エミディオさん」

 翠はエミディオに礼を言った。

「正直、議会では反対も多かったけどね……。何とか押し切ったよ」

 そう言って、エミディオは苦笑する。


「ところで、よく銃の生産が間に合いましたね?」

 もう百年余り外国との戦争を経験していないルーセット共和国は、軍の装備が貧弱だった。普段は、未だに剣や弓を装備している。

「ああ、実はね……」

 エミディオは小声で耳打ちする。

「半分くらいは、見た目だけのハリボテなんだ。……今、魔道具協会と協力して急ピッチで生産を行っている最中だから、実際の戦闘までには間に合わせてみせるよ」

「なるほど……」


 ――ちなみに、エルシア帝国の銃は主にフリントロック式のマスケット銃で、地球の18世紀頃の技術水準のものに酷似している。それに対して、ルーセット共和国の銃は魔道具技術が基盤となっているため、外見は似ているがそもそもの基本構造が異なっている……らしい。



「それと、どうしても君に会いたいっていう客人が来ていて……」

 エミディオが最後まで言うよりも先に、部屋の扉を開けて飛び込んでくる者があった。

「スイ……!!」

「マリア……、いえ、マリアンジュ様!?」

 人目があるため慌てて言い直した。マリアンジュは、入って来るなり翠に抱きついた。


「ど……、どうしてここに……?」

「スイが私のために戦っているのに、私だけいつまでも安全な場所にいるわけにはいかぬ……。私ばかり蚊帳の外にしないでくれ」

 マリアンジュは言った。その表情は真剣だった。――きっと、彼女なりに悩んだ末に決めたのだろう。

 扉の向こうで、シトリンが気まずそうにしているのが目に入った。


「す、すみませんっス……。その、マリアちゃんがどうしてもって言うから……」

 ――なるほど、シトリンがここまで連れてきたのか。



 程なくして、マイヤール公爵もオルド川を渡ってカヴァニス城塞へと到着した。

 そこにいたマリアンジュの姿を見て、公爵は驚きと喜びの表情を浮かべる。


「マリア……、よくぞ無事で……!!」

「お爺様!! お会いしとうございました……!!」

 公爵は、再会した孫娘の体を抱きしめた。

「少し見ない間に大きくなって……。リディアにそっくりだ」


 マリアンジュの母リディアの肖像画を、翠はアルブラン城で見ていた。その姿は本当にマリアンジュによく似ていた。彼女もあと数年もすれば、あんな美女に成長するのだろう。




「……ジェルマン元帥だが、ここ最近は大きな動きがないようだ」

 エミディオに対して外交的な挨拶を済ませた後で、マイヤール公爵はそう言った。


「そのようですね。帝都フラムフェルに潜入している部下からの報告によると、市民を強制的に徴収して武器の増産を行っているようです」

「帝都フラムフェルの守備を固めて、我々を迎え撃つ算段か……」


「……やっぱり、ジェルマン元帥に勝利するためには、帝都フラムフェルの攻略が必須になりますね」

 翠はそう言った。

 彼らは、会議室のテーブルの上にエルシア帝国とその周辺地図を広げる。


 帝都フラムフェルとその周辺地域はもともと皇帝の直轄地――つまり、現在はジェルマン元帥の支配地域である。マイヤール公爵領はその南側、ルーセット共和国は東側に位置していた。

 なお、北西にはゼクラセスタ、北東にはオルダキアがある。


「オルダキア……」

 ふと、翠は呟いた。


「……賢者殿、何か策が?」

「ジェルマンは、北側はあまり警戒していないと思うんですよね。……なので、我々が元帥軍を南側に引きつけている間に、その反対側から奇襲をかけられないかと……」


「なるほど……。でも、オルダキアが協力してくれるかな……?」

 エミディオは、カルラに視線を向けた。彼女は元々、オルダキアから来た難民である。

「どうでしょう……、帝国のために戦うのはさすがに……」

 カルラは言葉を濁した。彼女としては正直、エルシア国民であるマイヤール公爵やマリアンジュのいるこの場に同席するのも複雑な気分だろう。


「ファラルダさんを、説得できないでしょうか」

 無理を承知で、翠は言った。彼女が動けば、オルダキアの民は従うだろう。


「失礼だが……、そのファラルダという方は何者か?」

 マイヤール公爵が尋ねた。

「……オルダキア王家の、最後の生き残りです」

「何と……、かの王家の者は全員処刑されたと聞いていたが……」


 翠が以前本人から聞いた話によると、処刑から逃れたファラルダは一度は奴隷の身分にまで落ち、そこから剣闘士としてのし上がった。そして、闘技場で稼いだ金を元手に同郷の難民たちを集めて海賊となったのだ。

 そして現在は、海賊から転職してルーセット共和国の領海で海上警備の仕事をしている。


「私が……」

 不意に、マリアンジュが言った。

「その者は、私が説得する」

「え……!?」

 驚いて、翠は声を上げた。


「オルダキアの侵略は、父上がやったことじゃ。……娘の私が責任を取る」

「マリアにやらせるくらいなら、私が……」

 マイヤール公爵はそう言ったが、マリアンジュは首を横に振る。


「いいえ、お爺様。……これは、私がやるべきことなんじゃ」

 マリアンジュは、決然とそう言った。



 *****


 ルーセット共和国、港町ベイルーン。

 翠はガーネットと共に、リューイに乗って急遽ベイルーンまでやって来た。マリアンジュは、シトリンと共に黒竜ジードに乗っている。

 ファラルダは、港で船の整備をしている最中だった。


「ファラルダさん、お久しぶりです」

「よぉ、スイじゃねぇか……!! 久しぶりだな、シルヴァラント以来か?」

 翠が声をかけると、彼女は気さくに応じてくれた。

「はい、その節はお世話になりました」


 翠の後ろにいるマリアンジュとシトリンの姿を見て、ファラルダは怪訝そうな顔をする。

「そっちの二人は見ない顔だな。私に何か用か?」

「実は折り入ってお話があって来ました。……その、あまり人に聞かれたくない話なので、どこか屋内で……」

「何か訳ありっぽいな……。じゃあ、船の中でどうだ?」



 船室の中で、翠は改めてファラルダと向き合った。

「……で? 話ってのは何だ?」

「その……」

 翠の言葉を遮って、マリアンジュが前に出た。

「……何だ? お嬢ちゃん」


 ファラルダの目を真っ直ぐに見つめて、マリアンジュは言った。

「まずは、自己紹介をさせてほしい。私は、エルシア帝国皇帝アレクサンドルの娘、マリアンジュ=ヴィトリー」

「なっ……」

 その名前を聞いて、ファラルダの顔色が変わる。


「……スイ、お前どういうつもりだ。どうしてこんな奴を連れてきた!?」

「すみません、ファラルダさん。最後まで話を聞いて下さい……」

 ――怒るのは当然だ。彼女にとっては、アレクサンドル皇帝は親の仇なのだから。

 翠は、掴みかかりそうな勢いのファラルダを何とかなだめようとした。


 そんなファラルダに臆することなく、マリアンジュは深々と頭を下げた。

「……申し訳ないことをしたと思っています。父上に代わって、私から謝罪をさせて下さい」

「…………っ」

 年端もいかない少女に頭を下げられては、ファラルダも怒るに怒れない。

「あ……、謝って済む問題かよ……。両親を目の前で殺されて、国を追われた私の気持ちがお前に分かるのか……!?」

「それは……」

 ――その気持ちは、マリアンジュにも分かる。彼女も、目の前で父親を射殺されたのだから。


「もちろん、謝って済む問題ではない……。私が皇帝となった暁には、オルダキアには必ず賠償をすると約束する」

「お前が、皇帝になるだと……? はっ……」

 マリアンジュの言葉を、ファラルダは嘲笑った。

「知ってるぜ? ジェルマンとかいう男がクーデターを起こして、帝国は今そいつに乗っ取られてるんだろ? お前も今はただの小娘ってわけだ。ざまぁないな」

「……ああ、その通りじゃ。だから、今はエルシアを取り戻すためにお爺様が中心となって戦っておる」


「ファラルダさん、このままジェルマンが帝国の支配者になったところで、オルダキアの状況は変わりませんよ」

 助け舟を出すように、翠は言った。

「むしろ、今までより悪くなる可能性すらある。……ゼクラセスタの話を聞きましたか? ジェルマンは、抵抗する勢力に容赦をしない」

 その言葉に、ファラルダは舌打ちをする。

「……じゃあ、私にどうしろって言うんだよ」

「僕たちと一緒に、ジェルマンと戦ってくれませんか?」

「私に……、皇帝の娘に手を貸せって言うのか……」

「……はい」


「頼む、この通りじゃ……!! ジェルマンを倒し、帝国を取り戻したら、オルダキアの主権の回復を約束する……!!」

 そう言って、マリアンジュはもう一度頭を下げた。

「……口約束は信用できないな」

 ファラルダは、マリアンジュの足元にナイフを投げる。一瞬、緊張した空気が流れた。


「誓約書を書いてもらう。……血判状だよ」

「あ、ああ……。分かった……」

 マリアンジュは、その場で羊皮紙に誓約書を書いた。そして、署名の後に自分の指を切って血で判を押す。


「……これでもう、約束を反故にはできないぞ」

「もちろんじゃ。最初から反故にするつもりなどない。……私と共に戦ってくれ、オルダキアの女王ファラルダ」

 マリアンジュが差し出した手を、ファラルダは複雑な表情で握った。

 ――こうして、オルダキアとの同盟は成立した。


「私が親を殺されたのは、お前より小さい時だったんだぜ……」

 ぽつりと、ファラルダはそう言った。個人の感情とオルダキアという国の未来を天秤にかけて、彼女は後者を選んだのだ。


「……ありがとうございます、ファラルダさん」

 翠はファラルダに礼を言った。

「勘違いするなよ、お前のためでもそこの小娘のためでもない。オルダキアのためだ」




 ファラルダは、部下達を連れて陸路でオルダキアに向かうと言った。エルドモント山脈の山裾を通って行けば、共和国領内からオルダキアに抜けることができる。


「……マリアは、これで良かったの?」

 ファラルダの船を離れてから、翠はマリアンジュに尋ねた。

「え……?」

「自分が、次の皇帝になるって話……」

「ああ、……もちろんじゃ」

 マリアンジュは言った。


「スイやお爺様が、私を戦争から遠ざけようとしてくれていたことは分かっておるよ。……でも、やっぱり嫌なんじゃ。自分だけ安全な場所でのうのうと守られているのは」

「マリア……」

「だから、私もスイと一緒に戦う。……私は、エルシア帝国第一皇位継承者、マリアンジュ=ヴィトリーじゃ!!」


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