トラウマポーカー(2)ー失われた魔法文明ー
【6ターン目】
「ベットします。……黒チップ二枚」
おもむろにそう言って、翠は二枚の黒チップをベットした。
「なっ……」
驚いて、プリトヴィーは声を上げる。
「チップは一枚ずつというルールはありませんよね?」
「それはそうだが……。いいのかい? トラウマチップを複数賭けるのはおすすめしないと言ったはずだが?」
「大丈夫です。一つでも二つでも、大して変わりませんよ」
「だといいけどね……」
翠の行動に、プリトヴィーは困惑した。――何だ? よほど強い役でも来たのか?
「……コールだ」
少しだけ悩んで、プリトヴィーはコールを選択する。プリトヴィーも、二枚の黒チップを置いた。
二人は、互いの手札をオープンする。
「スリーカードです」
翠の手札は、5のスリーカード。
「……ツーペアだ」
対するプリトヴィーのカードは、10とQのツーペア。――私の負け、か。まあいい。
プリトヴィーの負の記憶が再生される。
急に見たことのない風景が展開して、翠は驚いた。空に浮かんだ島の上に、石造りの美しい町が見える。
町のすぐ近くを空気クラゲが泳ぎ、一緒に空を泳いでいる人達の姿も見えた。
「これは……?」
「まだ私が人間だった頃の記憶だよ。……失われた魔法文明の都だ」
綺麗に整備された町の中に、一際大きな建物があった。一見すると豪奢な城のように見えるその建物は、どうやら教育機関のようだった。高校、あるいは大学のようなものだろうか。
プリトヴィーの視点で記憶が再生されているため、彼女自身の姿は分からない。
学生たちの中に、ひときわ目立つ女子生徒がいた。美しく波打つ長い金髪。透けるように白い肌。スラリと伸びた手足。穏やかで理知的な、アメジストのような紫色の瞳。
その姿に、翠は何故か見覚えがある気がした。ルーセットで見た、壁画に描かれたアーカーシャの姿に似ている。
――もしかしてあれは、人間だった頃の師匠……?
今は歪な機械人形のような姿をしているが、人間だった頃は本当に美人だったようだ。
学生時代のプリトヴィーは、アーカーシャに憧れを抱いていたようだ。
アーカーシャは常に成績トップで、稀代の天才魔道士と呼ばれていた。そんな彼女の姿に憧れて、若き日のプリトヴィーは努力を続けていた。
プリトヴィーも、優秀な魔道士ではあった。しかし、アーカーシャと違って彼女はあくまで「秀才」だった。成績は上位だったが、トップにはなれない。どんなに努力を重ねても、アーカーシャには勝てない。
彼女のアーカーシャへの気持ちは、少しずつ黒く歪んでいった。――「憧れ」から「嫉妬」へと。
ある時、外部の人間も招いての大きな研究発表会があった。学生たちにとっては晴れ舞台でもあり、評価にも直結する。
――この場で、何としてもアーカーシャより高い評価を得たい。
プリトヴィーはそう考えていた。しかし、その感情が空回った結果、彼女は大きなミスを犯した。
発表の場でそのミス――術式の欠陥をアーカーシャに指摘され、聴衆にも失笑されて、プリトヴィーのプライドはズタズタになった。……「嫉妬」は、「絶望」へと変わった。
*****
「……嫌なことを思い出させてくれたな」
絞り出すような声で、プリトヴィーは言った。
「意外に人間的な思い出で驚いています……」
「当たり前だ。私も千年前は普通の人間だった。……忘れていたよ、こんな昔のこと」
黒いチップは二枚ある。
続けてもう一枚分、プリトヴィーの過去が再生された。
*****
時間は少し飛んで、魔法学校を卒業した後のようだった。プリトヴィーは、魔導研究機関へと就職していた。
学生時代の劣等感を払拭しようとするかのように、彼女はひたすら研究に明け暮れた。それこそ寝食を忘れるほどに。趣味もなく、恋愛もせず、ただ研究で結果を出すこと、――それだけが、学生時代に一度折れた彼女の心を支えていた。
その甲斐あって彼女の昇進は早く、プロジェクトの責任者を任されるほどの立場にまでなった。
しかしその頃、アーカーシャも魔導研究者として名を馳せており、業界では知らない者がいないほどの有名人になっていた。
――負けたくなかった。
彼女の論文が出るたびに劣等感を刺激され、プリトヴィーは日常の全てを捨てて研究に没頭していった。
そんなある日のことだった。数少ない共通の友人を通して、プリトヴィーは知ってしまった。
アーカーシャがとある男性と結婚したこと。すでに娘が一人いること。
プリトヴィーが自分の人生に絶望した瞬間だった。――私は研究者としてだけではなく、女としても彼女に負けたのだ。
*****
「……あの、結婚って勝ち負けじゃないと思うんですけど……」
「うるさいな、分かってるんだよそんなこと。……当時の私には、本当にショックだったんだ。研究者として彼女に勝つという以外の生き方を、どうして考えられなかったんだろうって……」
プリトヴィーの抱いてきた劣等感は、翠にも少し共感できた。――僕もずっと、兄に対して劣等感を抱えながら生きてきた。
人間だった頃のアーカーシャに夫と娘がいたという事実も、翠にとっては驚きだった。
――師匠の家族は、一体どうなってしまったんだろう。
「さあ、……ゲームを続けるぞ」
プリトヴィーは言った。人間だった頃の古傷を抉られて、さすがに彼女もダメージを受けているようだった。
【7ターン目】
ゲームは7ターン目に突入する。先攻はプリトヴィー。
「……ベットする」
黒チップを一枚置いて、プリトヴィーは言った。
「レイズします。黒チップ三枚」
三枚の黒チップを置いて、翠は宣言した。
「な……!?」
驚いて、プリトヴィーは思わず椅子から立ち上がる。
「お前、一体何を考えている……!?」
「それを言うわけないじゃないですか……。どうするんです? コールしますか?」
「くっ……」
プリトヴィーも、さすがに逡巡した。――ここで畳みかけて私の精神に追い打ちをかけるつもりか……?
「……フォールドだ」
冷静になって、プリトヴィーはフォールドを選択した。――今ここでむきになって勝負に乗るメリットは何もない。
フォールドする際は同数の白チップを支払うルールだ。三枚の白チップを、翠はプリトヴィーから受け取った。チップの中身は、プリトヴィーの知識の一端である。
――『古き魔女』の魔法理論、これは美味しい。僕に使いこなせるかどうかはまあともかく……
「ありがとうございます。正直、降りてくれて助かりました」
そう言って、翠はこれ見よがしに手札を開いた。翠の手札は、数字もスートも揃っていない。――役なし。
「君……、やってくれたね……」
「まだこれからですよ」
微笑んで、翠は言った。




