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マイヤール公爵

 エルシアの帝都フラムフェルでは、ジェルマン元帥が日に日にその支配力を強めていた。

 ジェルマンに反対する貴族や有力者は次々と逮捕され、投獄、あるいは処刑された。粛清を恐れて元帥派に鞍替えした者も多い。

 市内は兵士による巡回が強化され、まるで厳戒態勢のような異様な雰囲気に包まれていた。


 そんなある晩、寝静まった市内を走る一台の馬車があった。

 馬車に乗っているのは、身なりの良い初老の紳士だった。――ジョセフ=マイヤール公爵。


 彼は、ジェルマンの支配に反発する貴族の一人だった。

 ――このまま帝都にいては、自分も粛清されてしまう。かと言って、皇帝を殺害し、マリアンジュ皇女まで手にかけたジェルマンに従うことだけは絶対にできない。あの男だけは、決して許してはならない……

 彼は最低限の従者だけを連れ、帝都から脱出することを決意した。


 帝都は堅牢な城壁で守られているが、当然、抜け道がないわけではない。

 裏道を使って帝都から抜け出そうとしたその時、前方から数名の兵士が明かりを持って歩いて来るのが見えた。

 ――こんなに巡回が厳しくなっているとは……。それとも、最初から監視されていたか……?


 兵士の一人、隊長格の男が手に持ったランプを掲げ、馬車の中を覗き込む。

「おや、これはこれはマイヤール公爵。こんな夜分遅くにお出かけは危険ですよ? 我々が護衛いたしますので、屋敷にお戻りください」

 仰々しい態度で、兵士はそう言った。

「……あ、ああ。分かった……」

 銃を持った兵士が相手では、振り切って逃げることもできない。公爵は、仕方なく頷いた。


 その時、夜闇を切り裂くように稲妻のような閃光が走った。

「ぐっ……!?」

 短い呻き声を上げ、その場にいた兵士達が全員地面に倒れる。


 ――何が起きた……!?

 公爵が驚いていると、暗闇の中から一人の少年が姿を現した。右目に大きな眼帯を付けて、黒い犬を連れている。


「こんばんは。マイヤール公爵……ですね?」

 少年は言った。

 公爵は、その少年の顔に見覚えがあった。――確か、ルーセット共和国との条約の調印式典で……

「ああ……。君は、まさか……」

「通りすがりの冒険者です。……よかったら、安全な場所まで護衛しますよ?」

 そう言って、少年は微笑んだ。彼の背中には、歪な白い翼が生えていた。



 *****


 マイヤール公爵を乗せた馬車は無事に帝都を脱出し、夜の街道を走っていた。


「先ほどは助かった。礼を言うぞ、賢者殿。……だが、ルーセット共和国の『賢者』がどうしてこんな所に?」

 馬車の中で、公爵は翠に尋ねた。

「あなたのことを探していたんです、マイヤール公爵」

「……私を? 何のために?」

「伝言と、今後のご相談のために」

 翠は答える。


「伝言……?」

「はい。――マリアンジュ皇女は生きています」

「何だと……!? 本当か……!?」

 公爵は思わず叫んだ。

「はい、今は僕の師匠……古き魔女アーカーシャの元で保護しています」

「ほ、本当に生きているんだな……!? よかった……、マリア……!!」

 喜びのあまり、公爵は天を仰ぐ。


 マリアンジュを生んですぐ亡くなった彼女の母の旧姓は、リディア=マイヤール。

 ジョセフ=マイヤール公爵は、マリアンジュの母方の祖父だ。――今となっては数少ない、マリアンジュの肉親である。


 孫娘の生存を喜ぶ公爵の様子に、翠は少しだけほっとする。

 ――よかった。権力欲でマリアンジュを利用するタイプの人ではなさそうだ。


「ありがとう……、本当に礼を言うぞ、賢者殿……」

「いえ……。それで、今後についてなんですが、公爵はこの後どう動くおつもりですか……?」

「……ジェルマンが支配する帝都にはいられない。一旦、自分の所領に戻るつもりだ」

 エルシア帝国の国土は広い。帝都であるフラムフェルおよびいくつかの直轄地を除いては、貴族達が各々の領地を治めていた。


「領地に戻って、その後は? いずれ、地方にもジェルマンの支配の手は及ぶでしょう。今はジェルマンに反対している貴族達も、いつまで抵抗できるか分かりませんよ」

「……何が言いたい?」

「ジェルマン元帥に反対する勢力も、バラバラでは力が弱い。彼の支配を覆すためには、まとまった力が必要です。……マイヤール公爵、あなたほどの貴族であれば発言力も強い。ジェルマン元帥に反対している有力者達をまとめて、元帥と戦う気はありませんか?」


「私に、反元帥派の大将になれ……ということか」

「……はい」

 翠は頷く。


 ジェルマン元帥と戦うためには、求心力が必要だ。

 元帥に反対する派閥をまとめるのはもちろん、今は傍観している中立派を取り込む必要もある。

 ――皇帝殺しを糾弾するという大義名分はある。あとは、影響力の強いリーダーが必要だ。

 これに関しては、エミディオとも相談してエルシア帝国の有力者の中から白羽の矢を立てた。マイヤール公爵であればマリアンジュを悪いようにはしないだろうし、共和国とも友好的にやってくれそうだ。


「ジェルマン元帥は、大陸統一という馬鹿げた野望を本気で叶えようとしています。彼が帝国を掌握したら、次はルーセット共和国を侵略しようとするでしょう。それだけは阻止したい。――だから、あなたが元帥と戦うなら、共和国はあなたに協力します。……これは、ベルトーニ首相からの伝言です」


「なるほどな……、共和国の意図は理解した」

 マイヤール公爵は言った。

「……だが、賢者殿。あなたの動機は何だ? 共和国への愛国心か?」

「まあ、それもありますけど……」


 ――もちろん、ルーセット共和国を守りたいという気持ちはある。あの国の料理は美味しいし……

 アーカーシャとローズの親子間の問題とか、奪われたテジャスの心臓を取り返すとか、色々と理由はあるけど……


「僕はマリアンジュ様に恩がありまして……。彼女の故郷を取り戻したい、というのが一番の動機でしょうか……」

 公爵は少しだけ驚いたような顔をしてから、笑った。

「……そうか、マリアのためか。……そんなことを言われては、祖父としては一肌脱がないわけにはいかないな」

「ありがとうございます、マイヤール公爵」


 ――これで、ジェルマン元帥と戦う戦力を集めることができる。

 最終的にはローズクォーツと戦うことになるだろうが、ジェルマン元帥を倒してエルシアを取り戻すためには、人間同士で戦って決着をつけてもらう必要がある。――勝った方が、国の統治者になるのだから。


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