ガーネットの悩み
久しぶりに見る太陽の光に、翠は思わず目を細めた。
ノーブルアント達が作り上げた地下空間を何日もひたすら歩き続け、ようやく地上へと辿り着くことができた。
ルーセット共和国とシルヴァラントの間には、エルドモント山脈という険しい山脈がある。ノーブルアントの巣穴はエルドモント山脈の地下にまで広がっており、翠たちは彼らの巣穴の中を通って山脈を越え、ルーセットに戻って来た。
場所はどこかの森の中だった。シルヴァラントの森とは異なる、見慣れたルーセットの植物が懐かしい。
地図とコンパスを使って、彼らは自分達の現在地を大まかに把握する。
「ワクワットまでまだ結構距離があるけど、どうする? 歩く?」
ガーネットが尋ねた。鉱山の町オルスローから程近い霊山ワクワット、その山の中腹に、アーカーシャの館は存在している。
「クロに乗って行けば2~3日で着きそうだけど……。とりあえず、師匠に連絡してみようか」
アーカーシャの作成したスマホ風通信機を使って連絡を取り、ルーセット国内まで無事に戻ってきたことを翠はアーカーシャに伝えた。
「母さんは何て言ってた?」
「うん、迎えを送るからそこで待っていろ、だってさ」
「迎え……? 誰のことだろ?」
不思議そうに、ガーネットは言った。ラピスは基本的にアーカーシャの館からは離れない。自由に動ける人形は、ガーネットの他にはいないはずだ。
「さあ……」
二人は目印となるように焚火を起こし、のんびりと野営しながら時間を潰した。クロがいるおかげで害獣に襲われる心配もない。
半日ほど待った頃、大きな生物が羽ばたく音が聞こえてきた。二人の目の前に、二体のドラゴンが舞い降りてくる。
「リューイ!!」
ガーネットはドラゴンに駆け寄った。彼女の愛竜、リューイである。顔をすり寄せて来るリューイを、ガーネットは優しく撫でた。
もう一体のドラゴンもリューイと同じくらいのサイズだが、全身の色が黒い。
「どうも~!! お迎えに上がったっス~!!」
リューイの背に乗っていたのは、初めて見る顔の少女だった。肩くらいまである外はね気味の金髪、人懐っこい印象の大きな瞳も黄色い。そしてガーネットと同じくメイド服を着ている。
「えっと……、どちら様……?」
戸惑いながら、翠は尋ねた。
「初めまして、自分、シトリンっていうっス!! ガーネット姉さんの留守中に作られた五番目の自動人形っス!!」
元気よく、少女はそう名乗った。
「あっ、そうなんだ。初めまして……」
――じゃあ、黒いドラゴンに乗っているのは誰だろう?
黒いドラゴンの上からひょっこりと顔を出したのは、青い髪の少女だった。
「どうも……」
「ラピス?」
顔はどう見てもラピスだが、髪型は他のラピス達と異なり、ツインテールにしている。メイド服のスカート丈も短い。
「はい、機能拡張型ラピス十四号です。野外活動および戦闘能力を付加されました」
――14番目のラピス。もしかして、髪型はガーネットに寄せたんだろうか。
「新しい子が増えたんだね」
リューイの頭を撫でながら、ガーネットが言った。
「そうっス!! 屋敷周辺の見回りおよび人間さんとの交渉任務のために作られたっス!!」
そう言って、シトリンはリューイの背から飛び降りると、翠の方へと駆け寄って来た。
「あなたがスイ兄さんっスか……!! 噂には聞いてたんでお会いできて嬉しいっス!!」
「に、兄さん……?」
「はい!! 兄さんって呼ばせて欲しいっス!! あっ、それとも『お兄ちゃん♡』とか呼ばれる方が好みっスか?」
「いや、呼び方は何でもいいよ……」
――僕は末っ子だったから、「兄さん」なんて呼ばれるのは新鮮だ。
「その黒いドラゴンは、もしかしてオニキスが飼ってた子?」
ガーネットが尋ねる。
「はい。オニキスが封印されて野良ドラゴンになっていたのを回収してきました。名前はジードです」
ラピス十四号がそう答えた。
「リューイの手綱はガーネット姉さんに持ってほしいっス。自分、新人なんで実はあんまり上手く乗りこなせないんス」
「うん、分かった」
ガーネットはリューイの手綱を持ち、シトリンはその後ろに乗った。翠とクロはジードの方に乗せてもらうことになった。
アーカーシャの館に向かって空を飛んでいる最中、翠はラピス十四号に尋ねた。
「……君も他のラピス達と記憶を共有しているの?」
「いえ、記憶共有が可能なのはあの館の中にいる時だけなので、外出が多い私は他のラピス達と記憶共有はできておりません」
「じゃあ、他のラピス達とは顔が同じだけの別個体ってことだよね。……ラピス十四号って呼びにくいから、何か他の名前で呼んでもいい?」
「はい、構いませんよ。何か提案はありますか?」
「そうだなぁ……、ラピスだから、ラズライト……、ラズってどうかな?」
「分かりました。では私のことはこれ以降、ラズとお呼び下さい」
*****
館に戻ってきてからしばらく、翠はアーカーシャとともにプリトヴィーから貰ってきたデータの解析にかかりきりになっていた。
一方のガーネットは、一人で悶々と悩んでいた。
採光のために作られた館の中庭、その周囲の廊下をぐるぐると歩きながら、ガーネットは珍しく考え込んでいた。
――最近の私って、全然スイの役に立ててなくない……?
せっかくシルヴァラントまでついて行ったのに、荷物持ちの役にしか立っていない気がする。
翠と初めて出会った時のことは、よく覚えている。
アンゲルスに襲われて、死にかけていた。――『必ず助けるから』『死なないで』――そう叫んだガーネットの言葉が、彼に届いていたかどうかは分からない。
羽根が成長しきって宿主の命を奪う前に何とかアーカーシャのもとに運び込んで、彼は一命を取りとめた。
最初の頃、彼は脆くて弱々しくて、ずっと暗い顔をしていた。
――私が守ってあげなきゃ。そう思った。
でも、アーカーシャに弟子入りして魔法を学んだ翠は、あっという間に強くなった。肉体的な弱さは相変わらずだが、今はクロが常に彼を守っている。
――私がスイを守る必要は、もうない。スイにとって、私はもう必要ない……?
「うーん……」
翠が強くなって一人で戦えるようになったことは喜ばしいことのはずなのに、――このモヤモヤした感情は、一体なに……?
「一体何をしているんですか? さっきから同じところをグルグルと」
そんなガーネットに声をかけたのは、ラピス十四号だった。
「ラピス……、じゃなくて、ラズだっけ。……何かちょっと、悩んじゃって」
「あなたが悩みですか。珍しいですね。あなたは悩むより先に行動するタイプだと聞いておりましたが」
「うん、いつもならそうなんだけど……。私もこんなこと初めてで……」
不意に、ガーネットは言った。
「ねえ、ラズ。私と手合わせしてくれない?」
「はぁ……? 何のために……?」
怪訝そうに、ラズは尋ねた。
「一応言っておきますけど、私の戦闘パターンはあなたのコピーです。戦っても意味なんてないと思いますよ」
「知ってるよ。……いいの、ちょっと体を動かしたいだけだから」
「……分かりました。いいでしょう。お付き合いしますよ」
中庭で、二人は互いの武器を抜いて対峙する。ラズの武器もガーネットと同じ、二本の短剣だ。
軽く地面を蹴って、ガーネットはラズと距離を詰める。ガーネットの攻撃をラズは全て受け流し、まるで鏡写しのように同じ攻撃を返してくる。
「……私のコピーって、本当なんだね」
「はい。あなたの攻撃パターンは全て分かりますよ」
ラズの攻撃を受けて少しずつ後ろに後退し、壁際まで追いつめられた――ように見せて、ガーネットは跳躍して壁を蹴り、ラズの頭上を飛び越えて彼女の背後に回り込む。
しかしラズも即座に反転し、背後からのガーネットの攻撃を受け止めた。
「……無駄ですよ、その攻撃パターンも知っています」
ガーネットは飛びのいて、一旦ラズと距離を取る。
「私は……、弱くはないよね……?」
「はい、十分強いと思いますよ。人間であなたに勝てる人はほとんどいないでしょう」
「そう……だよね……」
不思議そうに、ラズはガーネットに尋ねた。
「一体あなたは何を悩んでいるんですか?」
「私は、もうスイには必要ないのかなって……」
「スイにそう言われたんですか?」
「違うよ。……スイは優しいから、そんなこと言うわけないし。この前だって、側にいてくれただけで十分って言ってくれたし」
「だったらそれでいいじゃないですか」
「違うの、私がそれじゃ嫌なの。私はスイを守りたいし、役に立ちたい……!!」
ガーネットは再びラズと距離を詰め、鏡写しのような攻防を繰り広げる。ガーネットの攻撃を軽く受け流しながら、ラズは言った。
「私から言わせてもらえば、『守りたい』なんて少し傲慢に聞こえますけどね。姫を守るナイト気取りですか?」
「ち、違うもん。私はそんなつもりじゃ……」
――守りたい。役に立ちたい。……どちらも本心だけど、本質とは少しズレている気がする。――私は、スイに必要とされたい。それはどうして?
「私は……、スイの側に居たい……!!」
攻撃をすると見せかけて、ガーネットは足元の土を蹴り上げた。
「……!!」
土埃に、一瞬だけラズの気が逸れる。その隙に、ガーネットの短剣の切先がラズの喉元に突きつけられていた。
「……お見事です。実戦経験の差ですかね」
「付き合ってくれてありがとう、ラズ。おかげでちょっとだけスッキリした」
微笑んで、ガーネットは短剣を鞘に納める。
「あれ、もう終わりっスか~?」
一体いつから見ていたのか、シトリンが二人に声をかける。彼女の後ろには、翠もいた。
「スイ……!? み、見てたの……!?」
ガーネットが慌てふためく。
「う、うん……。二人が戦ってるってシトリンが騒ぐから、慌てて様子を見に来たんだけど……」
「……い、いつから見てた……?」
「えっと……、『だったらそれでいいじゃないですか』くらいから……?」
――き、聞かれてた……!!
ガーネットの顔が真っ赤になった。
「その、……僕も、ガーネットが側にいてくれたら嬉しいな」
「ほんと? また遠くに出かける時は、ついて行ってもいい?」
「うん、もちろん……!!」
そんな二人の様子を眺めつつ、シトリンが呟いた。
「青春っスねぇ……」
「……私には感情が実装されていないのでよく分かりませんが、必要がなくても側にいたいっていうのはつまり『好き』ってことなのでは……?」
「ラズ姉さん、それは黙ってておいてあげた方がいいっス……」
*****
たくさんのPCのファンの音が、耳鳴りのように部屋を満たしている。
黒髪の青年がデスクの前に座り、複数のモニターに表示される計算結果をじっと眺めていた。
「……碧!!」
いつから室内にいたのか、銀髪の少女が青年の背後からじゃれるように腕を絡ませてくる。
少女の瞳は、両目の色が異なっていた。薄桃色の右目と、アメジストのような紫色の左目。
「せっかくリンクを繋いだのに、何もしないの?」
「リンクはまだ安定していない。……急いで事を起こすべきではないよ」
青年は、そう答えた。
「ああ、そういえば……。転移実験に使ったあなたの弟だけど、向こうの世界でまだ生きているわよ?」
ふと思い出したように、少女は言った。
「……何だと? 本当か?」
「本当よ。ちゃんと見てきたもの。……まあ、少し人間離れした見た目になっていたけど」
「そうか……。意外だな」
「気になる? 弟さんのこと」
「別に……」
「ふふ……、可哀想な子……」
クスクスと、少女は笑う。
「……とっても楽しみだわ。私とあなたであの世界をめちゃくちゃにするの。……ねぇ、碧?」




