剣聖アルジフ
長かった宴がようやくお開きになる頃、ガーネットが翠に駆け寄って来た。
「スイ……!! 大丈夫だった……!?」
「うん、何とか女王から話を聞くことはできたよ」
「それもあるけど、何か変なこととかされなかった!?」
「だ、大丈夫……。何もしてないしされてないよ……」
「よかった……。スイが戻ってくるのがもうちょっと遅かったら、女王の部屋に乗り込もうかと思ってたよ……」
心底安心したように、ガーネットは言った。どうやら、翠の身を心配してくれていたようだ。
用意してもらった寝室に引き上げてから、翠は女王から聞いた話をガーネットにも伝えた。
「……なるほど、武器の密輸は女王の指示ではなかったんだね。よかった」
「うん、でも誰が首謀者なのか、まだこれから調べないと……」
「とりあえず、聞き込みとか情報収集は私がやるよ。翠はしばらく古文書の方に集中してて」
「いいの?」
「うん、あんまり露骨に動くと怪しまれそうだし。それくらい私に任せてよ」
――確かに、会話から情報を集めるのはどう考えてもガーネットの方が向いている。
「ありがとう。それじゃあ、お願いするよ」
翠にとっての興味関心はあくまで古き魔女ヴァーユや『世界樹』に関する情報だ。せっかく王宮の書庫に入る許可をもらったのだから、そちらもじっくり調べたかった。
*****
ガーネットのお言葉に甘えて、翠はそれから丸三日ほど書庫に引きこもっていた。あまりにも外に出てこないので使用人が心配して何度か様子を見に来たほどだ。
気分転換も兼ねて三日ぶりに外に出ると、イゼプタの強い日差しに翠は思わず目を細めた。
「よぉ、賢者さま」
王宮の敷地内の庭を散歩していると、翠に声をかけてくる者があった。浅黒く日焼けした肌の、壮年の男性だ。
「アルジフさん!!」
――そう言えば、彼は剣術指南役として王宮に出入りしていると言っていたっけ。
「まだ王宮にいたんだな」
「はい、王宮で保管されている古文書を調査させてもらう間、しばらくは滞在させてもらう予定です」
「そうか……。何か、早速女王の毒牙にかかったとか噂になってたが大丈夫か?」
――うっ、やっぱり噂になってるのか……
「……寝室には連れ込まれましたが幸い未遂で済みました」
「そ、そうか。まあ、引き続き気を付けろよ」
「そうします……」
「ところで、これから兵士の剣術訓練をやるんだが、お前も一緒にやるか?」
「え……!? い、いえ、僕は遠慮しておきます……」
翠は体力も筋力も平均以下だ。重い鉄の剣を振り回せる自信はない。――体育の成績だけずっと通知表で「2」だったし。
「そうか……。まあ、何なら見学だけでも歓迎するぜ」
「はい、見学だけなら……」
王宮の広い練兵場の隅で、翠は剣術訓練の様子を眺めていた。
――何か、体調不良で体育を見学してる時みたいな気分だなぁ……
様子を見に来たガーネットが、翠に声をかける。
「スイ、古文書の方はどう? 進んでる?」
「まあまあかな……。今のところ、これと言って新しい情報はないけど。……ガーネットの方はどう?」
「王宮の使用人とか兵士にそれとなく話を聞いてるけど、残念ながら目ぼしい情報はないなぁ」
「そっか……」
――まあ、そう簡単にはいかないか。
二人が話していると、アルジフが声をかけてきた。
「よう、嬢ちゃん」
「アルジフさん、こんにちは」
ガーネットは愛想よく挨拶を返す。訓練中の兵士たちが、チラチラとガーネットのことを見ているのが露骨に分かった。
「おいお前ら、よそ見すんな」
アルジフがそんな兵士たちを一喝する。
「この嬢ちゃんはな、お前らよりずっと強いんだぞ? 何なら俺より強いかもしれん」
兵士たちがざわめく。アルジフの冗談だと思っている者が多いようだ。
「いやぁ、さすがにアルジフさんより強いかどうかは……」
謙遜して、ガーネットはそう言った。
「……試してみるか?」
不敵に笑って、アルジフは言った。
「えっ……」
ガーネットは困惑する。……が、正直なところ、『剣聖』とまで呼ばれるアルジフの実力にはガーネットも興味があった。
「……そうだね、面白そうかも」
「え、ガーネット……?」
驚いて止めようとする翠に、ガーネットは慌てて言った。
「だ、大丈夫!! これはあくまで訓練だから!! ねっ……?」
「……そ、そっか。怪我しないでね。……というか、怪我させないでね」
「うん、もちろん……!!」
「はっ、舐められたもんだな……」
二人のやり取りを聞いて、アルジフはぼやいた。
そんなわけで、急遽アルジフとガーネットの模擬戦が行われることになった。周囲では、兵士たちが興味津々といった様子で見物している。
「どこからでもかかってきていいぜ、嬢ちゃん」
自らの武器を構えて、アルジフは言った。
アルジフの武器は刃渡りの長い長剣だ。その上、彼は身長も高い。ガーネットと比べると間合いの長さに歴然とした差がある。――となれば、ガーネットは相手の懐に飛び込むしかない。
「うん……!!」
短剣を抜き、地面を蹴ってガーネットはアルジフとの間合いを詰める。
――速い!!
彼女の俊敏さに、周囲の兵士達からざわめきが漏れる。ギャラリーの誰もが驚く中、アルジフだけは彼女の動きを冷静に目で捉えていた。
彼女が自分の間合いに入った瞬間、アルジフは正確に剣を振り下ろす。
だが、その動きはガーネットも読んでいた。横に半歩移動してアルジフの一撃をかわし、そのまま懐に入る――つもりだった。
アルジフは振り下ろした刃を即座に返し、斬り上げたのだ。
「…………っ!!」
ゾワッと悪寒が走り、ガーネットは直感に従ってその場から飛び退いた。おかげで、衣服と皮膚を浅く切り裂かれる程度で済んだ。――危なかった。一瞬でも判断が遅れていれば、胴体を真っ二つにされていた。
「へぇ……、良い勘してるな。これを避けられたのは初めてだぜ」
心底感嘆したように、アルジフは言った。ほんの刹那の高度な攻防に、ギャラリーも静まり返っている。
「え……、今のって燕返し……」
ギャラリーに混ざって見物していた翠は、思わず呟いた。
「おっ、いいねぇ。その技名かっこいいな」
「……というか二人とも殺る気満々じゃないですか!! やっぱりやめて下さい!!」
このままでは本気で殺し合いそうな雰囲気を感じ、翠は二人を止めた。
「いや、ちゃんと寸止めするつもりだったぜ……?」
「う、うん。そうそう……」
「もう、二人とも強いのは分かったので十分ですよ」
「……まあ、そうだな。今のでガーネット嬢ちゃんが強いのは十分分かったぜ」
興が削がれたようにそう言って、アルジフは剣を収めた。
「もう行こう、ガーネット」
「うん……」
翠に促されて、仕方なくガーネットも剣を収める。ガーネットは考えていた。
――もし本気で戦ったとしたら、私はこの人に勝てるのかな……?
一対一で戦って勝てないかもしれないと思ったのは、彼女にとって初めての事だった。




