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夜の泉

「すまないね、客人に手伝わせてしまって」

「いえ、ぜひお手伝いさせて下さい。……薬草の採取や調合はけっこう得意なんです」


 イーリィは村で医者のような仕事をして、その対価として日用品や食料を調達しているとのことだった。村にある小屋を借りて、病人や怪我人に対して薬を調合する。

 翠もその仕事を手伝わせてもらって、少しだけ村人たちとも打ち解けることができた。


 村の周囲や、時には村の中でもノーブルアントの姿は時折見かけた。村人たちは巨大蟻の姿を特に気にすることもなく、子供たちが巨大蟻の周りで無邪気に遊んでいる姿さえ見られた。

 ――本当に、ここの人たちにとってはノーブルアントがいるのが日常なんだな……



 しばらく村に滞在した後、再び森の中にあるイーリィの家に戻って来た。

 ――いつまでも彼女のお世話になるのも申し訳ないけれど、今のところ他に行く当てもない。何とか彼女に信用してもらって、プリトヴィ―に会わせてもらえればいいんだけど……


 初日と同じようにソファーで眠らせてもらった翠だったが、夜中にふと目が覚めてしまった。

「……眠れないの?」

 待機モードになっていたガーネットが、翠が起き出してきたことに気づいて声をかける。

「うん、……ちょっとだけ夜風に当たってくるよ」

「私もついて行こうか?」

「大丈夫、クロが一緒にいるから」


 魔法で杖の先に灯りをともし、翠はクロと共に森の中を散策した。巨木の枝の合間から、夜空に無数の発光生物がまたたいているのが見える。


 ふと、静まり返った森の中で小さな水音が聞こえた。――水場でもあるのかな?

 何気なく水音の方へ歩いて行くと、案の定そこには小さな泉があった。澄んだ湖面が夜空を映して輝いている。


 そこに、イーリィがいた。

 白い裸身を泉の水に浸し、長い髪をほどいて湖面にたゆたわせている。


 エルフの血を引いているというだけあって、イーリィの容姿は整っている。性的なものを見たというよりも、芸術作品を見た時のような気分になった。

 ――今まであんまり意識してなかったけど、イーリィさんって綺麗だな……


「……ん?」

 うっかり見惚れていると、イーリィがこちらに気がついた。

「ご、ごめんなさい……!! 僕はたまたま通りがかっただけで別に覗きに来たわけでは……!!」

 さすがに慌てて、翠は弁解をする。


「別に構わないよ。君も一緒にどうだい?」

 恥ずかしがるどころか、イーリィは自分の裸体を隠しもせずにそう言った。


「いえ、さすがにそれは遠慮します……!!」

 ――あれ、何か前にも似たようなシチュエーションがあったような……。ガーネットに会ったばかりの頃だっけ……


「……おいでよ。君の羽根がどんな風に生えているのか見せてもらいたい」

「それは……」

 ――ど、どうしよう……


「見せたら『世界樹』のことについて教えてもらえますか……?」

「……検討しよう」

「ずるい答え方ですね……」

 ――まあ、背中を見せるくらいはいいか……


「一応先に言っておきますけど、見てもあんまり気持ちのいいものではないですよ?」

 翠の羽根は肉を喰い破られた傷口から生えている。――背中だから自分で見たことはないけど、傷跡は多分、醜い。


 意を決して、翠は自分も服を脱いだ。イーリィの方に背中を向けて、泉の中に入る。夜の泉の水は想像していたよりもずっと冷たく、思わず体が震える。

「ど……、どうぞ……」


 イーリィは翠に体を寄せると、その背中に触れた。そして、背中から羽根の付け根を確かめるように指でなぞる。

「ふむ……、こんな風になっているのか」

「あ、あの、あんまり羽根には触らないで下さい……。というか、近すぎじゃないですか……!?」

 意外にも豊満なイーリィの胸が背中に当たっている。


「……ああ、すまない。興味深くてつい……。この羽根はそもそもどうやって生えているんだ?」

「もともとは骨が変形したものなんですが、今はもうしっかり筋肉も神経も定着してるみたいで……。まあ、筋肉は弱いので羽ばたいたりとかそんなにできないんですけど……」

「なるほど……」

 少し気を抜くとイーリィはすぐに体を密着させてくる。柔らかな感触を背中に感じた。

「……もしかしてわざとやってます?」

「気づいたか?」

 ――からかわれてるんだろうか……?


「あの、僕もう行きますね……」

「まあ待ちたまえ」

 泉から上がろうとした翠を、イーリィは引き留めた。後ろから腕を絡ませてくる。

「これは半分くらい勘なんだが、君はまだ何か隠していることがあるんじゃないかい……?」


 ――鋭い。

 翠はまだイーリィに全てを話してはいない。――自分が異世界から来たということ。

 しかし、そのカードをいつ切るべきか翠は考えあぐねていた。


 ――僕が異世界人だと知った時、イーリィは、そしてプリトヴィ―はどんな対応を取るだろう?


 その時だった。ガサガサと森の中をこちらに歩いて来る足音が聞こえた。

「スイ? そこにいるの?」

 木陰からひょっこりと姿を現したのは、ガーネットだった。翠がなかなか戻ってこないので、心配して様子を見に来たのだろう。

「……あ~!!」

 翠とイーリィの姿を見て、ガーネットは声を上げる。

「ガーネット……!! こ、これは違っ……」

 ――泉の中で全裸でイーリィに抱きつかれているこの状況を、一体どう説明すればいいんだろう。


「ずるいよ!! スイの羽根は私も滅多に触らせてもらえないのに……!!」

「あ……、気にするのそっち……?」

 これ幸いとばかりに、翠はイーリィの腕から逃れて泉から上がった。

 ――危ないところだった。何か色んな意味で……



「とんだ邪魔が入ったね……」

 イーリィは呟いた。――色仕掛けは失敗か。慣れないことはするものじゃないな。しかし、あの反応からして彼がまだ何か話していないことがあるのは事実のようだ。

「……どうします? 師匠……」

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