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船上の決闘

「……ごめんね、スイ。勝手に決めちゃって」

「いいよ。ガーネットを信じる」


 ――こうなったらもう、ガーネットに任せるしかない。

 覚悟を決めて、翠は彼女に命を預けることにした。


「お前ら、手を出すんじゃねぇぞ」

 ファラルダは、部下の男達に言う。

「……負けたら本当に海賊やめるんすか?」

「馬鹿野郎!! 私があんな小娘に負けると思うか!?」

 不安そうに言った部下を、ファラルダは一喝した。海賊稼業を始める前、彼女は剣闘士として闘技場で戦っていた過去がある。一対一の戦いで、こんな少女に負けるはずがないという自信があった。


「……お前も手を出すなよ、そこの悪魔」

 憎しみのこもった目で睨みつけながら、ファラルダは翠に言った。

「分かってます。僕は何もしないし、クロにも手出しはさせません」

 クロは中型犬の姿に戻って、翠の足元でファラルダ達を威嚇している。

「ふん……、後でゆっくり嬲り殺しにしてやるから、首を洗って待ってろ」


 ファラルダは銃を部下に預け、腰のカトラスを抜いた。

「さすがに銃を使うのはフェアじゃないからな。……来いよ、お嬢ちゃん」

「……うん、行くよ」


 ガーネットは腰の双剣を抜き放ち、甲板を軽く蹴った。次の瞬間には、一気にファラルダとの間合いを詰めている。彼女の動きを目で追えた者は、その場にほとんどいなかった。


(……何だこいつ、速い!?)

 ほとんど直感だけで体が動き、ファラルダはガーネットの短剣をカトラスで受け止める。金属同士がぶつかり合う鋭い音が響いた。


 ――ガーネットの初撃を防いだ。

 それだけで、ファラルダがどれほど戦い慣れしているか分かる。


 ガーネットの短剣を力任せに押し返し、ファラルダはカトラスを横薙ぎに一閃させる。ガーネットの胴体を狙ったその攻撃を、彼女は後ろではなく上に跳んで避けた。

 ファラルダの視界からは、ガーネットの姿が突然消えたように見えたはずだ。


 三次元的な動きこそがガーネットの真骨頂。空中で一回転してファラルダの背後に回り、そのまま首を狙う。――だが。


「させるかよ!!」

 ファラルダの放った後ろ回し蹴りが、ガーネットに炸裂した。

 体重がある分、ファラルダの一撃は重い。ガーネットは咄嗟にそれを腕でガードし、自分から飛ぶことで衝撃を受け流す。


「……どうして反応できたの」

 普通の人間だったら、背後を取った時点でガーネットが勝っていた。

「はっ、ただの勘だよ。……私も認識を改めたぜ、お嬢ちゃん。お前、ただの人間じゃないな」


「私はアーカーシャの作った自動人形、ガーネット」

「……古き魔女が作った人形か。なるほど強いわけだ。……面白くなってきたな」

 ファラルダは、ニヤリと笑った。


「今度はこっちから行くぜ、ガーネット……!!」

 外見が重量級の割に、ファラルダの動きは俊敏だった。間合いを詰め、カトラスの刃を振り下ろす。

 まともに受け止めれば、体重差で押し負けてしまう。ガーネットはその攻撃を紙一重で避け、後ろに下がるのではなく逆に一歩踏み込んだ。――懐に入ってしまえば、短剣の方が有利だ。


 今度こそ首を狙った必殺の一撃だったが、その手首を、ファラルダの左手に掴まれた。

「えっ……!?」

「……お前はほんと分かりやすく首を狙ってくるよなぁ」

 ファラルダは手首をつかんだガーネットの体を力任せに投げ飛ばし、甲板に叩きつける。


「ガーネット……!!」

 翠は思わず叫んだ。――ガーネットが人間相手に手こずるなんて。

 ファラルダは、思っていた以上に強い。勘の良さと反応速度が人間離れしている。


「……大丈夫、これくらい全然平気。スイはそこで見ていて」

 人間だったら骨や内臓をやられているところだが、ガーネットはすぐに立ち上がる。

「無傷かよ……。人形相手っていうのはやりにくいな」

 ファラルダは舌打ちした。


「お前、どうしてその悪魔を守ろうとするんだ?」

 ガーネットと間合いを取りながら、ファラルダが尋ねた。

「……スイのことを、悪魔なんて呼ぶのはやめて」

「悪魔だろうが……!! そいつのせいで何人死んだと思っている!?」

「それはスイの意思じゃない!!」


 双剣を構えなおし、ガーネットは再びファラルダと間合いを詰める。そして、連続でファラルダに斬りかかった。スピードだけならガーネットの方が上だ。

 ファラルダはガーネットの攻撃をカトラスで受けるが、受け漏らした攻撃がファラルダの肌に傷をつける。――だが、浅すぎてほとんどダメージになっていない。


「チッ、ちょこまかと……!!」

 カトラスで攻撃を受けながら、ファラルダは力任せにガーネットの腹部を目がけて蹴りを放った。

 その攻撃を、ガーネットは上に跳んで避ける。


「また上か……!! 読めてんだよその動きは……!!」

 自分の背後に向けて、ファラルダはカトラスを一閃した。だが、そこにガーネットの姿はなかった。

 先ほどよりも高く飛んで、滞空時間を稼いだのだ。


 ファラルダが空振りしたカトラスの上に、ガーネットは器用に着地する。

「なっ……!?」

「……さっきのお返しだよ」

 ガーネットの膝蹴りが、ファラルダの顔面にヒットした。脳震盪を起こして、ファラルダの体がグラつく。


「もう一発……!!」

 その間に地面に着地したガーネットは、しっかり腰を入れて渾身の一撃を放った。

 何故か武器を使わずに、拳で。顔面を思い切り殴りつける。

 ぐしゃりと鼻の骨が砕けるような音がして、ファラルダは完全にノックダウンした。


「くっ……そ……」

 それでもなお起き上がろうとするファラルダの首に、ガーネットはぴたりと短剣の刃を押し当てる。

「……私の勝ち、だよね?」

 悔しそうに、ファラルダは歯がみする。――だが、さすがに負けは認めざるを得ない。その程度のプライドは持ち合わせていた。

「ああ、私の負けだ……」


「あの……、すみませんファラルダさん。言い訳に聞こえるかもしれませんが、ジレーズ砦での件を釈明させてください……」

 翠は、あの時ジレーズ砦で何があったのか、事の経緯をかいつまんで説明した。――洗脳を受けて力を利用されたことを。


「……なるほどな。あの攻撃はお前の意思ではなかった……と」

「はい……。でも、拉致されたことも洗脳されたことも自分の不手際が招いた結果なので、オルダキアの方たちには本当に申し訳ないことをしたと思っています……」

「ふん……」


「というか、ファラルダさんが本当に憎んでいるのはエルシア帝国でしょ? ……気持ちは分からないでもないけど、スイを憎むのはちょっと違うよ」

 ガーネットが言った。

「……まあ、事情は分かったよ。こいつを恨んでも仕方ないってことも分かった」

「分かってくれてよかった。……で、約束は守ってくれるんだよね?」

 ガーネットが勝ったら、海賊行為をやめるという約束だ。


「ああ……。もともと、海賊なんてやってたのもオルダキア反乱軍を支援するための資金稼ぎが目的だったしな。その反乱軍が壊滅した今となっては、もうやる意味もねぇ」

 その言葉に、ファラルダの部下たちがざわついた。

「えっ、本当にやめちまうんですか……!?」

「そんな……、じゃあ俺達は一体どうなるんです……!?」


 ――もしかして、彼らも元々はオルダキアの難民だったりするんだろうか。そう思うと、翠は少し胸が痛んだ。


「はっ、心配すんな。お前らの面倒は私が最後まで見てやるよ。……とりあえず、ルーセットで傭兵か冒険者にでも転職するか」

「うん、ルーセットは難民受け入れもしてるし、いいと思う。首相の側近にオルダキア人もいるし」

 ガーネットは、そう言って微笑んだ。


「……ところで、お前らはこれからどうするんだ? このままイゼプタ王国に行くのか?」

「いえ、実はシルヴァラントに行きたくて……」

 ファラルダの問いに、翠はそう答えた。


「シルヴァラント……? あんな所になんの用だ?」

「その……、シルヴァラントに住む古き魔女に会ってみたいんです」

「……へぇ」

 ファラルダは、その話に興味を持ったようだった。

「よかったら、送って行ってやろうか? シルヴァラントまで」

「えっ……、いいんですか……?」

 ――願ってもない話だった。


「ああ、……お前らに興味が湧いた。私らには最後の航海になるかもしれないし、記念に少しだけ付き合ってやる」

「ありがとうございます……!!」


 こうして、イゼプタ王国行きの輸送船に別れを告げ、翠たちはファラルダの船に乗り込むことになった。



「……お頭、いいんですか? あんな連中を船に乗せて」

 部下の一人が、こっそりとファラルダに尋ねた。――ジレーズ砦の悪魔。その悪名は、オルダキア人のコミュニティの中では根深く広まっている。

「ああ……。あいつ、私達を一人も殺さなかったからな。やろうと思えば、その機会は何度もあったのに」

 ファラルダはそう答えた。




「……ねえ、ガーネット。もしかして結構怒ってた?」

 どうしても気になって、翠はガーネットに尋ねた。

 ――わざわざ武器を使わずぶん殴るとか、彼女らしくない気がした。


「あー、うん……。まあ、最後に武器を使わなかったのは、殺さずに倒したかったっていうのが一番の理由だよ……?」


 ――もしかして、僕のために怒ってくれたのかな。


 オニキスに攫われてから、エルシア帝国で何があったのか、ガーネットには全て話している。

 その中で、翠のトラウマについても全部話した。トラウマを無理矢理あばかれて利用されたことも。


「……ありがとう、ガーネット」

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