世界樹を目指して
「『嘆きの手』の件、先日は焼却処分ありがとうございました~」
「いえ……。あ、それとこれ、先日のデルタ・ロロの遺跡で発見された古文書についてのレポートです」
翠は、分厚い紙束をテーブルの上に置く。先日、アベル達と一緒に探索した遺跡で発見した古文書を解読し、三徹してレポートにまとめた。
「あ、ありがとうございます~……」
そのレポートの分厚さに、冒険者ギルドの受付嬢の笑顔が引きつる。
「……それでですね~、オルトロスの討伐や『嘆きの手』の焼却処分などの功績をかんがみて、スイさんの冒険者ランクについてギルド内で協議がありまして~。特別にAランクへの昇格が決まりました~」
「えっ、本当ですか……!?」
「はい、ここまで短期間での昇格は前代未聞ですよ~」
冒険者ランクはこなした依頼の数や内容で決まる。一般的にはBランク止まりで、Aランクへ昇格するには目立って大きな功績を上げなければならない。そのため、Aランクの冒険者は国内外でも数える程度しかいない。
――ありがたい話だ。Aランクになれば受けられる依頼に制限がなくなる。話によれば、国境をまたいだ移動もある程度自由になるらしい。
「ありがとうございます。……それで、早速なんですが、受けたい依頼がありまして」
「何でしょう~?」
「海賊退治を、やらせてもらえませんか?」
*****
デルタ・ロロの遺跡は、古代の研究施設だった。
大量に持ち帰った古文書を解読したところ、どうやらそこで研究されていたのは召喚魔法だったようだ。オルトロスも、もしかしたらその召喚実験の副産物だったのかもしれない。
――異世界から、何者かを召喚しようとしていた……?
古文書からは、そんな内容が読み取れた。そして、その目的は『世界樹に至る』ため。
――『世界樹』。それは、この世界の真理を表す概念である。
古代の研究者たちも、世界樹についての研究を行っていたようだ。そして、世界樹について一つだけ分かったことがある。
世界樹は、この世界の人間には触れることができない。
――それはつまり、裏を返せば、異世界の人間であれば世界樹に触れることが出来る、ということだ。
『あなたは、世界樹に至る鍵に成り得る』
オニキスの言っていた言葉の意味が、ようやく分かった。
――というかこれ、師匠は多分最初から知ってたよな……?
翠に異世界人であることを隠すように言っていたのは、アーカーシャは最初からその重要性を理解していたからだろう。
「……そうだ。異世界人であるお前は、『世界樹』に至れる可能性がある」
翠の問いに、アーカーシャはそう答えた。
「世界樹というのは、具体的には何なんですか? ……この世界の真理とか、古文書には抽象的なことしか書いていなくて」
「我々が使っている魔法というのは、不完全なんだよ。何故だか分かるか?」
不意に、アーカーシャはそんな問いを投げかける。
「……ええと、世界を記述する理論への理解が完全ではないから……?」
魔法というのは、世界に干渉して現象を引き起こすためのスクリプト。
世界を記述する理論への理解が深ければ深いほど、自由自在に事象を操ることが可能になる。
「そうだ。我々はこの世界を構築している理論の全てを理解出来てはいない。――『世界樹』というのは、この世界を記述する完全な定理のことだと考えられている」
――この世界の中心定理。それが『世界樹』。
「僕ならそれを見つけられるかもしれない、ということですか……?」
「ああ、そうだ。……だが、それが何を意味するか分かっているか?」
「……この世界の全てを、自由に操ることができる……?」
「そういうことだ。神にも悪魔にもなれる力だ。……最悪の場合、世界を滅ぼす魔王にも成り得る」
アーカーシャが世界樹の話を今まで黙っていた理由が、何となく分かった。――おいそれと触れるには、あまりにも危険すぎる存在なのだ。
「それでもお前は、『世界樹』を求めたいと思うか?」
「僕は……」
少し考えてから、翠は答えた。
「僕は、この世界のことを理解したい」
――最初からずっと、それが僕の目的だ。
この世界の真理を知る手段があるなら、それを求めずにはいられない。
「……分かった。お前の自由意思に任せよう。正直なところ、私も『世界樹』には興味がある。……恐らく、他の魔女たちも」
アーカーシャは言った。
「他の古き魔女たちは、『世界樹』についてどれくらい知っているんでしょう?」
「分からない。……古き魔女同士は、基本的に仲が良くないんだ。お互いに絶対に自分の主義主張を譲ろうとしないからな。だから、無用な争いを避けるために、私たちは遥か昔に盟約を結び、テリトリーを定めてお互いに不干渉を徹底した」
「なるほど……」
翠は、アーカーシャに尋ねた。
「……他の古き魔女に会いに行っても構いませんか?」
コツコツと古文書を調べるよりも、『古き魔女』達に話を聞きに行った方が手っ取り早い気がした。もしかしたら、何か新しい知見を持った魔女がいるかもしれない。
「私にそれを止める権利はないよ。……だが気を付けろ。他の魔女たちがみんな話の通じる奴ばかりとは限らない」
「はい……」
――エルシアで出会った古き魔女テジャスは案外いい人そうだったけど、他の魔女たちは一体どんな感じなんだろう。
「……確か、『世界樹』の探索に熱心な奴はいたな。プリトヴィーという、シルヴァラントに住む魔女だ」
古い記憶を掘り起こすように、アーカーシャは言った。
シルヴァラントは、地図上ではルーセットの北側に位置する国だ。距離的には近そうだから行ってみるのもいいかもしれない。
ただし、どうやらシルヴァラントは、他の国と積極的に国交を持たない特殊な国らしかった。
「もしシルヴァラントに行くつもりなら、これを持っていくといい」
アーカーシャは、ある物を翠に手渡した。薄い銀色の長方形の板。それは、翠にとっては馴染み深いものだった。
「……これって、僕のスマホ……?」
この世界に転移してきた際に持っていたスマートフォンに、それは酷似していた。――そういえば、アーカーシャに預けてそのまま忘れていた。
「見た目だけ似せて複製した。……残念ながら、機能は通話のみだがな。いざという時に使うといい。エーテルで動くからバッテリー切れも心配ない」
「ありがとうございます……!!」
いざという時にアーカーシャと連絡が取れる。それだけでもかなり心強い。
「それと、よかったらガーネットも連れて行くといい。ボディガードの役には立つだろう」
「え、いいんですか? 彼女にも仕事があるんじゃ……?」
「まあそれは何とでもなる。ラピスの機能をアップグレードするとかな」
「……そこまで協力してもらっていいんですか?」
「もしもお前が、力を欲して『世界樹』を求めようとしていたなら、全力で止めていた。……だが、純粋に真理を求めようとするなら、私は協力するよ。古き魔女ですら辿り着けない『世界樹』にお前が辿り着けるか、私は興味がある」
――な、なんだか急に話が壮大になってプレッシャーを感じてきた。
「はい、頑張ります……」
「……というわけで、よろしくね。ガーネット」
何はともあれ、ガーネットが一緒に来てくれるなら心強いし嬉しい。
「もちろん!! 今度こそ、ちゃんと私がスイを守るよ」
翠の手を取って、ガーネットは言った。
「うん、頼りにしてる」
早速地図を広げ、翠はシルヴァラントへの行き方を確認した。
「一応、シルヴァラントへのルートは三つあるの」
地図を指し示しながら、ガーネットは説明する。
「一つ目は、エルドモント山脈を越えていくルート。……でも、この山脈は標高が高くて気候が変わりやすいから、リューイに乗って飛んでいくのも難しいの」
エルドモント山脈は平均標高が4,000メートルを超える険しい山脈だ。当然ながら、徒歩での山越えなど無謀である。
「二つ目は、エルシア帝国を経由して行くルート。これが一番現実的なルートではあるんだけど……」
微妙に言いにくそうに、ガーネットは口ごもった。
「……何か問題でもあるの?」
「旧オルダキア領を通らないといけないの」
――オルダキア。現在はエルシア帝国の支配下にある小国だ。
つい先日までオルダキア反乱軍とエルシア帝国との間で小競り合いが続いていたが、その反乱軍を壊滅状態にまで追い込んだのは、他ならぬ翠である。――その時のことを思い出すと、今でも吐き気がする。
結果として、翠はオルダキア独立の希望の芽を摘んでしまった。オルダキアの人々の翠に対する恨みを考えると、いつ刺されても文句は言えない。
「そこは……、避けた方がいいね……」
「うん……」
いずれにせよ、エルシア帝国にはしばらく近寄りたくはなかった。
「三つ目のルートは、海に出て海路で山脈を迂回して行くルート。……まあ、これにも問題はあって、そもそも国交がないからシルヴァラントへ向かう定期船は出てないんだ」
「……ってことは、交渉して船を出してもらわないといけないのか」
「うん。でも最近は海賊が出没するらしくて、なかなか船を出してもらえないみたい」
「そうなんだ……」
少し考えてから、翠は言った。
「……じゃあまずは、海賊退治からだね」




