ヴァーユとの決戦
翠が飛び降りた後、ラズはドラゴンを旋回させて適当な場所に着地させた。クロと一緒に駆け寄って来たラズに、翠は言う。
「ラズはガーネットと一緒に負傷した人たちを避難をお願い」
「分かりました」
ラズは簡潔に答える。
「アルジフさんも、陛下と一緒にここから避難してください」
「……ああ。死ぬなよ、賢者さま」
アルジフはそう言って、イスマエルに肩を借りてその場を離れた。
「心配しなくても殺したりしませんわよ、賢者サマ。あなたが負けたら、あなたの心も体も私のものになってもらいますわ」
オニキスの姿で、楽しそうにヴァーユは言う。
「勝利報酬を勝手に増やさないでもらえますか!? というか、何で『古き魔女』ってみんな僕の体を欲しがるんです……!?」
「そりゃあ、異世界人なんてレア生物、欲しいに決まってますわ。優しく飼って差し上げましてよ?」
「遠慮します……。それじゃあ、代わりにハンデを下さい。僕は身体面で不利すぎる。クロに乗ってもいいですか?」
「……まあ、それくらいなら構いませんわよ。簡単に終わったらつまらないですものね。ただし、あくまで移動用ですわよ?」
「はい。クロに攻撃はさせません」
駆け寄ってきたクロがオルトロスの姿に変化し、翠を背中に乗せた。
ちなみに、クロは大きさをある程度自由に変えられる。今は最大サイズではなく、小回りが効くように馬くらいの大きさになってもらった。
ヴァーユの周りのエーテルの流れを視るために、翠は右目の眼帯を外した。
空気中のエーテルがヴァーユの周囲に集まり、禍々しい大樹のように枝を伸ばしているのが視える。
――うわぁ……、戦いたくない……
考えてみれば、『古き魔女』と正面から戦うのはこれが初めてだ。正直なところ、単純な魔法の撃ち合いで勝てるとは思えない。――何か、彼女の裏をかく方法を考えないと。
「もう、準備はよろしいかしら? 行きますわよ……!!」
ヴァーユの周囲のエーテルが、腕のような形に変化する。不可視の手が、翠の体を絡め取ろうと迫ってきた。
「ちょっ……待っ……!!」
クロは即座に反応し、その場から全力で離脱した。その間に、翠はエーテルを拡散させる術式を構築する。
「……diffusio……!!」
翠が展開した魔法陣に触れると、不可視の手は空気に溶けるように霧散する。
「無駄ですわよ……」
楽しそうに、ヴァーユは言った。
魔法でエーテルを散らしたところで、不可視の手はすぐに再構築されて襲ってくる。
――だったら、利用することを考えた方がいいか。
翠は拡散術式を組み替えて、エーテルを吸収する魔法陣を構築する。
魔法陣に触れた不可視の手のエーテルを吸い取り、それを即座に爆発のエネルギーへと変換する。
「……explosion……!!」
そして、容赦なくヴァーユのいる空間に座標を定めて爆破した。だが、爆炎が収まった時、その場所にヴァーユの姿はない。
「まあまあの威力ですわね」
ヴァーユは、翠の背後にいた。
「……お返しですわ」
同じ威力の爆破魔法を返される。クロが即座に退避してくれたおかげで、爆発の直撃は免れた。
「空間転移はズルじゃないですか……!?」
「そんなルールはございませんわ。悔しかったらあなたも空間転移くらい習得してご覧なさいませ」
――無茶なことを言ってくれる。
ヴァーユを中心として風が巻き起こり、ヴァーユの体がふわりと舞い上がった。
「……さあ、お楽しみはこれからですわよ」
激しく渦巻く風が翠に襲い掛かる。もちろん、それはただの風ではない。巻き込まれた物体をズタズタに切り裂く風の刃だ。
「……ex……aer……!!」
風には風を。翠は空気を操る呪文で風の刃を相殺する。だが、威力は弱められたものの完全に相殺することはできなかった。
「痛っ……」
皮膚を切り裂かれ、翠は思わず呻く。
――大丈夫、傷は浅い。
クロを猛ダッシュさせて、翠は風の刃から逃亡する。――と見せかけて、ヴァーユを人気のない方へ誘導した。ここで大きな魔法を使えば、王宮を巻き込んで破壊しかねない。
ヴァーユの開けた壁の大穴から外に出て、砂漠の方へと走った。
「……逃がしませんわよ?」
風に乗ってふわりと舞うように、ヴァーユは翠を追ってくる。
背後から、一層規模を増した風の刃が襲ってきた。
「くっ……!!」
クロの足を止めて、翠は再び風の刃を相殺する。
「防御しているだけでは勝てませんわよ?」
「分かってます……!!」
少しでも気を抜けば、風の刃にズタズタにされる。
防御の手は緩めずに、翠はもう一度、ヴァーユのいる空間を爆破した。ヴァーユは瞬時に空間を渡るが、その間は風の刃が止む。
防御のために使っていたエーテルも上乗せして、更に火力の高い爆破魔法をヴァーユの転移先の空間座標に叩き込んだ。
「……explosion……!!」
「なっ……!?」
咄嗟に、ヴァーユは爆発エネルギーを相殺しようとした。しかし、全ては抑え込めず多少はダメージを負ったようだ。衣服の一部が破れ、皮膚に火傷を負っている。
「そういえば、あなたには視えているんでしたわね……」
エーテルは魔法の源であり不可視の元素。翠は、その濃度変化を視覚的に捉えることができる。
空間転移の魔法は、転移先の空間に大きなエーテルのゆらぎが発生する。――それを見逃しさえしなければ、空間転移は封殺できる。
「……この痛み、久しぶりですわ」
ダメージを受けたはずのヴァーユは、何故かうっとりとしたように言った。
「さすがは、アーカーシャが弟子に選んだほどの子……。さあ、もっと私を愉しませて下さいまし……!!」
ヴァーユの周囲に大量のエーテルが流れ込んでいくのが、翠には分かった。それはまるで、巨大な翼のように見えた。
――すごい。どうすればあんな大量のエーテルを自在に操れるんだろう。
空気中のエーテルが吸収された分、周囲から空気が流れ込んでくるため、ヴァーユの周りで風が巻き起こる。
今まで無詠唱で魔法を行使していたヴァーユが、何かを呟いた。翠にとっては聞き慣れない、古代魔法の響き。
上空へ吹き上がる風が発生したかと思うと、今まで雲一つなかった空に突如として大きな雲が発生した。急速に発達した積乱雲の中で、雷鳴がとどろく。
ひどく嫌な予感を覚えて、翠は身構えた。
「行きますわよ……?」
轟音と共に、無差別な雷撃が地面に降り注いだ。雷が直撃した地面は爆ぜて、焼け焦げている。
――何だこのメチャクチャな魔法……!!
「殺す気がないとか、嘘ばっかりじゃないですか!!」
雷の直撃を受ければ即死は確実だ。翠が逃げ惑う様子を見て、魔女は楽しそうに笑っていた。――わざと外して楽しんでるな……
雷撃の魔法なら翠にも使える。積乱雲にたっぷりと溜め込まれている電荷のエネルギーを、逆に利用してやればいい。
放電されたエネルギーを受け止めて、ヴァーユに投げ返す。
「……thunderbolt……!!」
いつぞやクラーケンを倒した雷撃魔法を、ヴァーユのいる座標に向けて放った。
ニヤリと笑って、魔女はその空間から姿を消す。
――また、空間転移か。転移先の座標にもう一発雷撃魔法を打ち込んでやる。
そう思って周囲のエーテルの流れを注視したその時、ぞわりと背筋に寒気が走った。――後ろ。
ヴァーユは翠の背後に、彼の背中に密着するような至近距離に出現した。
「なっ……」
そのまま、ヴァーユは翠の体に腕を回して抱きしめる。そして、彼の体に電流を流した。
「……ああああああぁっ……!!」
貫かれるような激痛に、翠は悲鳴を上げた。クロも感電して足が止まる。
「私のものになるか、それともこのまま私の腕の中で死ぬか、選んで……?」
ヴァーユは、翠の耳元で囁いた。
「どっちもお断りします……!!」
――もう二度と、誰の傀儡にもならないと心に決めている。
「……ex……aer……!!」
空気を操る魔法の応用。翠は先ほどのヴァーユの魔法を真似して術式を構築する。
風の刃が、ヴァーユの体を切り裂いた。
「…………っ!!」
ヴァーユは即座に翠の体から離れた。反応が早かったおかげで、ヴァーユの傷は浅い。それでも、衣服が切り裂かれ、傷口から血が流れている。
「……お返しですよ」
「真似をしないで下さいまし……」
頬を伝う血を拭って、ヴァーユは笑った。
*****
王宮の見張り台の上に登って、ガーネット達は二人の戦いを見守っていた。
「……古き魔女は天候まで操るのか」
アルジフは思わず呟いた。――勝てないわけだ。次元が違いすぎる。
「その魔女と戦える賢者とやらも、人間とは思えんな……」
彼らの戦いを眺めながら、呆然とイスマエルは言う。
「そ、そんなこと言わないで下さい。スイは人間ですよ」
ガーネットは言った。
「……すまない」
イスマエルは翠の人となりを知らない。あの力だけ見たら、そう思ってしまうのも無理はない。
「スイ……」
相変わらず何もできない自分が、ガーネットは歯痒かった。




