テジャスの心臓
「エルシアは強い国であった。小国が乱立する戦乱の世を平定した初代皇帝の意思を継ぎ、大陸統一を目指してきた」
フラムフェル城正面の広場に集まった国民の前で、ジェルマン元帥が演説を行なっていた。
翠は正体を隠して再びエルシア帝国に潜入し、大衆に混じって演説を聞いていた。羽根を隠して子供のふりをしていれば『賢者』とはバレない。
「しかし、統一の悲願は忌々しい『魔女』の存在によって阻まれた。アレクサンドル皇帝は事もあろうに『魔女』の力に屈し、共和国と手を結ぶなどという愚行を犯したのだ。我々はここに愚帝アレクサンドルを断罪し、新しい政権の樹立を宣言する。そして、強い帝国を取り戻すのだ……!!」
ジェルマン元帥は、アレクサンドル皇帝の断罪と新政権の樹立を宣言した。
大衆の反応は、困惑が大半を占めている印象だった。ジェルマン元帥に賛同しているのは、もとから条約締結に反対していた一部の国民のみだ。
「忌々しい『魔女』の力に対して、我々はあまりにも無力であった。しかし、そんな我々の前に救世主が現れたのだ……!!」
力強い口調で、ジェルマン元帥は言った。
城の中から一人の少女が民衆の前に姿を現す。
薄桃色の右目、アメジストのような左目。流れるような美しい銀髪に、陶器のような白い肌。少女の人間離れした美貌に、民衆達から感嘆の声が漏れる。
白いベールを被ったその姿は、まるで女神のような神々しさだった。
――ローズクォーツ。間違いない。
彼女の姿を見て、翠は確信した。
この世界に飛ばされたあの時、電車の中でガラスに映ったあの少女だ。
「彼女こそ我らが救世主、聖女ローズである……!! 彼女は、我々に『魔女』と戦う力を授けて下さったのだ……!!」
ローズクォーツは、その手に何かを掲げた。
水晶のようなものの中に、何かが閉じ込められている。
――それは、心臓だった。
水晶の中で、その心臓はまだ動いて鼓動を刻んでいた。
その異様さに群衆の中から悲鳴のような声が漏れる。
「これこそは、古き魔女テジャスの心臓である……!! かの邪悪な魔女は、聖女の手によって封印されたのだ……!!」
――まさか!?
翠は周りに気づかれないようにこっそりと右目の眼帯を押し上げ、エーテルの流れを視た。
水晶そのものが強固な結界となって心臓を閉じ込めているのが分かる。
その心臓からエーテルが漏れ出し、水晶の周囲に渦巻いているのが視えた。
――間違いない。あれは本物のテジャスの心臓だ。
フラムフェル城の地下道の奥で眠りについていた古き魔女テジャスの本体。それを、翠は以前に一度見ている。
あのテジャスが、そう簡単に負けるとは考えにくい。
――ローズクォーツは、一体どうやってテジャスを封印したんだ……?
「我々は、魔女に対抗する手段を手に入れたのだ!! 古き魔女など恐るるに足らず!! 今こそ、大陸統一の悲願の実現を……!!」
興奮気味に、ジェルマンは叫んだ。
テジャスを封印できたということは、他の『古き魔女』も封印することが可能ということだ。
――ジェルマンの口ぶりからすると、狙いはアーカーシャ、そしてルーセット共和国か。アーカーシャを封印してしまえば、武力で劣るルーセット共和国を攻め落とすのは容易い。
民衆の反応は、賛同と非難が半々だった。歓声とブーイングが入り混じり、広場は混沌とする。
そんな中、ローズクォーツが翠の方を一瞥し、微笑んだような気がした。
――気づかれた? まさか……
群衆の間を縫って、翠は広場から抜け出した。
そして、城の近くの森の中でリューイと一緒に隠れていたガーネットと合流する。
「……スイ、どうだった?」
「間違いない……、『聖女』はローズクォーツだ」
翠は、広場で見聞きしたことをガーネットに伝える。
「テジャスの心臓を……!? 一体どうやって……」
「分からない……。この後、フラムフェル城の地下道に潜って、テジャスが眠っていた場所を念のため確認してこようと思う」
――今更その場所を確認しても無駄かもしれないけど、一体何が起こったのか、手掛かりくらいは残っているかもしれない。
フラムフェル城の地下には、皇族しか知らない秘密の通路が伸びている。非難通路としても使われていたため、城の外部と繋がっている出入り口も何箇所かあった。
マリアンジュから、あらかじめその出入り口の場所は聞いている。彼女が知っている範囲で、地下通路の地図も描いてもらっていた。
翠は、ガーネットと共に城の地下に潜った。
――テジャスの心臓を入手したということは、反逆軍の連中もこの地下道の存在を知っているということだ。中で敵と鉢合わせする可能性もあるが、まあその時はその時だ。
以前に潜った時と同じく、石造りの地下道が延々と続いている。魔法で杖の先端に明かりを灯し、翠は地下道を進んでいった。
頭の中に暗記した地図を頼りに通路を進んで行き、しばらく歩くと、見覚えのある場所に出た。
かつて、マリアンジュと共に歩いた通路だ。その際に記した目印がまだ壁に残っている。
――だが、その床には明らかに、別の複数の人間の足跡が残されていた。
足跡を辿っていくと、程なくしてテジャスが眠っていた部屋の前にたどり着いた。
以前は古代文字によって封印が施されていたその部屋の壁が、今は開いたままになっている。
円形の狭い部屋の中に描かれた魔法陣は、踏み荒らされて破壊されていた。
以前はここに、テジャスの心臓が浮かんでいたのだ。
――ここで、一体何があったんだ……?
念のため部屋の中に入って何か残されていないか確認をしていると、不意にどこからか声が聞こえた……ような気がした。
「……ガーネット、今何か言った?」
「ううん、何も……」
その時、翠の目の前に人魂のような頼りない炎が出現した。
炎は形を変え、人間の姿を形成する。だが、その姿は薄く、背後の壁が透けて見える。
「……よぉ、人間。また会ったな」
「古き魔女テジャス……?」
その姿は、以前に見た古き魔女テジャスその人だった。炎のような髪をした、赤いドレスを纏った長身の美女。――が、以前に会った時のような威圧感はなく、どこか弱々しい。
「ああ。……正確には、その残りカスみてぇなもんだ。ご覧の通り、心臓を奪われちまったからな」
「まさか……、あなたほどの人がどうして……」
翠の言葉に、テジャスは自嘲気味に笑った。
「はっ……、教えてやってもいいけどよ、代わりに一つ俺の頼みを聞いてくれねぇか?」
「頼み……?」
「ああ。俺をアーカーシャのとこへ連れて行け」
「えっ……、『古き魔女』は盟約によって他の魔女のテリトリーには入れないんじゃ……?」
「さっきも言っただろ、俺はただの残りカスにすぎねぇ。盟約違反にはならねぇよ」
ぶっきらぼうに、テジャスは言う。
「わ……、わかりました。師匠のところへ連れて行きます。だから、あなたに何があったのか教えてください」
「……いいぜ、俺の記憶を見せてやる」
テジャスは人魂のような姿に戻ると、翠の脳内に直接侵入してきた。
――ここで何があったのか、テジャスの記憶の中で翠は見た。




