サンドワーム
イゼプタ王国は、ルーセット共和国から海を挟んで東側にある。ルーセットとは友好的な関係にあり、定期船も運行されているため比較的行きやすい。国土は広いがそのほとんどが砂漠であり、人が住める土地は少ない。
アルジフ=セドラークはイゼプタ国内でも数少ないAランクの冒険者だ。三十代後半のベテランで、その剣の腕は『剣聖』と呼ばれるほどの達人である。
そのアルジフが、今回の依頼には手を焼いていた。
砂漠に出没する巨大サンドワームがキャラバン隊を襲うため退治してほしい。そんな依頼内容だったのだが、そのサンドワームの大きさが規格外だった。
普通のサンドワームは、大きなものでだいたい10m前後。――まあ、巨大といっても20~30mくらいだろう……そう思って高を括っていたのだが、実際に目の前に現れたサンドワームを見て度肝を抜かれた。
その大きさは、80mを超えていた。さすがに手も足も出ず、情けないことにその場は逃げ帰ることしかできなかった。
――あれはさすがに、俺個人で何とかできる相手じゃない。とはいえ、放っておけばキャラバンどころか町が襲われる可能性がある。
イゼプタ国内に、あの化物に対処できそうな人材はいない。
アルジフは、イゼプタの冒険者ギルドを通してルーセット共和国の冒険者ギルドへ協力を仰いだ。駄目で元々のつもりだったが、ルーセットからの回答は意外なものだった。
対処できそうな人物が、一人だけいるという。
――ルーセットの『賢者』。古き魔女を除けば、世界で随一の魔法使い。
オアシスの町セテ。
その町はずれで、アルジフは『賢者』とやらの到着を待っていた。やがて、街道の向こうから地竜が引く大きな荷車が走って来た。町と町の間を走る乗合馬車のようなもので、荷物を運ぶだけでなく旅人の主な移動手段でもある。――おそらく、『賢者』もこれに乗って来るはずだ。
地竜の御者は、アルジフの目の前で荷車を止めた。
幌で覆われた荷台から飛び降りてきた人物を見て、アルジフは小さく口笛を吹いた。
鮮やかな緋色の髪のツインテール。宝石のような紅い瞳。なかなかお目にかかれないレベルの美少女だ。少女は、アルジフと目が合うとにっこりと愛想良く微笑んだ。
そして、彼女に続いて荷台から降りてきたのは、小柄な少年だった。白い髪を無造作に一つに括っている。サイズの合っていない大きなローブを着て、顔の右半分を眼帯で隠していた。
耳の立った黒い犬が、彼と一緒に降りてくる。他に、荷台から降りてくる者はいない。
「……まさかお前が『賢者』……か?」
アルジフは少年に尋ねた。
「はい、自分でそう名乗るのはおこがましいですが……。依頼を受けてルーセットから来ました。僕が『賢者』です」
少年は、そう答えた。
地竜の引く荷車が砂漠の中を走っていく。
「まさか噂に聞く『賢者』がこんなこど……いや、若者だとはな」
幌で日光が遮られた荷台の中で、アルジフは言った。
「あの……、一応言っておきますが、僕は年齢的には成人しています」
スイと名乗った『賢者』は、少し不満げに言う。
「いや、すまんな。……それで、本当に巨大サンドワームを倒せるのか?」
「はい、多分」
あっさりと、スイは答える。
その時、御者が急に地竜を止めた。ガタンと大きく荷台が揺れる。
前方に大きな砂埃が上がったかと思うと、大きな環形動物が姿を現した。体長は10mほど、胴体の直径も1m以上はある。体は硬い外皮に覆われ、顎の無い口にはヤツメウナギのようにびっしりと細かい牙が生えている。牙は体の内側に向かって生えているため、飲み込まれた獲物は二度と体外には出られない。
「あれはこの辺によく出る普通のサンドワームだ。まあでかい方だけどな。……どれ、ここは俺がサクッと倒して……」
そう言って荷台から降りようとしたアルジフだったが、それより先に外に飛び出したのは、ガーネットだった。
「ガーネット……!?」
驚いて、スイが声を上げる。
「こんな相手にスイが戦う必要ないよ、私にまかせて!!」
足場の悪さをものともせずに、ガーネットはサンドワームに向かって走りながら短剣を抜き放つ。彼女を丸のみにしようと襲い掛かってくるサンドワームの攻撃を跳躍してかわし、外皮の隙間を狙ってガーネットは短剣を振るう。喉元を切り裂き、間髪入れずに腹部を数か所切り刻む。
傷口から噴き出した緑色の体液を、ガーネットは飛び退いて避けた。サンドワームの巨体が砂の上に倒れる。この間ものの数秒。
あまりにも鮮やかな手際に、アルジフは思わず口笛を吹く。
「やるねぇ、あのお嬢ちゃん……」
――どうやら、『賢者』の相棒も普通の人間ではなさそうだ。
それからしばらく砂漠の中を探索したが、例の80m級の超巨大サンドワームはなかなか出現しなかった。普通のサンドワームには何度か遭遇したが、その度にガーネットとアルジフが対処した。
結局、スイはまだ一度も戦っていない。
――しまった、ガーネット嬢ちゃんに触発されてつい自分で戦っちまった。一回くらい『賢者』とやらの魔法を見せてもらえばよかった。
魔法が滅びて久しいこの世界で、魔法使いという存在は相当珍しい。たまにいても、そのほとんどがインチキまじない師ばかりである。アルジフはまだ、『賢者』の魔法に対して半信半疑だった。
「前に遭遇したのはこの辺だったんだがなぁ……」
「何か、餌とかでおびき出した方がいいんでしょうか?」
「……どうかな、連中には視力がないから、獲物の足音なんかに反応して襲ってくるって話だぜ」
「音ですか……。じゃあ、音でおびき寄せてみましょうか」
ふと思いついたように、スイは言った。
「え……?」
――どういう意味だ?
「……ex……sonus……」
スイは何かを呟いた。――目に見える変化は、何もないように見えた。
しかし、数分後。砂の大地の底から、わずかに地鳴りのような音が聞こえてきた。その音は次第に大きくなり、突如として足元の地面が隆起した。
「うおぉ……!?」
荷車が砂で押し流され、アルジフは思わず声を上げる。
砂の中から規格外の巨体が姿を現し、長い胴体が太陽を覆い隠す。一般的なサンドワームの約十倍の大きさを誇る、80m級の超巨大サンドワームだ。
「お前、一体何をしたんだ……!?」
「何種類か超音波を発してみました。どれかが当たりだったみたいですね」
スイはそう答えた。
サンドワームはその巨大な首をもたげ、こちらに襲い掛かって来た。口の直径だけで8mはありそうだ。荷車ごと余裕で丸のみにできる。
「クロ!!」
スイの呼びかけに答えて、黒い犬が荷車から飛び出した。その瞬間、犬の体は巨大化し、双頭の魔獣へと姿を変える。
「オルトロス……!?」
アルジフは驚いて声を上げる。――神話クラスの魔獣がどうしてこんな所に。
しかし、いくらオルトロスが大きいとはいえ体長7~8m程度。超巨大サンドワームと比べると小さい。それでもクロは果敢にサンドワームに襲い掛かり、その注意を引きつける。
「今のうちに移動してください。この距離では巻き込まれます……!!」
目の前で繰り広げられる巨大生物同士の戦いに呆然となっている御者に向かって、スイが叫ぶ。御者は我に返って地竜の手綱を握った。
地竜が全力疾走してサンドワームから距離を取っている間に、スイは呪文のようなものを呟き始めた。
「……ex……ex……」
スイを中心として風が巻き起こる。
――「何か」が彼に向かって集まっている……? よく分からないが、アルジフはそう感じた。
「クロ、離れて……!!」
サンドワームの周囲を囲むように、薄青く光る魔法陣が展開される。クロはサンドワームから離れ、魔法陣の範囲外へと疾駆した。サンドワームもそれを追うが、魔法の発動の方が早かった。
「……detonation……!!」
砂を巻き上げ、耳をつんざくような爆音が響き渡った。音速を超える衝撃波が空気を震わせる。
彼らが乗っている荷車も地竜もろとも爆風に巻き込まれて吹き飛ばされた。
「うおおおぉ……!?」
思わず、アルジフは叫んだ。
「スイ……!!」
ガーネットが、スイの体を守るように抱きしめる。
「……ex……aer……!!」
荷車が地面に激突する瞬間、何かがクッションになって衝撃がやわらいだ。荷車は、横転したが大破は免れた。
「い……生きてる……」
呆然と、アルジフは呟く。御者と地竜も無事のようだ。――今、一体何が起こった……?
荷車の中から這い出て外を見ると、巨大サンドワームのいた場所は地面が大きく抉れていた。恐ろしいことに、砂の一部が高温で溶けてガラス化している。サンドワームは体の半分以上を消し飛ばされ、残った尾だけが無残に転がっていた。
「これは……」
――何だ、この破壊力は……
巨大サンドワームと死闘を繰り広げていたオルトロスは、いつの間にか普通の黒い犬の姿に戻っていた。何事もなかったかのようにスイの元へ駆け寄っていく。
「すみません、ちょっと威力の調整に失敗しました……」
スイは、服の砂を払いながら言った。
「これが、お前の魔法か……?」
「はい」
素直にそう答えて、スイは微笑む。
――これが、ルーセットの『賢者』……
その力の大きさに、アルジフは背筋が寒くなるような思いがした。




