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トラウマポーカー(3)ー決着ー

【8ターン目】


「ベットします。黒チップ三枚」

 再び、翠は三枚の黒チップを賭ける。


「本当に何を考えている……?」

 翠の行動の意味が、プリトヴィーには分からなかった。――またブラフか?

「……コールだ」

 少し考えた後、プリトヴィーはコールを選択した。同数の黒チップを賭ける。


 二人は同時に手札をオープンする。翠の手札は6のワンペア。プリトヴィーはKのワンペア。

「負けてしまいましたね……。あわよくば今回も降りてくれるかと思ったんですけど」

 しれっと、翠はそう言った。

「そう何度も同じ手に引っかかるわけがないだろう……」


 黒チップ三枚のため、トラウマのフラッシュバックも三回。

 翠のトラウマは、そのほとんどが母親からの虐待によるものだ。成績が落ちれば食事ももらえなかった。問題を間違えれば容赦なく叩かれた。ストレスで吐いても誰も心配してくれなかった。

 ――僕の体の成長が止まったのは、成長期に虐待を受けたストレスのせいだと思っている。父も兄も、誰も助けてくれなかった。

 翠は黙って、三回分のフラッシュバックに耐えた。


「……意外に、平気そうな顔をしているね」

「全然平気というわけではないですけど……。家族への情ならさっき捨てましたので」


 5ターン目で翠が捨てた白チップの中身は、家族とのささやかな幸せな思い出と、家族を想う感情だった。

 フラッシュバックに耐えるために、翠は家族との思い出を捨てた。

 ろくでもない家庭環境だったが、幸せな思い出が全くないわけではなかった。小さな頃は、父も母も翠に優しかった。――もう、思い出すことはできないけど。


 愛情や執着を捨ててしまえば、家族など血が繋がっているだけの他人。

 体の痛みは思い出しても、それほど心は痛まない。


 ――早く終わらせてしまおう。こんな悪趣味なゲームは。




【9ターン目】


 翠のペースに惑わされないように、プリトヴィーは淡々と黒チップを一枚ベットする。

「レイズします。黒チップ二枚」

 それに対して、翠は再びレイズを宣言する。

「またか……」

 舌打ちしたい気分になりながら、プリトヴィーはその勝負に乗った。自分の出したチップに、もう一枚黒チップを重ねる。

「……コールだ。2と5のツーペア」

「僕もツーペアです」

 翠の手札は6と10。翠の勝ちだ。

「くそっ……」



 プリトヴィーの過去の記憶が再生される。

 美しかった魔法文明の都市、――その街並みが、無残にも崩壊していく。空に浮かんでいた島が、浮力を失って地面に落ちる。建物の倒壊に巻き込まれ、成すすべもなく死んでいく人々。逃げ場のないことに絶望し、自ら身を投げる住人もいた。

 空を泳いでいた空気クラゲも、苦しむように痙攣しながら地面に落ちていく。


「やめろ……」

 プリトヴィーの顔色が悪い。――これは、魔法文明の崩壊の記憶か。

 空気中のエーテル濃度の減少により、エーテルに依存していた魔法文明は為すすべもなく瓦解した。

 一つの時代の終焉、――プリトヴィーや他の古き魔女たちは皆、こんな光景を見たのか。


 続けてもう一つ、彼女の負の記憶が再生される。

 魔法文明の崩壊、その後に起こったのはもっと悲惨な歴史だった。魔法が生活の中心だった当時、魔法の才能によって人々の間には明確な格差があった。

 エーテル濃度の減少によってほとんどの魔法が失われた時、魔法使いとそれ以外の人々の立場は逆転した。そして起こったのが、「魔女狩り」だった。

 魔法使いは狩り出され、次々と無残に虐殺されていった。この時の混乱で、魔法文明の知識や遺物はそのほとんどが散逸した――


「……やめろ……!!」

 プリトヴィーが叫んだ。

「顔色が良くないですね。……大丈夫ですか?」

「くそ……、本当に嫌なことを思い出させてくれる……」

「そういうゲームを提案したのは、あなたですよ」


 プリトヴィーは内心で歯がみした。――正直、誤算だった。この少年がここまで粘るなんて。

 イーリィとしてしばらく翠と一緒に過ごしてみて、彼の性格は理解したつもりでいた。――善良で人畜無害。人を殺せないどころか、文字通り蟻も殺せないような性格だと思っていた。

 心をやすりに掛けるようなゲームを持ちかければ、すぐに音を上げるだろうと思った。

 ――甘かった。彼がこんな(したた)かさを持っていたなんて。



 *****


 その頃、ガーネットとクロはずっと木の根に絡め取られたままでいた。抜け出そうとして何度ももがいてみたが無駄だった。


 ――オニキスの時と同じ。また、目の前でスイを奪われてしまった。何で私って肝心な時に役に立てないんだろう……

 ガーネットは、自分の無力さが悔しかった。そんな時、彼女の体を絡め取っていた木の根の拘束が不意にゆるんだ。プリトヴィーの精神ダメージを反映して、一時的に魔法が弱まったのだ。


「え……?」

 そんな理由はガーネットには分からなかったが、彼女はその隙を見逃さなかった。短剣を抜いて根を切り裂き、拘束から抜け出すことに成功する。

 クロも木の根を噛みちぎり、強引に拘束から抜け出してきた。


「クロ……!! スイがどこにいるか分かる!?」

 肯定を示すように、クロは一声吠えて走り出す。ガーネットもその後を追った。




【10ターン目】


 ゲームは、10ターン目に入っていた。

 翠とプリトヴィーの黒チップの残り枚数は、どちらもあと五枚。


「ところで、プリトヴィーさん。ご存じですか? 人間って、本当に嫌な記憶は封印して忘れてしまうんですよ。自分の精神を守るために。……僕もそうでした」

 配られた手札を確認しながら、翠は静かにそう言った。


「……何の話だ?」

 怪訝そうに、プリトヴィーは尋ねる。


「自分が虐待されていた事実を認めたくなくて、母さんは僕のためを思って厳しくしているんだって思い込んでいたんです。……本当は、僕を虐めて楽しんでいる母の顔を見ていたはずなのに、その記憶をずっと封印していました」

 ――オニキスによって無理矢理トラウマを掘り返されるまで、ずっと忘れていた。


 プリトヴィーは困惑する。

「どうして、今ここでそんな話をする……?」

「プリトヴィーさんも、何かあるんじゃないですか? 忘れていることが」

「……何だと?」


「古代と現代では、空気中のエーテル濃度が異なる。そのエーテル濃度の減少は、自然に起こったものだと僕は思っていました。……でも、そうじゃなかった。エーテル濃度の減少は、ある時急激に起こったんです。それが、魔法文明の崩壊を招いた。そうですよね?」

「あ……、ああ、そうだ……。だが、それがどうした?」


「では、その急激なエーテル濃度の減少は、どうして起こったんですか? ……その原因を、あなたは覚えていますか?」

「それは……」

 プリトヴィーが動揺しているのが、翠には分かった。


「……ベットします。黒チップ三枚」

 おもむろに、翠は三枚の黒チップをベットする。

「さあ、見せてください。……その残った黒チップの中に、きっと答えがありますよ」


「……っ、フォールド……」

 咄嗟に、プリトヴィーはフォールドを宣言していた。――しまったと思ったが、もう遅い。代償に、三枚の白チップを翠に奪われた。

 プリトヴィーの手元に残る白チップは、残り四枚。


「知識の半分以上を僕に奪われた気分はどうですか? 千年を生きる魔女も形無しですね」

「くっ……」



 *****


 イーリィの精神はプリトヴィーとリンクしている。そのため、精神世界での彼らの戦いは、現実世界にいるイーリィにもダイレクトに伝わっていた。


「スイ君……、師匠を壊さないでやってくれ……」

 思わず、イーリィは呟く。


 その時、壁を構成している木の根を強引に引きちぎり、何者かがイーリィのいる空間に侵入してきた。双頭の黒い犬の魔獣と、緋色の髪の少女だ。

「スイ……!!」

 木の根に捕われ、取り込まれかけている翠の姿を見つけて、ガーネットは叫んだ。

「……スイを返して!!」


 ガーネットの前に、イーリィが立ちふさがった。

「彼はいま師匠と戦っている。邪魔をしないでくれたまえ」

「どういうこと……!?」


「うっ……」

 翠が、小さく呻き声を上げた。

「スイ、大丈夫……!?」

 ガーネットの声に反応するかのように、翠はうっすらと目を開く。

「……ガーネット? そこにいるの……?」

「うん、ここにいるよ……!!」


「僕なら大丈夫だから……、イーリィさんとは戦わないで……」

「……分かった。スイがそう言うなら」

 ガーネットは、言われた通り武器を鞘に納めた。


「手を……」

「えっ?」

「……僕の手を握っていて……」

 翠は木の根に拘束されている腕を、何とかガーネットの方に伸ばす。プリトヴィーのダメージを反映して、拘束は少し緩んでいる。


 余裕があるように振舞ってはいるが、翠もギリギリの橋を渡っている。――失敗すれば、心を壊されるのは僕の方だ。最後の一手を打つ勇気が欲しかった。


「うん……!!」

 ガーネットは、翠の手を包み込むように優しく握りしめる。

「頑張って、スイ……!! 必ず戻って来て……!!」

 安心したように微笑んで、翠は再び目を閉じた。




【11ターン目】


「……君は一体何を知っている?」

 プリトヴィーは、翠に尋ねた。――自分も知らない過去のことを、この少年が知っているのはおかしい。


「あなたのことは、師匠から色々と聞きました」

 女王蟻から話を聞いて、プリトヴィーの正体が判明したあの後、翠はアーカーシャと連絡を取った。せっかく出発前にスマホ(のようなもの)を渡されていたのだから、使わない手はない。

 アーカーシャに状況を説明し、万が一に備えてプリトヴィーへの対応策を練っていた。


 ――その中で、翠はアーカーシャから聞いたのだ。プリトヴィーの過去を。

 彼女が、過去に犯した罪を。


「アーカーシャの入れ知恵か……。あの女は、千年経っても私の邪魔をするんだな……」

「師匠は別に、あなたの邪魔をしているつもりはないと思いますよ。……千年前も、今も」


 カードが配られ、二人は手札を確認する。このターンの先攻はプリトヴィーだ。

「……ベットだ。チップ一枚」

 黒いチップを置く彼女の手は震えていた。


「もう、決着をつけましょう。プリトヴィーさん」

 翠は言った。そして、残りの黒チップを全て積む。


「レイズします。黒チップ五枚」

「な……」

 プリトヴィーは絶句する。フォールドするには、同数の白チップを支払うルールだ。プリトヴィーの手元には白いチップは残り四枚しかない。

 ――フォールドできない。


「あなたは人間の魔道士だった頃から、『世界樹』に関する研究をしていたそうですね。そして、この世界の人間は『世界樹』に触れることができないという推論を計算によって導いた。……素晴らしい功績だと思います」

「……その話が、どうした?」


「この世界の人間にできないなら、別の世界から誰かを連れてくればいい。……その発想に至ったあなたは、異世界へのポータルを開く研究を始めた。それはやがて大きなプロジェクトになり、あなたはそのプロジェクトの研究主任だった」

「……ああ、そうだ」


「でも、ポータルを開く実験には反対する研究者もいた。……例えば、うちの師匠とか」

「……そうだ。アーカーシャは、ポータルの危険性を訴えて私のプロジェクトを妨害しようと……」

 プリトヴィーの顔色が悪い。黒いチップを持つ手が震えている。


「……どうしました? コールするならその黒いチップを賭けてください。あなたが忘れているあなたの罪を見せてください」

「私の罪……だと……? 私は……私の理論に間違いなんて……」


「森と同化して、人間だった頃の姿や人格まで捨ててしまったのは何故ですか? あなたは逃げたかったんじゃないんですか? 自分の罪から」

「やめろ、私に罪なんて……」


「自分の罪と向き合う覚悟がないなら、僕が言ってあげましょうか。……実験の結果、ポータルを開くことには成功した。でも、強引な実験は、ポータルの暴走を招いてしまった」

「……っ、やめろ……!!」

 プリトヴィーは叫んだ。悲鳴のような声で。


「……やめてくれ、もういい……」

 弱々しく、彼女はそう言った。

「全部、思い出した……。この黒いチップの中を見る勇気は私にはない。……降参する。私の負けだ」


 暴走したポータルは、エーテルを無限に吸い取った。

 止める手段すら見つからず、暴走し続けたポータルによって空気中のエーテルは枯渇した。それが、歴史の闇に葬られた真実だ。

 ――魔法文明の崩壊は、人災だった。


「……師匠は言っていました。『私が彼女の実験を止めることが出来ていれば』……って」

「私は……私は何だったのだろうな……。こんな生き恥を晒して、死ぬこともできずに千年も……」


 翠には、かける言葉が見つからなかった。

 ――文明崩壊の責任を彼女一人に押し付けるのはあまりにも酷だ。大きなプロジェクトは、その分大きな金が動く。異世界へのポータルを開くそのプロジェクトには、当時の政治権力も少なからず絡んでいたはずだ。


「これを持っていけ。……君にくれてやるよ」

 一枚の白チップを、プリトヴィーは翠に投げ渡した。

「……これは?」

「『世界樹』に関する私の研究成果だ。これが目的だったんだろう?」

「はい、……ありがとうございます」


 最後に、プリトヴィーは翠に尋ねた。

「……ちなみに、君の手札は何だったんだ?」

「気になりますか?」

「いや……、もうどうでもいいか……」

 翠はそっとカードを伏せる。


 手札の強さはただの運でしかない。

 ――リスクを負う覚悟のある方が勝つ。これは、最初からそういうゲームだ。



 *****


 体を拘束していた木の根が力を失い、翠はようやく解放された。

「スイ……!!」

 ぐったりと崩れ落ちる翠の体を、ガーネットが抱き止める。中型犬の姿になったクロが翠に駆け寄り、その頬を舐めた。


「スイ、大丈夫……? ごめんね、また私は何もできなくて……」

「……側にいてくれただけで十分だよ」

 ガーネットに肩を借りて、翠は何とか立ち上がる。――ブラフをかけるために余裕ぶってはいたけど、本当はずっと胃がひっくり返りそうだった。


「驚いたよ……、君は意外に(したた)かなんだね」

 イーリィが言った。

「……イーリィさん、ですよね?」

「ああ、……師匠の意識は今かなり弱っている」


「すみません、僕のせいで……」

「いや、対等な条件での勝負だったからね。君の覚悟の方が勝っていた、それだけの話さ。……実を言うと、師匠の記憶にブラックボックスがある事にはずっと気づいていたんだ。でも、私には結局何もできなかった。……君にはむしろ、感謝するべきなのかもしれないね」


「僕が『世界樹』について知りたいと言った時、プリトヴィーさんの所へ行くことを勧めてくれたのは師匠です。……師匠は多分、プリトヴィーさんの研究を認めていたんだと思いますよ」

「……ありがとう、君は本当に優しいね」

 そう言って、イーリィは微笑んだ。



 *****


「それで、君はこの後どうするつもりだい?」

 地上に戻る道すがら、イーリィは翠に尋ねた。


「そうですね……。『世界樹』の情報は手に入ったので、一旦ルーセットに帰ろうかと思います。……とは言っても、帰る方法はまだ何も考えてないんですが」

「それなら、ノーブルアントの巣穴を通って行くといい」

「え……?」


「彼らのコロニーは君が考えているよりたくさんあるんだよ。そして、その巣穴も広大だ。……エルドモント山脈の地下にも、彼らの巣穴は広がっているのさ」

「つまり、彼らの巣穴を通ってルーセット側に抜けられる、と……?」


「ああ。……まあ、何日も地下世界を歩くことにはなるけどね。私は師匠とリンクしているからアーカーシャのテリトリーの中には入れないけど、途中までなら送っていくよ」

「すみません、何だか最後まで色々とありがとうございます」


「そうだ、せっかくだから最後に君の本名を教えてくれないかい?」

「……神崎です。神崎 (すい)


「カンザキ……」

 意外にも、イーリィはその名前に反応を示した。

「いや、偶然か……?」

「……僕の名前に何か?」


「……カンザキ・アオという名前に聞き覚えは?」

 イーリィの言葉に、翠は思わず足を止めた。――どうして、その名前がこんな所で。


「イーリィさん、……その名前をどこで?」

「『漂流物』の話はしただろう? 異世界から時折この世界に流れ着く書物とか、そういうものだ。師匠と私はその『漂流物』を集めて、解読を行っていた。……その中にね、あるんだよ。カンザキ・アオという人物の論文が」


 思わぬ人物の名前を聞いたことで、嫌な動悸がしていた。呼吸を整えて、翠は言った。


「……神崎 (あお)は、僕の兄です」


お読み下さってありがとうございました。ここまでで、三章は終了です。

仕事の都合で投稿間隔が開いてしまうこともあるかもしれませんが、失踪はしないつもりなのでお待ち頂けると幸いです。

よかったら評価やブックマークなどして頂けると嬉しいです。よろしくお願い致します。

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