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戦争の火種

 甘ったるい香の匂いがまとわりついてくる。

 翠が目を覚ますと、どこかの部屋の大きなベッドの上だった。天蓋から垂れ下がった薄絹がベッドの周囲を覆っている。

 下着一枚のあられもない姿になったエスメラルダが、翠の体の上に馬乗りになって服を脱がせている最中だった。

「…………!?」

「あら、もう目が覚めたの? 薬に耐性でもあるのかしら……」

 不思議そうに首をかしげて、エスメラルダは言った。


 翠は意識を失う直前に、薬物の成分を中和する魔法を自分にかけていた。中和はまだ完了していないため、意識は戻っても体は上手く動かない。


「残念だわ、眠っている間に手っ取り早く既成事実を作ってしまおうと思ったのに」

「き、既成事実って何ですか。やめて下さい……!!」

「どうして? ……あなた、飲み物に薬が入ってるって分かっていて飲んだわよね?」

 エスメラルダは、翠の唇を指でなぞる。

「それは……」


「こうなることを期待していたんじゃないの……?」

 翠の耳元で、エスメラルダは囁いた。吐息が耳をくすぐる。

「ち、違います……!! 僕は……」

 ようやく体が動くようになってきたので、翠は彼女の腕の中から逃れてベッドの上で後ずさった。


「僕はただ、あなたと二人きりでお話ししたいことがあっただけで……」

「まあ、嬉しいわ。是非語り合いましょう? 体で……!!」

「だからそういうことではなく……!!」

 ――どうしよう。『色狂い』という噂は本当かもしれない……


「確かに、飲み物に薬が入っているのは気づいていました。それでも敢えて飲んだのは、あなたの人となりを確かめたかったからです。……もう、十分わかりました」

 冷めた目で女王を一瞥して、翠はベッドから降りようとした。


「……待って」

 エスメラルダは、そんな翠の腕をつかんで引き止めた。振り払おうとしたが、彼女が意外にも真剣な目をしていたため、翠は思い止まる。

「薬を盛ったことは謝るわ。……だから、話を聞いてちょうだい?」

 先ほどまでとは打って変わって真面目な表情で、エスメラルダは言う。


「分かりました、話を聞きます……」

「ありがとう」

 エスメラルダは微笑んだ。今までの妖艶な笑みではなく、自然な微笑みだった。

「外国からの旅人であるあなたにこんなことをお願いするのはどうかと思うかもしれないのだけど、あなたを『賢者』と見込んで頼みがあるの」


 彼女の話はこうだった。

 ――イゼプタ国内で、大規模な武器の密輸を行っているグループが存在している。彼らの尻尾をつかむ手助けをしてほしい。


「武器……、もしかして、エルシアの銃火器ですか?」

「そうよ。銃火器類は禁輸品なのだけど、どうも勝手に輸入を行っている連中がいるみたいなのよね」


 実を言うと、翠はルーセットの首相からも依頼を受けていた。――どうも最近、エルシア帝国からイゼプタへ武器の密貿易が行われているようだ。できれば、イゼプタ側の目的を探ってきてほしい。……というのが依頼内容だった。

 ――本当は、そんなスパイみたいな依頼は断りたかった。

 しかし、理由次第ではルーセットとイゼプタの間の友好関係が揺らぎかねない問題である。


 余談だが、密貿易が発覚したのは、海賊から海上警備にジョブチェンジしたファラルダ達がルーセットの領海を航行する未確認船舶を捕獲したのが発端らしい。


「……実は、僕が聞きたかったのもその件でした。イゼプタは一体何の目的で武器を密輸しているのか」

「密輸を行っているのは断じて私じゃないわよ、もちろん許可もしてない。内乱も戦争もまっぴらだもの」

「あなたに隠れて密輸を行っている何者かがいる、ということですね」

「そういうことよ。……ねえ、利害の一致ということで手を貸してはもらえないかしら?」


「ちなみに、密輸グループの首謀者に心当たりは?」

「ありすぎて困っているわ」

 エスメラルダは肩をすくめた。

「だから宮廷内の人間には頼れないのよ。分かってくれるかしら?」

 ――恐らく、先ほどの宴の会場に集まっていた王侯貴族や宮廷の関係者達の中にも容疑者がたくさんいるのだろう。


「もしかして、僕に薬を盛ってここに連れ込んだのはそのためですか……?」

 性的ないたずら目的ということにしておけば、仮にあの会場内に黒幕がいたとしても密談とは気づかれない。


「そ……、そうよ?」

 微妙にエスメラルダの目が泳ぐ。

「……でもそれなら服まで脱がす必要はなかったですよね。最初は結構本気でしたよね?」

「それはその……、顔が好みだったからつい……。味見くらいならいいかなって……」

「…………」

 ――どうしよう、本当にこの女王を信用していいんだろうか……




 大広間に戻ると、宴会はまだ続いていた。翠が薬で眠らされていたのは、それほど長い時間ではなかったようだ。女王と共に戻ってきた翠に対して、チラチラと下世話な視線が向けられる。

 ――ああ、完全に事後だと思われてるなぁ……


 翠は精神感応でエスメラルダとリンクを繋ぎ、普通に食事をしている風を装いながら脳内で会話を試みた。

『……本当に頭で考えるだけで会話ができるの?』

『はい』

『すごいわ。魔法って便利なのね』


 エスメラルダは広間に集まっている人物の中で、怪しいと思われる者を何人かピックアップして説明する。

『……例えば、あれがバネット将軍。軍隊の中には最近の軍縮路線に反発している者も多いわね』

『軍部の反乱とか、割とありそうな話ですね……』

『あと、向こうがレングナー大臣。先王が亡くなった後、私が王座に就くことに最後まで反対していた奴よ。武器を集めてクーデターとか考えてもおかしくないわ』

『……なるほど』

『それと、王位継承権のある王侯貴族も怪しいわね。特に、先王の従弟のモリスンとか。近隣の小国を併合したいっていう野心もあるみたいで、何度も私に進言してきたわ』


『ま……、待ってください。覚えきれません……』

『あら、ごめんなさい。何でか私って敵が多いのよねぇ』

 ――それは普段の素行が悪いせいでは……?


『とにかく、私は戦争なんて無駄にお金がかかることはしたくないの。……ねえ、力を貸してちょうだい?』

『分かりました……。戦争の火種を摘んでおきたいのは僕も同意です』


 ――イゼプタ国内の問題とはいえ、決して対岸の火事とは言い切れない。

 もしも、武器の密輸を行っている何者かが本当にクーデターを起こして王座に就いた場合、エルシア帝国の息のかかった者がイゼプタ国王になってしまう。最悪の場合、イゼプタがルーセットとの和平条約を破棄してエルシア帝国と手を結ぶ可能性も考えられる。……そんな事態は回避しないと。


『ありがとう、頼りにしてるわ。褒美なら後でいくらでも出すから』

『別に、褒美はいりません……。これはルーセットの首相からも頼まれていることなので』

 首筋を撫でてくるエスメラルダの手をやんわりと振り払いつつ、翠は丁重にお断りした。


 ――少なくとも、エスメラルダ女王に戦争の意図がないことは確認できた。この人は、貞操観念がゆるい部分以外は悪い人ではないと思う。……多分。


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