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エルシア帝国の聖女

 柔らかい陽の光を感じて、マリアンジュは目を覚ました。

「……ここは……」

 知らない部屋のベッドの上でマリアンジュは眠っていた。破かれた衣服はいつの間にか着替えさせられており、ブカブカのローブのような服を着せられている。

 ――と、というかこれってスイの服では……


「お目覚めになりましたか」

 急に声をかけられて、マリアンジュはビクッと体を震わせた。

 ベッド脇の椅子に、青い髪の少女が座っていた。顔は整っているが、表情がないため少し怖い。


「お、お前は誰じゃ……!? ここは一体……」

「私はラピスと申します。今、スイを呼んだので少し待っていて下さい」

「え……?」

 ――呼んだってどうやって?

 不思議に思っていると、バタバタと走ってくる足音が部屋の外から聞こえてきた。


「マリアンジュ様、よかった、目が覚めたんですね」

 ドアを開けて、エプロン姿の翠が部屋に入ってきた。

「スイ……!!」

 安心して顔をほころばせ、マリアンジュは思わず翠に抱きついた。翠はマリアンジュを優しく抱き返す。


「……ここは一体どこなんじゃ?」

「僕の師匠の館ですよ。この部屋は、普段僕が使っている部屋です。……すみません、部屋の用意が間に合わなくて」

「そ、そうか……。ここはスイの部屋なのか……」

 改めて、マリアンジュは部屋の中を見回してみる。小じんまりした部屋の壁は全て本棚で埋め尽くされており、床にまで本が乱雑に積み上げられている。文机の上も本や紙束で雑然としていた。


「す、すみません散らかってて……」

「……い、いやそんなことは……。その、スイの師匠というのは……確か……」

「古き魔女アーカーシャですよ」

 驚いて、マリアンジュは目を見開く。

「こ、ここにアーカーシャがいるのか……?」

「はい。でも、師匠は基本的に自室から出てきませんので……」

「そ……、そうなのか……」


 『古き魔女』というのは、おとぎ話の中だけの存在だとマリアンジュは思っていた。翠と一緒にテジャスに出会ったあの日までは。


「今ちょうど朝食を作っていたところなんですよ。……食事はできそうですか?」

「う、うむ……」

 翠に尋ねられて、マリアンジュは急に空腹を思い出した。そういえば、最後にまともに食事をしてからどれくらい時間が経ったのかよく分からない。

 思い出そうとすると、急に涙が溢れてきた。――侍女たちは、あの城から無事に逃げられたのだろうか。


「マリアンジュ様……」

 翠はマリアンジュの体をもう一度抱きしめる。

「だ、大丈夫じゃ……」

 マリアンジュは気丈にもそう答えた。翠の前で、あまり情けない姿ばかり見せたくなかった。

「……それじゃあ、朝食を用意してるので、着替えが済んだら食堂まで来て下さいね」

「あ……」

 そう言われて、マリアンジュは自分が寝起きのままの姿であることに今更気づいて顔が赤くなった。



「着替えの用意が間に合わなかったので、申し訳ないですが私達の服を着て下さい。サイズは大きいと思いますが」

 淡々と、ラピスはそう言った。

「うむ……、世話になる身で文句は言わん……」

 マリアンジュはラピスの服を借り、長すぎるスカートを裾上げしてもらった。

「どうですか?」

「うむ、なかなか悪くないの」

 ――まさか、メイドの服を着ることになる日が来るとは……

 だが、状況を考えれば仕方がない。


 最低限の身だしなみを整え、ラピスに連れられて部屋を出る。部屋の外に広がるその光景に、マリアンジュは驚愕した。

 見渡す限りどこまでも本棚で埋め尽くされた、アーカーシャの大図書館。


「すごい……、フラムフェル城の書庫より本が多いかもしれん」

「はぐれないようについて来て下さいね。迷子になりますよ」

 事務的に、ラピスは言う。

「う、うむ……」

 無計画な増築を繰り返した結果、図書館はかなり複雑な構造になっている。確かに、ぼんやり歩いていると迷子になりそうだった。



 食堂は、かなり小じんまりしたものだった。翠がこの館で暮らすようになってから、もともと物置だった部屋を改装して台所兼食堂に作り替えたのだ。

 台所では、翠が食事の準備をして待っていてくれた。


「翠は自分で食事を作っているのか? シェフはいないのか?」

 不思議そうに、マリアンジュはそう尋ねた。もちろん悪意はない。

「い、いませんよ……。自分の食事は自分で作ってます。まあ、料理するの好きですし……」


 パンと暖かいスープだけの質素な食事。

 マリアンジュは、スープを口に運んでみる。シンプルだが優しい味付けだった。

「……美味しい」

「よかった。皇女の口には合わないんじゃないかと心配してました」

「私は……、今の私はもう皇女ではない……」

 マリアンジュは言った。


「私は……これからどうすれば……」

 ――父が殺され、城も敵に占領されてしまった。もう、帰る場所も行く所もない。そのことを考えると、また涙が出そうになった。


「スイ、その……、私をしばらくここに置いてくれんか? メイドの仕事でもなんでもやるから……!!」

「メ、メイドの仕事は間に合ってるので大丈夫ですよ。……心配しなくても、状況が落ち着くまでずっとここにいていいんですよ」

「い、いいのか……?」

「はい、もちろんです」

 翠は頷いた。――最初からそのつもりだった。マリアンジュは、ここで保護しているのが一番安全だ。


「どうして、私にそんなに優しくしてくれるんじゃ……?」

「……以前、僕がオニキスに囚われていた時に、マリアンジュ様は僕を助けようとしてくれました。古き魔女テジャスに会えたのも、マリアンジュ様のおかげです。だから、今度は僕がマリアンジュ様を助けます」

「……ありがとう……、スイには助けられてばかりじゃな……」


 意を決して、マリアンジュは言った。

「そ、その……、私はもう皇女ではないのだから、様付けではなく『マリア』と呼んでくれんか……?」

「え……!? い、いいんですか!?」

「う、うむ……。それに、敬語もやめてほしい……」


 突然の申し出に、翠は戸惑った。

 ――い、いいのかなぁ……? でも、本人がそう望むなら……


「わ、分かりまし……、いえ、……分かったよ、マリア」

 自分で言っておきながら、翠に「マリア」と呼ばれるその破壊力にマリアンジュは顔を赤くする。


 翠は、そんなマリアンジュの様子を微笑ましく見つめていた。

 ――心配していたけど、思ったより元気そうでよかった。気丈に振る舞っているだけかもしれないけど……





 マリアンジュ皇女を探すために、翠は城を占拠した反逆軍の兵士達の思考を読んだ。

 その際にクーデターの詳細についていくつかの事実が分かったので、翠はその情報を整理していた。


 クーデターの首謀者はジェルマン元帥という人物だ。彼は、帝国とルーセット共和国との友好条約締結に反発しており、アレクサンドル皇帝を「弱腰」と非難していた。

 また、先日の武器密売の件で、ドルイユ商会と癒着していた軍幹部が実は思ったより多くいたらしい。それに伴って、皇帝は大規模な粛清人事を行った。それに反発した軍幹部が、ジェルマン元帥に加担したらしい。


 ――だが、それだけでは皇帝殺害まで至るには動機が弱い気がする。

 クーデターを後押しした人物が、他にいたのではないだろうか。


 精神感応で相手の心を読む際は、表層意識のイメージを読み取る。

 ――『我らが聖女の導きのままに』

 彼らの意識からは、そのような言葉が読み取れた。


 そして、その『聖女』のイメージは、翠の知っているものだった。

 薄桃色の右目、アメジストのような左目。髪も肌も真っ白な、人形のような少女。


 ――ローズクォーツ。

 アーカーシャから離反して現在行方不明となっている、4番目の自動人形。


 マリアンジュを救出することを優先したため、その時はそれ以上のことは調べることができなかった。


 ――調べないと。『聖女』とやらが本当にローズクォーツなのか。

 エルシア帝国で一体何をしようとしているのか。


「……シトリン、僕が調べた情報をエミディオさんに伝えてもらえるかな? それと、シェナスでマリアンジュ皇女が着れそうな服を何着か買ってきて。いつまでもメイド服を着せておくのも申し訳ないし……」

「了解っス!! シトリンはお役に立つっスよ〜」

 そう言って、シトリンは早速ドラゴンに乗って飛び立っていった。


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