デルタ・ロロ攻略 ~アベルとミーシャの冒険2~(下)
「ふん、これでようやくあの雑魚どもが片付いたな」
吊り橋に仕掛けた罠でアベル達三人が渓谷に落ちたのを確認し、クラースは先に進んだ。彼はこれまでにも、競合するパーティーをこうやって蹴落としてきた。
「遺跡の最深部に最初に辿り着くのはこの俺だ!!」
「さすがだわクラース……!!」
ジュリアがクラースを褒め称える。彼女はクラースの愛人(の一人)だが、決して胸が大きいだけの女ではない。トラップの探索・解除や作成に長けた魔道具のスペシャリストである。吊り橋に爆弾を仕掛けたのも彼女だった。
彼女の働きもあって、クラース達は順調に遺跡の中を進んで行った。
そして、大きなホールのような、広々とした空間に辿り着いた。
「……ここが最下層か?」
しかし、広いだけで何もない空間である。彼らが入って来た入り口以外、扉のようなものも見当たらない。
「隠し扉がないか調べてみるわ」
「ああ、頼む……」
――その時だった。
突然の爆音とともに、壁の一部が吹き飛んだ。
「な、何だ……!? 魔物か!?」
咄嗟に剣の柄に手をかけ、クラースは戦闘態勢を取る。
爆発によって壁に開いた穴から現れたのは、渓谷に落ちたはずのアベル達三人だった。
「クラース……!! てめぇ、よくも俺達を殺そうとしてくれたな……!!」
「馬鹿な!? あの高さから落ちてどうして生きている!?」
あの後、三人はコンパスと翠のエーテル感知で遺跡の方向を把握しながら、洞窟の中を進んだ。行き止まりに突き当たった時は、翠が魔法で岩盤を爆破して強引に道を作った。
そして、ようやくここまで辿り着いたのだ。
「クラース、てめぇとは決着をつけないと気が済まねぇ。俺と勝負しろ……!!」
アベルは自分の剣を抜き、クラースに向けて言った。
「勝負だと!? 貴様のような田舎者がこの俺と? ……まあいいだろう、運良く生き延びていたようだが、この俺が直々にに地獄へ送ってやる!!」
クラースも剣を抜いた。
先に仕掛けたのはアベルだった。
「オラぁっ!!」
気合と共に、力任せの一撃をクラースに打ち込む。だが、その一撃はクラースにあっさりと弾かれた。
「はっ、剣術も何もあったもんじゃないな。この田舎者が!!」
お手本とばかりに、クラースの剣技がアベルを襲う。
「あ、あの……、今は人間同士で戦ってる場合じゃないと思うんだけど……」
残念ながら、翠の声は彼等の耳には届いていないようだった。
この大きなホールのような地下空間に、何かしらのエーテルの発生源があることに翠は気づいていた。以前、イオタ遺跡で遭遇したゴーレムのような存在が潜んでいるかもしれない。
「クラースの邪魔はさせないわ」
二人を止めようとした翠の前に、ジュリアが立ちふさがる。
「えっ……、いえ、あの……」
「スイは下がってて。この女とは私が戦う」
ミーシャが短刀を抜きながら、翠の前に出る。
「ええ……、ミーシャまで……」
クラースの攻撃に、アベルは防戦一方になっていた。
「くそっ……!!」
「ははは!! さっきまでの威勢はどうした!? 所詮はただの田舎者だったな!!」
「……さっきから、田舎者田舎者うっせーんだよ!!」
アベルは、クラースの股間を思い切り蹴り上げた。思い切り金的が決まって、メリッと嫌な音がする。
「ぐはっ……。き、貴様……、それは……卑怯だろぉ……!!」
「卑怯者はお前の方だろ!! 罠なんか仕掛けて俺達を殺そうとしたくせに」
「くっ……!!」
「クラース……!!」
股間を押さえて動けなくなっているクラースに、ジュリアが駆け寄った。
「なんて酷いことをするの……!?」
「いや、だからお前らが言うなって……」
「あのー、みんな……。それより、ここから退避した方がいいような気が……するんだけど……」
翠がそう言った時には、もう遅かった。
地下ホールの床に、魔法陣が浮かび上がる。
どうやら、エーテルの発生源はこれだったようだ。古代の魔法陣がまだ効力を保っていた。
魔法陣から出現したのは、漆黒の毛並みを持つ双頭の犬だった。
その体は見上げるほど大きい。
――遺跡の番犬、魔獣オルトロス。
「お……、オルトロス……だと……!?」
神話でしか聞いたことのない魔獣の出現に、クラースが青ざめる。
魔獣が、空気を震わせて咆哮した。
本能的に命の危機を感じて全員に鳥肌が立つ。
「これは……、やべぇな……」
アベルが呟く。今すぐ逃げ出してしまいたい気分だったが、背中を見せた途端に鋭い爪と牙で引き裂かれるだろう。
「……僕に考えがあるから、少しだけ時間を稼いで」
翠は言った。
「分かった。……お前を信じるぜ、スイ」
そう言うと、アベルは魔獣に向かって剣を構えた。
「おい、クラース!! お前のことは気に入らねぇが、ここは共闘しようぜ」
「く、くそっ、お前が指図するな……!!」
文句を言いつつも、クラースもこの場は仕方ないと判断して剣を構える。
二人は、同時にオルトロスに向かって走った。二人でかかれば、多少はオルトロスの注意を逸らすことができるだろう。
オルトロスの前足から繰り出される攻撃を、アベルは何とかかわす。
――速い……!!
一撃でも攻撃を食らえば、肉を抉られて確実に死ぬ。冷汗が頬を伝って落ちた。
オルトロスの注意がクラースの方に向いた隙を狙って、アベルはその前足を斬りつける。
硬い毛皮で刃が滑るが、少しは傷を負わせることができた。――が、その傷は目の前でみるみる修復されていく。
「マジかよ……!?」
――どうやって倒すんだよこんな化物……!!
ミーシャとジュリアは、彼らの援護に回っていた。ミーシャは弓をつがえてオルトロスを狙う。だが、矢が当たっても硬い毛皮に弾かれてしまう。
ジュリアは、炎の魔法が仕込まれた魔道具である火炎弾をオルトロスに投げつけた。しかし、オルトロスの毛皮は炎ですら弾いた。
「そんな……、炎も効かないの!?」
彼らがオルトロスの注意を引いている間に、翠は魔法発動のための準備を行っていた。
必要量のエーテルを空気中から掻き集め、術式を構築する。
発動の準備が整ったところで、範囲指定マーカーである魔法陣をオルトロスの首回りに展開した。
「……ex……fogo……!!」
魔法陣の中で炎が燃え上がり、オルトロスの双頭を包み込む。
「炎は効かないんじゃなかったのか!?」
アベルが言う。
実際、オルトロスは炎に包まれても平気そうにしていた。……最初のうちは。
だが、すぐにオルトロスに変化が現れた。
苦しそうにもがき、その場で暴れはじめる。だが、どんなに暴れても炎はオルトロスから離れず燃焼し続ける。
「あっぶね……!!」
暴れる巨体に巻き込まれないよう、アベル達は慌ててオルトロスから距離を取った。
炎にまかれながら、オルトロスが咆哮する。
それを最後に、巨体がその場に倒れた。しばらく痙攣していたが、やがて動かなくなる。
完全に動かなくなったのを確認してから、翠は魔法陣を解除した。オルトロスの双頭を包み込んでいた炎が消える。
オルトロスは白目をむいて動かなくなっていたが、炎による火傷などの外傷はないように見えた。
「な……、何が起こったんだ?」
アベルが尋ねた。
「……酸欠だよ」
使ったのは、本当にただの燃焼魔法だ。燃焼という現象は、周囲の空気から酸素を奪う。
炎そのものに耐性があっても、呼吸だけはどうにもならないだろう。
「た、倒した……? オルトロスを、こんなにあっさり……?」
呆然と、クラースが呟く。
「お前は一体……」
「聞いて驚けよ、こいつはなぁ、フォレストドラゴンを一人で倒したっていう『白き翼の賢者』だ!!」
翠の代わりに、アベルが答えた。
――恥ずかしいのでその賢者とかいう呼び名はあんまり広めないでほしい。
「ば、馬鹿な……、こんなチビが……?」
「……身長のことはそっとしておいて下さい……」
その時、倒れていたオルトロスの巨体がピクリと動いた。
――まだ生きていた……!? しまった、魔獣の生命力を甘く見すぎていた。
全員が、慌てて戦闘態勢を取った。
だが、オルトロスは攻撃してこなかった。両足をきちんとそろえて、お座りの姿勢を取っている。そして、翠のことをじっと見つめていた。
「え……、もしかして僕と契約してくれるの……?」
直感的に、オルトロスの言いたいことが翠には分かった。
以前に読んだ古い文献によると、魔獣というのはそもそも別世界に住む存在で、召喚した術者との契約に従属するものらしい。
オルトロスも恐らく古代の魔術師によって召喚され、契約によってずっとここに縛られていたのだろう。
――もしかして、自分を解放してくれる新しい術者をずっと待っていたんだろうか。
翠がおそるおそる近寄ると、オルトロスはその大きな鼻面をすり寄せてきた。毛皮を撫でても大人しくしている。
魔獣との契約は、魔獣が術者の実力を認めた場合にのみ成立する。契約の仕方は、意外にシンプルだ。
名前を授けること。それによって、術者との契約が結ばれる。
――え、えーと……、どうしよう……。黒い犬だからやっぱり……
「クロ……」
翠がその名前を呼んだ瞬間、オルトロスの姿が変化した。中型犬くらいのサイズの、普通の黒い犬の姿に変わる。
クロは尻尾を振りながら、翠に鼻先を擦りつけてくる。
――か、可愛い……
「これからよろしくね、クロ」
翠はクロの頭を優しく撫でた。
「それよりも、この遺跡はここが行き止まりなのか…?」
クラースの問いに、翠が答えた。
「……そうみたいですね」
「ほ、本当か!? じゃあこの遺跡は何のためのものだったんだ!?」
「推測ですけど、古代の実験施設か何かじゃないでしょうか……」
「くそっ……、無駄足か……」
「まあダンジョンの探索実績は出来たんだから別にいいだろ。つーか、用が済んだならさっさと帰れよ」
肩を落とすクラースに、アベルが突き放すように言う。
苦労して探索したダンジョンが空振りだったというのも、よくある話ではある。
「お、お前が指図するなって言ってるだろ……!!」
食ってかかろうとしたクラースを、瞬時に元のオルトロスの姿に戻ったクロが『早く帰れ』とばかりに威嚇する。
「くっ……、くそっ……!!」
クラースは、悪態をつきながら元来た通路から帰って行った。ジュリアも慌ててその後を追う。
二人がいなくなったのを見届けてから、アベルが言った。
「じゃあ、俺達も帰るか?」
「……あ、ここが行き止まりっていうのは嘘だよ」
しれっと、翠は言う。
「「え?」」
アベルとミーシャの声がハモった。
「まだ先があるよ。……道順は、クロが知ってるみたい」
中型犬の姿になったクロが、『ついて来い』と言いたげに尻尾を振っている。
「ま、マジかよ……。スイ、お前意外にいい性格してるな……」
「まあ、あの二人は僕たちを本気で殺そうとしたわけだし、多少はね……?」
この地下ホールは、巨大な石のブロックが何個も積み上げられて構成されていた。クロはそのブロックの一つに迷わず駆け寄って行く。
クロが前足でブロックに触れると、封印が解除され隠し扉が開いた。――もともと、オルトロスの召喚主である術者しか開けない扉だったのだろう。
隠し扉から続く通路の奥が、本当の最深部だった。
古代の実験施設という、翠のその推測は当たっていたらしい。そこには、彼らの研究成果が論文として保管されていた。
「す……、すごい……!!」
古文書の山を前にして翠は嬉しそうだったが、アベルとミーシャの二人は微妙な顔になった。
「ああ……、うん……」
「まあ、スイが嬉しそうなら何よりだわ……」
スイが古文書を整理している間にアベルとミーシャがよくよく探索したところ、鉱物標本の中に希少な鉱石を見つけた。二人は、とりあえずそれを戦利品として持ち帰ることにした。
「……ま、探索実績としては十分だな。クラースの野郎も出し抜けたことだし」
「そうね。……今回もたくさんスイに助けられちゃったね。よかったら、また誘ってもいい?」
「うん、もちろん……!!」
こうして、三人と一匹は無事に遺跡を後にした。
――古文書がたくさん見つかったのも嬉しいけど、オルトロスと契約できたのが一番の収穫かもしれない。
後日、魔獣オルトロスを倒した話が広まり、賢者の名声が更に上がることを翠はまだ知らない。




