ノーブルアント
「……君の術式の組み方は、何というか独特だね。アーカーシャの術式とも少し違うようだ」
翠の話を聞いて、イーリィは言った。
「そ、そうでしょうか……。というか、アーカーシャの術式を知ってるんですか?」
「ああ、『古き魔女』たちの術式は全て研究しているよ。分かる範囲で、だけどね。……君の術式はそのどれとも違う」
「まあその、うちの師匠は基本的に放任主義なので……。術式の構築はだいたい独力です」
「なるほど……。だとしたら君には天賦の才があるか、我々の知らない知識を持っているかのどちらかだね」
――鋭い。翠の魔法理論は、元いた世界の科学知識をベースにしたものだ。
「……えっとね、もう朝になりそうなんだけど、二人とも寝なくて大丈夫……?」
暇を持て余して待機モードになっていたガーネットが、二人に言った。
「あ……」
見ると、窓から見える空の色は濃紺から薄い青色に変わっていた。
「うーん……」
部屋の外に出て朝日を浴び、翠は大きく伸びをした。あの後、ソファーで少しだけ眠らせてもらった。朝の森の空気は澄んでいて清々しい。朝露に濡れた緑の匂いがする。
――イーリィから魔法に関する話をたくさん聞けて、有意義な時間だった。
樹上から下を見ると、例の巨大蟻たちがどこからともなく現れて隊列を作って歩いて行くのが見えた。
その様子を眺めていると、イーリィも部屋の中から出てきた。
「おはようございます、イーリィさん。……あの蟻たちはどこへ向かっているんですか?」
「ああ、あれは人間たちの村へ向かっているんだよ」
「村へ……?」
「君は、彼らについて何も知らないのかい?」
「はい……。ルーセットでは見たことがなくて……」
シルヴァラントに来る前に、可能な範囲で情報は調べてきたつもりだった。だが、実際に来てみると文献には記載されていないことばかりだ。
「彼らはノーブルアント。シルヴァラントの支配種さ」
イーリィは言った。
――ノーブルアント。その名の通り、知性を持った巨大蟻だ。彼らの知能の高さは人間と同程度だとイーリィは説明した。
「支配種……?」
「そうだよ。常に人間が一番偉いとでも思っていたかい? ……そうだな、せっかくだから村へ行ってみようか。私も少々用事があるからね」
イーリィと共に徒歩で巨木の森を出て、翠たちは人間の居住地域まで戻って来た。どうやら、この辺りはヒスタ村という地名らしい。
シルヴァラントには王都や首都のようなものは存在せず、小さな村落があちこちに点在しているとのことだった。
道を歩いていると、広い農地で畑仕事をしている農民の姿がちらほらと見える。――その時、森から不意に現れた熊のような害獣が、農民の方へ向かっているのが見えた。
「危ない……!!」
咄嗟に魔法を使おうとした翠を、イーリィが止めた。
「……大丈夫だ。見ていたまえ」
「え……?」
熊が農民に襲い掛かろうとしたその時、どこからか投擲された槍が熊の巨体を正確に貫いた。
現れたのは、例の巨大蟻――ノーブルアントだ。蟻はその強靭な顎であっという間に熊にとどめを刺した。死体は、数匹がかりで蟻の巣穴へと運ばれていった。
「今のは……」
――まるで、蟻が人間を守ったように見えた。
その証拠に、熊を倒した蟻たちは農民には一切手を出さなかったし、農民たちの方もまるで何事もなかったかのようにすぐに農作業へと戻っていった。
「シルヴァラントの人間はね、ノーブルアントと共生関係にあるのさ」
村の中心部にある広場に、今朝がた森を出発したノーブルアント達が集まっていた。村の代表者と思われる男性が、蟻たちと何やら交渉を行っている。
男性は、金属製の器具を使ってノーブルアント達の言語を再現していた。
「……すごいですね。あんな道具で蟻とコミュニケーションができるなんて」
「ああ、シルヴァラントでは割と一般的だよ。発声器官が違いすぎて、ノーブルアントは人間の言葉を喋れないからね」
――あの金属が擦れあうような音を「言語」として理解できるのは凄すぎる。
正直、アント語はとても習得できる気がしなかった。――何か別の方法でコミュニケーションが取れるといいんだけど……
村人たちは、布袋に詰められた何かを大量に用意していた。
蟻たちはその布袋を背負い、来た時と同じように隊列を組んでゾロゾロと帰っていく。
「あの布袋は何です……?」
「砂糖だよ。ノーブルアントへの上納金というか、まあ税金みたいなものだね」
――ああ、なるほど。畑で大量に栽培されていたカブのような根菜、あれは砂糖の原料か。
先ほど畑で見たように、ノーブルアントは人間の村を害獣から守っている。その対価として、人間は蟻たちのために甘味を生産する。そうやって共生関係が成り立っているのだ。
何故シルヴァラントが他の国と国交を持たないのか、その理由が何となく分かってきた。高い山脈によって地理的に隔離されているだけでなく、そもそも文化や風習が違いすぎる。
――人間が巨大蟻と共生する国、それがシルヴァラント。




