女王エスメラルダ
イゼプタ王国の王都エルサンドラは、広大なオアシスを囲むように建てられた都である。
超巨大サンドワームを倒した翠たちは、イゼプタの王宮に招かれた。女王から直々に褒美を渡したいということらしい。
「……女王に謁見するのか。気を付けろよ」
エルサンドラへ向かう道中で、アルジフが翠に言った。
「気を付けるって、何をです……?」
「俺も剣術指南役としてたまに王宮に出入りするんだが、今の女王にはどうもいい噂を聞かねぇ」
声を潜めて、アルジフは言う。
「……なんでも、『色狂い』って話だ」
「え……!?」
現在イゼプタの王座にいるのは、エスメラルダという女王である。夫であった先王が数年前に亡くなり、彼女が玉座について以来、好き放題に振る舞うようになったという話だ。
「好みの美少年やら美青年を集めてハーレムを作ってるって噂だぜ。……だから気を付けろよ。何となくだが、お前は女王が好きそうな顔してる」
「はぁ……」
――それでも、翠には女王に会わなくてはならない理由があった。
エルサンドラ宮殿は砂岩や大理石で作られた、ドーム型の屋根が特徴的な美しい建築物だった。
謁見の間には多くの家臣や衛兵が並ぶ中、壇上の玉座に女王が座っていた。――イゼプタの女王エスメラルダ。小麦色の肌。菫色の長い髪。年齢は三十前後のはずだが、まだ瑞々しい美貌を保っている。
翠は膝をついて頭を下げ、一通りの儀礼的な挨拶を済ませた。
玉座の上から、女王は言った。
「顔を上げて、あなたの顔をよく見せてちょうだい?」
「……はい」
「あなたがルーセットの『賢者』? 随分若いのね」
「僕……、いえ、私は、年齢的には成人しております……」
「まあ、……合法なのね」
――合法とは?
「サンドワーム退治の件、ご苦労でした。まずはお礼を言わせてもらうわ」
「……いえ、当然のことをしたまでです」
「褒美は何がいいかしら? 金貨でも宝石でも、何でも言って?」
「いえ、お金も宝石もいりません」
翠はそう答えた。
「あら、欲がないのね。では何が欲しいのかしら?」
「僕が欲しいのは、情報です。……古き魔女ヴァーユについて、何か知っていることはありませんか?」
翠がこの国に来た目的は、それだった。――古き魔女ヴァーユ。
イゼプタ王国、あるいはイゼプタのあるこの東大陸アナトレーのどこかにいるはずだ。しかし、今のところそれ以外の情報は何もなかった。
以前、エルシア帝国で古き魔女テジャスに会った時、彼女はエルシアの皇族しか知らない地下通路の奥にいた。――だから、もしかしたらヴァーユについても王族しか知らない情報があるかもしれない。そう考えたのだ。
「古き魔女ヴァーユ……? どうしてそんなことを知りたいの?」
怪訝そうに、エスメラルダはそう尋ねた。
「……私は魔法の研究をしておりますので、できれば『古き魔女』に直接会って教えを請いたいのです」
「ふぅん……、残念だけど、それについて私から与えられるものはないわね」
「そうですか……」
――空振りか……。まあ仕方がない。
「では、王室で保管している古文書の類を閲覧する許可を頂けませんか?」
気を取り直して、翠は言った。
「本当に知識にしか興味がないのねぇ……。まあ、それなら別に構わないわ。好きなだけ書庫に入り浸ってちょうだい」
「ありがとうございます」
翠は女王に頭を下げる。
「……ところで」
不意に、女王が言った。
「ルーセットの賢者には翼が生えていると聞いたのだけど、見せてもらえないかしら?」
「え、……ここでですか?」
謁見の間には多くの家臣や衛兵たちが控えている。人目の多い場所で羽根を晒すのは、翠はあまり気が進まなかった。
「ええ、嫌かしら?」
「……いえ、分かりました」
女王の頼みを無下に断るわけにもいかない。翠は、羽織っていたサイズの大きなローブを脱いだ。ローブの下に隠していた白い羽根が露わになる。右に一枚、左に二枚ある歪な翼。
周囲で見ていた家臣達の間から、小さくざわめきの声が漏れるのが聞こえた。
「まあ、すごいわ。本当に羽根が生えているのね。……こちらへ来て、もっと近くで見せてもらえるかしら?」
「……分かりました」
翠は女王の玉座の近くへと歩み寄る。
「もっとこっちへ……」
「…………」
女王の間近まで歩み寄ると、不意に顎を指で持ち上げられた。
「あなた、本当に可愛いわ……。本当に古文書にしか興味がないのかしら……?」
「……はい」
「そう、残念ね……。欲しいものがあれば何でもあげるのに」
翠から手を放して、女王は言った。
「せっかく遠路はるばる来て下さったんですもの、しばらくゆっくり滞在していってちょうだい。歓迎するわ。……今晩の宴には参加してくれるわね?」
「わ、分かりました……」
――賑やかな場は正直あんまり得意じゃないんだけど……。かと言って、断るわけにもいかない。仕方なく、翠は頷いた。
*****
「見て見て~!! 似合ってる?」
イゼプタの美しい紋様の刺繡があしらわれたドレスを身にまとって、ガーネットがくるくると回ってみせる。
「うん、すごく似合ってるよ」
旅装束のままで宴に参加するわけにはいかないので、ドレスを貸してもらったのだ。メイド服以外のガーネットの姿を見るのは新鮮だった。
翠も正装を勧められたのだが、背中の布を切ってもらうのが申し訳ないので辞退した。代わりに、白い清潔なローブを借りてそれを着ている。
「……女王の件だけど、大丈夫そう?」
声を潜めて、ガーネットが尋ねた。
「うん……。まあ、万が一の時はクロに助けてもらうから大丈夫……」
クロは宮殿の庭で待機しているが、翠とは精神で繋がっているので心の中で呼べばすぐに駆け付けてくれる。
「分かった、……頑張ってね」
「うん……」
*****
王侯貴族の集まる華やかな宴席でも、美人で社交的なガーネットは男性陣の注目を惹きつけていた。彼女の周囲には人の輪が途切れない。
一方、翠は羽根のせいで目立ってはいるものの、どこか遠巻きにされているような気がした。異形の羽根が気味悪がられているのか、それとも何か別の理由があるのかはよく分からない。
――まあ、トークスキルに自信がないので正直話しかけれらない方がありがたいまである。これ幸いとばかりに、翠は一人で黙々とイゼプタの宮廷料理を楽しんでいた。
「楽しんでくれているかしら?」
そんな翠に声をかけてきたのは、エスメラルダ女王だった。
「あっ、はい……」
彼女は翠にグラスに入ったワインのようなものを勧めるが、翠はそれを丁重にお断りした。
「すみません、僕はお酒はちょっと……」
「あら……、残念ね」
エスメラルダは使用人を呼びつけると、アルコールの入っていない果実ジュースを持って来させた。
「……ありがとうございます」
翠がそのジュースに口をつけるのを見ながら、エスメラルダは尋ねた。
「あなたのその羽根は本物……なのよね?」
「はい……」
もはやこの質問は何度もされているので、翠は簡単に経緯を説明する。
「そう……、大変な目にあったのね……」
同情をしている風で、エスメラルダは翠と距離を詰めてきた。
「あの……?」
一歩下がって距離を取ろうとしたその時、不意に翠の足元がふらついた。女王は、自然に翠の腰に手を回してその体を支える。
「……す、すみません……」
「長旅でお疲れなのね。別室でお休みになった方がいいんじゃないかしら……?」
「そう……ですね……」
翠は急激な睡魔に襲われていた。使用人に支えられて、どこかの部屋に案内されたところまでは覚えている。そこで、翠の意識は途切れた。




