異世界の知識
「実は、君に手伝ってほしい仕事があるんだ」
ある日のことだった。不意に、イーリィは翠にそう言った。
「何でしょう? 薬草採取ですか?」
「以前にノーブルアント達が見つけた遺跡があってね。探索自体はすでに済んでいるんだが、どうしても解読できない情報があるんだ」
イオタやデルタ・ロロなど、ルーセット共和国にも遺跡はいくつも存在している。当然、シルヴァラントにもあって不思議はない。
「解読できない情報……? 古文書とか碑文とかそういうものですか?」
「……行ってみれば分かるよ。君なら、もしかしたら新しい視点で解読の糸口を見つけられるかもしれないと思ってね」
翠は少しだけ考え込んだ。――どうして今になって急にそんなことを?
しかし、遺跡には正直興味があった。もしかしたら、世界樹に繋がる情報があるかもしれない。
「分かりました。でも、イーリィさんやプリトヴィーでも解読できない情報を、僕が見て役に立つかは分かりませんよ……?」
「構わないよ。まあ、駄目で元々というやつだ」
そんな経緯で、翠たちは急遽準備を整え、遺跡へと向かうことになった。
遺跡に向かうため、イーリィがノーブルアントと話をつけて、彼らの巣穴の中を通らせてもらう。
「……すごいね、ノーブルアントの巣穴の中ってこんな風になってるんだ」
興味深そうに、ガーネットが言った。
「うん、思ったより広いし綺麗だよね」
長い地下空間の奥に、その遺跡はあった。
そこは、以前クロと出会ったデルタ・ロロの遺跡と雰囲気が似ていた。壁は大きな石のブロックがいくつも組み合わさって作られており、ブロックには幾何学模様が彫り込まれている。
――デルタ・ロロは古代の魔術研究施設だったようだけど、ここもそんな感じなんだろうか。
「……こっちの部屋に、興味深いものがあるんだ」
イーリィに案内されたその部屋には、見慣れないものがあった。
水晶のような、透明な薄い石の板だ。映画館のスクリーンくらいの大きさがある。
「これは……?」
「古代の遺物でね。どうやら、文章や映像など色々なものが記録されているみたいなんだ」
イーリィがその透明石板に手を触れ、エーテルを流し込む。すると、石板に様々な文字やアイコンのようなものが浮かび上がった。――まるで、タッチパネルのディスプレイのようだ。
ディスプレイを操作し、イーリィはとある一つの文章ファイルを画面上に表示させた。
「……君に見てもらいたいのは、これだよ」
古代文字のアルファベットの羅列が画面いっぱいに表示される。その文章のようなものは巨大スクリーンでも全ては表示しきれないようで、延々とどこまでも文字が続いていた。
「な、何ですか、これ……」
「何だと思う……? 正直なところ、文字数すら正確に把握できないんだ。何千万文字も延々と続いている。何かの暗号だとは思うんだが」
「文章にしては、使われているアルファベットが少ない……ですよね」
その違和感に、翠はすぐに気づいた。膨大な文字数にも関わらず、使われているアルファベットの数は極端に少ない。数えてみると、わずか四つのアルファベットがひたすら繰り返されている。
――ん……? 四つのアルファベットの羅列……? それってまるで……
「……塩基配列……?」
生物のDNAは、A・T・G・Cの四つの塩基の繰り返しで構成されている。
――このデータは、何かの生物の遺伝子情報なのでは? そんなデータが何故ここにあるかは分からないけど……
「塩基配列、とは……?」
イーリィが尋ねた。
「それは……」
言いかけて、翠は口ごもった。――言ってしまってもいいのだろうか? 異世界の知識を……?
それは、自分が異世界人であることを証明するようなものだ。
――もしかして、僕がいま口走ったのは軽率だったのでは……?
一瞬の沈黙の後に、イーリィは言った。
「ふむ、……分かってきたよ。君が一体何者なのか」
「えっ……」
「……君は、異世界から来た人間。そうなんだね?」
「どうして……。このデータが何なのか、最初から知っていたんですか?」
知っていて、翠の正体を探るためにわざわざ見せたということなのか。――だとしたら、何故イーリィは異世界の知識を知っている……?
「そうだよ。……この世界にはね、『漂流物』と呼ばれるものが存在するんだ。明らかにこの世界のものではない、別の世界から流れ着いた書物とか、そういうものがね。……そんな『漂流物』を収集して解読する中で、我々は知ったんだ。生物の設計図を解き明かし、改変する技術すら持った異世界のことを」
翠は沈黙した。その沈黙は、イーリィの言葉を肯定するのと同じことだった。
――さすがに、ここまで来たらもう隠すことはできない。
「アーカーシャが君を弟子にした理由が分かったよ。彼女が弟子にするんだから、普通の人間であるわけがないと思っていたんだ」
イーリィは笑った。興奮しているのか、いつもより饒舌になって一方的に喋る。
「ははっ……、困ったな。そんなことを知ったら、君のことが欲しくなってしまうじゃないか……!!」
「スイ、彼女から離れて……!!」
ガーネットが叫んだ。武器を抜こうとするが、少し遅かった。
突如として壁や床が裂け、何本もの木の根が飛び出してきた。木の根はまるで意思を持った生物のように動き、ガーネットの体を絡め取る。
瞬時にオルトロスの姿に戻ったクロも、木の根に絡め取られた。力任せに暴れて根を引き千切ろうとするクロだったが、数本の根を千切ったところで倍以上の根が絡みついて動きを拘束する。
「ガーネット……!! クロ……!!」
咄嗟に魔法を使おうとした翠を、イーリィが制止した。
「無駄だよ。生半可な魔法ではあの根には通用しない。……もっとも、君の大事な人形もろとも吹き飛ばすつもりなら話は別だけどね」
――確かに、大きな魔法を使えばガーネットを巻き込んでしまう。
「イーリィさん、どうしてこんなことを……!?」
「あの人形と魔獣は厄介だからね。しばらく動きを封じさせてもらうよ。……君は、私と一緒に来てもらう」
翠の足元の床が大きく裂けた。そこから生えてきたたくさんの木の根に絡め取られ、裂け目の中に引きずり込まれていく。
「スイ……!!」
ガーネットが叫ぶ声が聞こえた。
イーリィは、翠の耳元で言った。
「……私の師匠に会わせてあげるよ。最初から、そのために来たんだろう?」




